12

 

 

 北村真人(男子5番)は、小型の画面を見つめていた。デイパックの中に入っていた、武器らしき物はこれしかなかったが、これが何なのか、真人には分からなかった。説明書もついていないし、画面に映っているのは、小さな赤い点が中央にひとつだけ。暗いトンネルの中で、真人は小さく溜息をついた。

 まぁ、別に構わない。どうだって良いんだから。

 晃のように、誰かを助けようとも思わない。そう、晃は、何かをしようとしていたに違いない。そうして、彼は死んだ。真人には分かっていたのだ。晃の様子がいつもと違う事。いつだって冷静に、近くで彼を見ていたから。

 頭の中に蘇る記憶を、自らシャットアウトして画面に目を戻すと、小さな赤い点がひとつ、動いていた。画面の端から現れたそれは、中央の赤い点に近付いてくる。

 これは、まさか――?

「だ、誰?誰か、そこにいるのっ……?」

 怯えたような女の声がして、真人は顔を上げた。トンネルの中は暗かったが、近くに寄れば相手の顔を識別する事くらいは出来そうだった。けれど、念のためにデイパックに入っていた懐中電灯をつける。

「きゃっ……!」

 突然の光に、驚いたような声が洩れる。

「いや……誰なのっ……?こ、殺さないで……っ」

 そう言いながらも、真っ直ぐこちらに近付いてくる気配と、画面に映った赤い点。真人は気配に向けて、明かりを照らした。女子の制服がはっきりと見えて、徐々に懐中電灯を上に向けると、相手が眩しそうに目を細めたのが分かる。

「……山本」

 そこにいたのは、山本祥子(女子10番)だった。彼女は怯えたような顔で、目に涙を溜めている。けれど、それは一瞬だった。

「……その声は、北村?」

「あぁ」

 真人が答えると、祥子は自分のデイパックから懐中電灯を取り出し、真人に向けた。

 先ほどの怯えた顔はどこへやら、真人の顔を確認すると、祥子は笑う。

「一人?」

「あぁ」

「こんな状況になってもまだ、そんな死んだような顔をしているのね」

 トンネル内で発する声は、妙に周りに響いた。目の前にいるはずなのに、どこか、別の所から声が聞こえてくる感じ。

 だからだろうか。真人には、これがとても非現実的なもののように思えて。“プログラム”の最中であると分かっていながら、ただ、座ったまま祥子を見上げるだけだった。

 ――死んだような顔。

 それを、否定する事もせずに。

「葵くんは、元気?」

 祥子は、真人の弟の名前を口にした。真人はそれに反応するかのように、少しだけ、目を大きく開いた。

 あれは確か、祥子自身が妹にせがまれて仕方なく行った、小学校の運動会の時だったと思う。同じクラスの、今までしゃべった事もないような男――北村真人とその弟、葵に会ったのは。

「……あぁ、多分」

「そうね、こんな状況じゃ、分からないわよね。生きているか死んでいるかさえ」

 もしかしたら、政府の連中に殺されているかもしれない。自分達よりも、少し早く。

「でも、アオイは元気よ。両親に愛されて、幸せに過ごしているでしょうから」

 妹に何度も聞かされていた。自分と同じ名前の男子が、クラスにいる事を。北村葵という名前を聞いても、それが祥子と同じクラスの真人の弟である事など、想像もしなかった。真人に兄弟がいるようには見えなかった事と、祥子自身が真人に興味がなかった為に。けれど、妹の山本葵は、ずいぶん気にしているようだった。そう、運動会で初めて見た北村葵は、兄とは違い、明るく気さくな男の子であったから。

「……仮面を被るのは、やめたのか」

 真人が尋ねると、祥子は笑った。

 その感情のないような声は、相変わらずね。私の事なんて、どうでも良いくせに。

 とても楽しそうに笑って、大介から奪った銃を、真人に向けた。

「私ね、もう人を殺してるの。このゲームが始まった瞬間に」

 真人は特に何も思わなかった。ああ、そうか。吉田を殺したのはこいつかと、妙に納得しただけで。真人は、昇降口に倒れていた大介の姿を見ていたので。

「私は誰も信じない。たった一人で生き残る。他人なんて、どんなに信じたって無駄だから」

 自分以外はみんな他人。身内でさえも。

 ――信じていた父親は、ある日突然違う女を連れて来る。

 あなたは死んだ母を愛していたのではなかったの?

「いつか、話した事があったね。お互い、血の繋がっていない弟妹を持つ者として。どんな気持ち?って。何も知らず、無邪気に笑いかけてくるあの子達を見て、どう思う?って」

 誰も知らないであろう真人の秘密を、共有しているのは自分だけなのだろうと祥子は思う。親友の保崎直人(男子9番)にでさえ、きっと話していないのだろうから。

 

 

 リレーだった。ありがちなシーン。バトンを渡した後、もつれるように山本葵が倒れて。思わずそこへ向かった、両親。

 特に興味はなかったけれど、自分の妹が怪我をしたのに、妙に冷めた目でそれを見ている祥子が気になって。真人は気まぐれに、声をかけた。

「お前は行かないのか」

 祥子はふっと微笑んで、目を伏せる。まるで、見たくないものを視界から排除するように。

「どうせあの子とは血が繋がってないもの。あなた達みたいな、本当の兄弟の気持ちなんて分からない」

「……本当の兄弟に、見えるんだな」

「え?」

 そうして彼は、自分と弟も、血の繋がりは無いのだと答えた。

 

 

 八つ当たり気味にぶつけた祥子の言葉に、安心したように答えた、真人の言葉。

「私はね、いつだって殺してやりたいとしか思ってないわ」

「……」

「だから生き残る。あの人達の人生を、狂わせるのも、終わらせるのも、私のする事だから。その為に、ずっと――」

 祥子は独り言のようにそう言って、きびすを返した。トンネル内から出て行くつもりのようだった。

「山本」

 真人はその背に声をかける。祥子は何?と言って振り返った。

「俺は殺さないのか」

 たった一人しか生き残る事の出来ないこの状況で、どうしても生き残りたいのなら出会った全ての人間を、殺すしかないはずなのに。

 別に殺されたって構わなかった。生に固執しているわけじゃない。どうせ何もしない、何も出来ないのだから。

「私はね」

 真人の言葉に、祥子は笑った。とても冷たい笑みで、けれどどこか、優しそうな笑みにも見えた。

 

「生きている人しか殺さないの」

 

 

【残り16人】

 



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