14

 

 

 だって、あなたのいない世界に、意味なんてないから――

 

 

 桜井亜沙子は、この上那賀町にある拡声器から放送を行った後、手に持った書類を、パソコンの上に投げた。その書類には、死亡した生徒の名前が連なっていて、桜井はそれを先程読み上げたのだ。

 彼女はしばらく考え込むように、口元に手を当てた。それから、早川晃(男子8番)にやられた腹の傷を抑える。

「鈴木」

 桜井の呼ぶ声に、鈴木は自分の耳からヘッドフォン――マイクも一緒についているやつだ――を外し、立ち上がった。この“プログラム”に参加している生徒達の会話を聞くためのものだったが、すぐにプリントアウトされる事になっているし、まぁ、ずっと聞いていなくても大丈夫だろうと思われた。それよりも、桜井に呼ばれた事の方が重要だ。

「はい」

 何ですか、と尋ねる前に、桜井は口を開く。

「寺元仁は、いつ死んだの?」

 いつ。誰に。どうやって。

 死亡報告は行ったものの、彼がどうやって死んだのか、桜井は知らなかった。死亡報告は、書類を見て読み上げただけのなのだから、知らないのも当然だ。それでも、この町で起こっている大体の事は把握している自信があった。

 鈴木は、とにかく「はい」と返事をし、積み重なっている紙を漁った。

「えーと……寺元……寺元……男子7番……」

 独り言のようにつぶやきながら、その紙に羅列された文字に目を通していく。その中から、目的の文字を見つけて、引っ張り出した。

「えー……14時15分……ちょうど、1号機の爆発があった頃ですね。加藤清と一緒にいたようですから、彼に殺されたのではないでしょうか?」

「加藤清の支給武器が何だったかは分かる?」

「あ、はい……えーっと……」

 鈴木は同じように紙を漁り、目的のものを見つけ出す。

「スタンガンみたいですね。独り言でそうつぶやいています」

「確か、改造スタンガンだったと思うけど、それ?」

「はい。これなら人を殺す事は出来ますよ。状況からして、武器を差し出すふりをして、加藤が寺元を殺したのではないでしょうか」

「それは、事実?それとも、あなたの想像?」

 桜井の冷たい目に見据えられて、鈴木はビクッと体を震わせた。

「す、すいません……想像です」

「……そう」

 桜井は、それを責める事はしなかった。それが、鈴木には少し意外で。想像で物を言う事は、判断を誤らせる、危険な事だと習っていたから。

「それなら、事実はどうなの?」

 鈴木は困ったようにうなだれる。

「それが……」

 これは、自分のせいではない。それでも、報告するのをためらった。

「……ヘリの爆発のせいで、電波が乱れたらしく、その前後数分の状況が分かりません……」

 鈴木の言葉に、桜井はピクリと眉を動かしただけだった。

 

 

 

 だって、私は何も出来なかった。救う事も、泣く事も、抗う事も。ただ流されて、そうして私は、ここにいる。

 全てが色褪せた、まるで虚像のようだった。ふらふらと、特に目的地があるわけでもなく、歩き続けて着いた所。無意識に、自分の登下校経路を歩いていたようで。気付いた時、そこには有刺鉄線が張り巡らされていた。いつも歩いている、そのT字路に。先に進む事は許されないように。

 ここを一歩でも越えたら、私はあなたの世界へ行けるのかしら。

 渡辺沙織(女子10番)は、黙ったままふらふらと来た道を戻った。途中には家があり――確か、貸家だったはずだ――引き寄せられるように、そちらの方向へ歩いて行った。いくつかの家の前を通り過ぎ、山にぶち当たる。そこで、人に会った。

 沙織は、ぼうっとしたまま、その人物を見つめた。これは一体誰だったか。服装、顔つきからして、男子生徒。それは分かる。この人が、自分と同じクラスだった事も。けれど、どうしても名前が思い出せなかった。存在感の薄い生徒だったというわけではない。例え今、誰に会ったとしても、名前を思い出す事はないだろう。沙織にとって、唯一大切であった人は、もう、この世にはいないのだから。

 他の誰が、誰であっても。目の前に立つ彼が、誰であっても。何の意味もない事だった。彼は、黙って沙織をじっと見つめていた。沙織が、どんな行動を起こすのかを見ているのだ。

「渡辺……」

 彼は小さい声でそうつぶやいた。

 それが呼びかけの声だったか、それとも他の何かなのか、そんな事はどうでも良くて。沙織にとっては、それが自分の名前を呼んで欲しかった、あの人の声ではない事だけが事実で。

 涙が溢れた。

 そう。もう彼はどこにもいない。

 初めて会った時の衝撃。自分の気持ちを告白したあの日。困ったように笑って、けれど嬉しいと、そう言ってくれた、あの――

「先生……」

 沙織は、自分のデイパックから“支給武器”を取り出した。

 目の前の彼が、体を強張らせ、自分もデイパックに手を伸ばす。その彼の、目の前で。沙織は、出刃包丁を自分の首に当てた。

 だって、あなたのいない世界に、意味なんてないから――

 力を込める。引き裂くように。何もかもを、終わらせるために。

 肉を絶つ感触。血の吹き出す音。その中に混じって、彼の声が響いた。

「渡辺っ!!」

 そうだ。思い出した。この声は。

「――バイバイ、仁くん」

 

 沙織の視界が、真っ赤に染まった。

 

【残り14人】

 



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