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13 例えば私が何を望んでも、叶えられる事なんてないのだろう―― 望むだけじゃ、何も変わらない。行動しなければ、何も出来ない。 小林橙子(女子2番)は、慎重に周りを見渡した。視界に入るのは、木や草ばかりで、とりあえず人影は見当たらない。小さく息をつき、その場に腰を降ろす。休んでいる場合ではない事は、充分すぎるほどよく分かっていたけれど、むやみに動き回る事が良いとも思わなかった。橙子が出発した時、頭にあったのは、とにかく逃げなければ、という事だった。 何から?ついさっきまで、同じ教室内にいた、クラスメイトから? ばかばかしいと思いながらも、そうするしかない事も分かっていた。だからバスケ部である彼女はその脚力を活かし、学校を出ると共に、この東側の山まで走って来たのだ。それから、なるべく人目につかないような場所を捜し求め、ゆっくりとこの山を彷徨っていた。 ここなら大丈夫。 本当に大丈夫かなんて、そんな事は分からなかった。根拠のない自信でも、そう思わなければおかしくなってしまいそうだった。ここなら、誰にも見つからない。そう信じて。 橙子はデイパックを握りしめた。こんな政府からの支給物に頼ってしまう自分が嫌だったが、そうも言っていられない。最初は、誰かを待っていようかとも思った。そう、例えば親友である曽我千鶴(女子4番)。けれど、校舎を出た瞬間にそんな考えは打ち消された 昇降口を出た所で倒れていたのは、橙子より少し前に教室を出た吉田大介だったのだから。その大介が、その時生きていたのか死んでいたのか、橙子には分からなかった。とにかく、気がついたら走り始めていて。そうして、12時の放送で、彼の死を知った―― もしかしたら、橙子が見たあの時点で、大介はまだ生きていて。あの時橙子が彼に対して何か処置を行ったのなら、大介は死なずに済んだのかもしれない。そんな事も、考えた。逃げ出した自分の判断は、間違っていたのではないかと。 そして、同時に知った、早川晃の死。 橙子は仁と比較的仲が良かったので、――そうしようと自分で動いていたのも確かだけれど――常に一緒にいた晃とも、仲が良かったと言える。その晃が、教室を出る前に“やる気”だという宣言をして。そうしてそのまま、死んでしまった。何が起こったのか、橙子には分からない。けれど、確かなのは。千鶴がどこかでその放送を聞いて、胸を痛めているだろうという事。彼女が晃を好きだという事は、もうずいぶん前から知っている事実だった。 どうして待ってあげられなかったのか―― そんな事がいつまでも頭の中にあった。千鶴を待って、2人で行動していれば。晃の死を変える事は出来なかったにしろ、千鶴を側で慰める事は出来たはず。 「千鶴――」 あの子がどこかで、一人泣いているのかもしれないのなら、私は…… ヒュンっ 「!?」 耳元で空気を切るような音がして。橙子は転がるように、その場を離れた。小枝が体を擦ったが、とりあえずそんな事は気にしていられない。 ザスッ 足元に突き刺さる、銀色の棒。これが何かとか、そんな事を考えている暇はなさそうだった。デイパックをしっかり握りしめて、橙子は立ち上がる。 そのまま走り出すと、後ろの方で草木を掻き分けるような音がした。 誰かが私を狙ってる!? さっき、思わず千鶴の名を口にしてしまったのは、うかつだったかもしれない。その声で、ここにいる事を気付かれてしまったかもしれないのだから。 足場は悪く、走りにくかったが、それは相手にとっても同じ事。橙子は道とも言えないような山道を、ジグザグに走り抜ける。一瞬、バスケの試合を思い出した。ディフェンスの間を走り抜ける、あれと同じ要領だ。違う事と言えば、この走りに命が賭かっている事。何度か例の、ビュンという音が聞こえたが、幸い橙子には届いていないようだった。 あれは、矢――? そう思って、振り返ろうとした瞬間。 「あっ!!」 体のバランスが崩れる。突然足場を失って、橙子は山を転げ落ちて行った。 途中、何度も木の幹にぶつかった。体は痛かったけれど、そこで止まってしまっては、襲撃者に追いつかれる可能性もあった。それならば、このまま転がって行ってしまった方が良い。 擦り傷だとか、口の中に入った泥だとか、そういうものを気にしている暇もなく。橙子はただ、這いずるようにその場を離れた。 こんな事になるとは思わなかった。一学期、最後の日。終業式を行い、成績表を貰って。夏休みの注意事項を、担任の本藤が告げて。そうして、放課後―― 考えると、目に涙が浮かんでくるようだった。草の中に埋もれて、目を閉じる。 何を後悔しても、もう、どうにもならない。出来る事なんて限られているし、それならば、自分が一番したい事をした方が良い。 分かってる。私が一番したい事。 明日からは夏休みだから。長い間、彼に会わないのは耐えられないから。だから今日、告白しようと思っていたのだ。彼に。寺元仁(男子7番)に―― 『――15時よ。死亡報告を行います』 また、あの放送が聞こえて。橙子はビクッと体を震わせた。もしもあの時、逃げ切れなかったら。この放送で、自分の名前も呼ばれる事になっていたのかもしれないのだ。 『男子2番、石塚弘之くん』 橙子は、記憶の糸を手繰った。弘之とは、あまり話した事がなかったような気がする。もともと、女の子が苦手だという雰囲気だったし、それに―― 『6番、佐々木一彦くん』 委員長―― 橙子の憧れだった。クラスで唯一のカップル、一彦とさやかのようになる事。あの2人のように、自分も、仁と。それだけをずっと、望んできたのだ。 改めて、決心を固める。 私は仁君を探しに行く。そして、ちゃんと想いを伝えるんだ。絶対に後悔しないように―― 『7番、寺元仁くん。以上3名が今回の死亡者よ。引き続き頑張ってね』 例えば私が何を望んでも、叶えられる事なんてないのだろう―― 【残り15人】 |