15

 

 

「桜井さんっ!!」

 鈴木は思わず、大声を上げていた。周りにいた他の兵士達が、迷惑そうに眉を潜めたが、それも一瞬の事だった。彼等はそれぞれ、自分の仕事をするので手一杯だったから。

「何?」

 鈴木の声があまりに慌てているようだったので、桜井は不審に思って顔を向ける。

 彼女は、未だに14時15分――1号機の爆発があり、寺元仁が死んだと思われる時間の、盗聴書類を眺めていた。

「まず、これを見て下さい――!」

 鈴木は、プリントアウトしたばかりの紙を、桜井に手渡す。そこには、渡辺沙織(女子10番)の死亡状況が書かれていた。会話内容から、誰かの目の前で、自殺したものと思われる。

「これが、何?」

「ここです。桜井さん」

 鈴木はその紙の一部分を指し、説明を続けた。

「確かにここで、渡辺以外の誰か――声からして男子生徒だったようなんですが、それが、声をあげているんです。けれど、その時間、その場所には渡辺1人しかいなかったはずなんですよ」

「……」

「首輪につけた信号は、確かに渡辺1人の物しかなかったんです!」

 興奮している鈴木は、つい声を荒げてしまって、ハッとしたように桜井から離れた。

「す、すいません、つい……」

 桜井はそれに対して、気にした様子もなく、手にした紙に目を落としていた。

「……そう、そういう事ね」

 そうつぶやいて、その紙から手を離す。ひらひらと紙が床に落ち、桜井は窓の外に目を向けた。

「さ、桜井さん?」

「他には何も気付かなかった?例えば、渡辺沙織の最後の言葉とか」

 渡辺沙織の最後の言葉は、こう記されていた。

 『バイバイ、仁くん』と。もうすでに死んでいるはずの男の名前を口にして。それに別れを告げる。ありえない行動だが、自殺する彼女の目の前に死んだ男が見える事も、ひょっとしたらあるのかもしれない。

 しかし、こうも考えられる。

「そんな!!まさか――!?」

 

 寺元仁が、生きているとしたら?

 

 窓に映った自分の姿を見ながら、桜井は呟いた。

「そう、寺元仁は生きているわ」

「で、でもっ……生きているという信号が……首輪の発信機が、反応していません!」

 桜井の言葉が信じられない、と、鈴木は声を荒げる。もしかしたら生きているかもしれないという可能性。それは自分も考えた。けれど、生命反応を感知して信号に変換するはずの首輪がある限り、死んだふりなど出来ないはずなのだ。

「だから、外したのでしょうね。何らかの方法で、あの首輪を」

 けれど、彼は首輪に盗聴機がついている事にまでは気付かなかった。そういう事なのだろうと桜井は考える。

「そんな、異例の事態ですよ!?……どうしますか、桜井さん……」

 桜井はそんな事は分かっているとでも言いたげに、ふっと笑みを浮かべ、拡声器のスイッチを入れた。

 

 

 

 仁は、目の前に横たわる、渡辺沙織の死体を、ただ眺めていた。

 こんなつもりじゃなかった。

 殺す気なんてなかったし、まさか、沙織が自殺を図るなんて、思ってもみなかったのだ。仁はただ、ここから逃げようとしただけ。この腐ったゲームから。

 虚ろな目をしていた沙織を見つけた時に、思わず声をあげてしまったのは仁だった。沙織に、殺されるかもしれないという気持ちすらあった。

 仁は思った。沙織も逃げようとしただけなのではないか。この狂った世界から。死という手段を使って。

 自らの首に、刃物をあてる気持ち。それを、ためらいも無く、引く気持ち……

 仁は思わず自分の首に手をやった。

 そこに、政府から支給された首輪は、存在しなかった――

 

 

 

 保崎直人(男子9番)は、ゆっくりと目を伏せた。この、小さな病院の中で。民家の中は禁止エリアだとの説明は受けたが、やはり病院などの施設は中に入っても平気だったらしい。ここに踏み込むには、かなりの勇気を必要としたけれど。入るとすぐに、小さな待合室。受付には、いつも穏やかな顔で微笑むお姉さんがいて、直人の事を「ナオくん」と呼んでいた。けれどそれも、今は無く。今までこの町で平和に過ごしてきた事が。窓から見える山の、あの上に立っている学校で過ごした日々が、ひどく、非現実的なものに思えて。

 普段は信じられない、今のこの状況だけが、リアルだった。

 最初の放送で、晃が死に。

 さっきの放送で、仁が。

 例えば、その放送が嘘であるとしたら。そう直人は考えた。自分達をやる気にさせるための嘘。

 だって、晃や仁が、そう簡単に死ぬはず無い。殺したって、死なないような連中だったのに――

 けれど、それを否定する自分も、どこかにいた。受け入れなければならないのかもしれない。彼らがこの世にいない事を。そうして、自分はしなければいけないのかもしれない。

 この状況で、出来る事を。

 晃と、仁と、真人。4人で過ごした日々。それは、もう戻らないものだから。どう足掻いても、取り返せない日常だから。

 そうして、どこかから、声が聞こえた。

『――出て来なさい』

と。それは、一番聞きたくないはずの声。桜井亜沙子のものだった。その声が、直人にとって良い情報を与える事など、有り得ない。そう。決して、有り得ないはずだった。

 

『出て来なさい、寺元仁』

 

 ――仁!?

『あなたが生きている事は分かっているわ。今すぐ学校に来なさい』

 直人は自分の耳を疑った。あの桜井が、町の拡声器を使って仁に呼びかけている。生きている、仁に。この声で、この放送で、さっきは仁が死んだと言ったのに。

 何かしたのか?仁……

 直人は病院の窓からこっそり外をうかがった。そして、思い出す。仁も晃も、悪知恵だけはよく働く奴らだった事。それを、ずっと近くで見ていた事。

『あと15分待つわ。それまでに来なければ、今回のプログラムは中止』

 桜井の声が、町中に響き渡る。プログラムを中止するかもしれないという可能性を。

 それは、直人を含める、クラスメイト全員の希望ではないか。

 けれど、それは甘い考えだったのかもしれない。政府が、そんなに甘い事をするわけがないのだから。

『首輪を使って、全員を殺すわ』

 そうして仁も殺される。きっと。見つけ出されて、殺される。全国に指名手配をされて。これは、法律なのだから。

 直人は壁に寄りかかった。

 どうあったって、逃げる事は出来ないらしい。

 なぁ、どうする……?仁――

 

『さぁ、出て来なさい。――寺元仁』

 

 

【残り15人】

 



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