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11 髪の毛をいじるのは内藤さやか(女子6番)の癖だった。考え事をする時も、退屈な時も、何かとすぐに髪の毛をいじっていた。さやかの髪はさらさらで、指どおりが良くて。自分でも、とても気に入っていたから。中学の3年に上がると共に、緩いパーマをかけ……そう、担任の本藤は、それを見て苦笑していたけれど、さやかは特に気にしなかった。生徒の自主性に任せるというのが、本藤の教育方針である事を知っていたから。校則違反だとしたって、注意してくるわけじゃない。こっちが、これは天然パーマだと言い張れば、絶対に。それが嘘だと分かっていても。 でももう、彼もこの世にはいない。 「……さっきの爆発、なんだったのかな」 さやかの横で、佐々木一彦(男子6番)が言った。 「分かんない」 興味もないし、と、さやかは答えた。さっきと言っても、南の空の方で爆発が起こったのは、ずいぶん前だった気がする。そして、自分達はここで、学校からヘリが飛び立つのを見ていた。あれが爆発した事は間違いなく、その原因については、考えるだけ無駄のように思えた。もともとさやか自身、考えるのが好きではないのだから。 学校のある山を南側に降りてすぐあるバス停で、さやかと一彦は一緒にいた。1時間に1本ほどしかないバスを使って、この町の人は外へ出て行く。軽くバス4台は停まれそうなほど広いのは、ここがバスの折り返し地点だからだろう。そこにある小さなベンチに、彼らは腰掛けていた。見つかりやすい場所かもしれないが、逆にこっちからも誰かが来れば、すぐに分かるようになっている。気付いた瞬間に、逃げれば良い。さやかも一彦も、互いが持っている武器は知らなかったが、役に立ちそうもない物であろう事は、想像が出来た。もし銃火器なら、しっかり手に持っているだろうから。 “プログラム”が開始してから、一彦は、2分後に出てくるはずのさやかを教室の外で待ち、真っ直ぐここへ来た。さやかは何も言わず、それが当然のように、彼について来た。だから。 「さやかは、俺が怖くなかった?」 そう言って微笑む姿は、さすがクラスをまとめる委員長だ、という感じがする。優しい笑み。普段と変わらぬ、明るい顔。それが、恋人のさやかと一緒であるからだという事は、簡単に想像がついた。もしかしたら、無理をしているのかもしれない。恋人の前だから。 「別にぃ」 さやかはそう答えて、髪をいじっていた。そんなさやかの姿が、妙に愛しくて、一彦は笑う。こうして一緒にいる事で、答えは分かっていたはずなのに。 「……じゃあカズはぁ、何でアタシを待ってたわけぇ?」 さやか独特の、けだるそうな話し方は、一彦の緊張感を和らげてくれる。“プログラム”に参加させられている事すら、忘れさせてくれるような。 「そんなの、決まってるだろ?さやかを守りたかったから。死なせたくなかったからだよ」 「ふぅん……」 自分で聞いたくせに、一彦の答えに興味がないのか、さやかはひたすら髪をいじっていた。 2人が付き合い始めたのは、3年になってからだった。クラスでも浮いた存在であるさやかに、一彦が告白したという噂が流れた時は、ほぼ全員が耳を疑ったものだ。いわゆる優等生である一彦と、はっきり言ってしまえば劣等生のさやか。釣り合わない様に見えたのも、無理はない。それでも一彦は気にしなかった。さやかがオーケイしてくれた時は、本当に嬉しそうだった。 「あ、カズ。あれ何ぃ?」 さやかがふっと顔をあげ、一彦の後方を指差す。一彦は何かと思って、後ろを向いた。 後ろで聞こえる、ジィっと、ジッパーを開けるような音。 「さやか、どこに……ぐっ!?」 言葉の途中で、何かが首に巻きつき、息苦しさを感じた。手をやると、直径2センチくらいのロープだと分かる。それが、一彦の首に巻きつけられているのだ。わけが分からなくなって、金魚のようにパクパクと口を動かす。 一体何が、どうして――!? 「ねぇ、カズ、知ってる?生き残れるのは、たった一人なんだって」 耳元で、愛しい彼女の声がした。考えたくも無かったけれど。 さやか、君が……? 「アタシの事、いつもバカだと思ってたでしょぉ?バカなアタシを相手にする事で、優越感に浸ってたんでしょぉ?」 でなけりゃ、アンタみたいな優等生が、アタシを相手にするはずが無い。 誰だって、自分より劣る人が近くにいれば、安心するものだ。そして、一彦にとってはそれが自分だった。ただ、それだけの事。 「こんなアタシでも、盾にはなると思った?役に立つ武器でも、持ってると思った?」 そう言いながら、さやかは更に強くロープを引っ張った。一彦の首に、ロープが食い込む。 「さ……や、か……っ」 息苦しい。痛い。一彦は必死で彼女の名を呼んだが、さやかは力を緩めようとはしなかった。 「別に誰でも良かったの、アタシ。彼氏が欲しかっただけだしぃ」 さやかは平然と、そんな事を言った。彼女独特の、のんびりした口調で。 そう。あの時。一彦が告白してきたあの時。さやかにとっては、それが一彦でなくても、別に良いと、そう答えたのだろう。一彦に答えたように。同じ言葉で、同じ態度で。ただ、誰かと付き合ってみたかっただけ。彼氏というものがどういうものなのか。恋人がいるという事が、一体どういう事なのか、知りたかっただけ。 だから、誰でも良かったの。アタシ。 「……さや……か」 一彦の手が、ロープから外れる。 さやかの手に、ギリギリとロープが食い込んだ。滑りそうになったので、一回手に巻きつけ、再び強く、締め上げる。 一彦が、かはっと大きく、息を吐いて。その後はただ絞め続けるだけで。 完全に一彦が動かなくなっても、5分ほど、さやかはそうやっていた。 大丈夫。なんてこと無いの、こんな事は。 さやかはしびれる手を軽く振りながら、一彦を見下ろした。支給武器がロープだと知った時は、どうしようかと思っていたが。こうして、役には立ったのだから、良かったのかもしれない。 息を吐き、一彦のディパックを漁る。武器のような物は入っていなかった。 カズの武器は? 不思議に思って一彦の手を見ると、何かが握られているのに気付く。 「?」 しっかりと、強く握られたそれは、ナイフだった。 「……カズ……?」 さやかは目を見開く。そのナイフを握っていながら、どうして何の抵抗もせず、絞め殺されたというのだろうか。すぐ後ろにいる自分を刺す事も、ロープを切る事も出来たはずなのに。 どうして? 「アタシを……殺さなかったの?」 さやかの脈が速くなる。ひょっとして自分は、とんでもない事をしてしまったんじゃないだろうか? 「アタシ……を……」 守りたかったと、彼は言った。 死なせたくなかったと、彼は言った。 あれが本心であったなら。一彦の本当の気持ちだとしたら。だとしたら、自分は―― さやかは自分の手を見つめた。ロープの痕が、しっかり残っている。 彼の首を締めた感触も、力の抜ける感触も、しっかりと。 「あああぁあぁぁあああああああっ!!!」 泣いても、叫んでも。 後悔したって、もう遅い。 本当に愛されていた事にも、気付けなかったなんて。 さやかはぺたんと地面に座り込み、虚空を見つめていた。普段物事を考えない頭で、真剣に考えた。自分がしたい事。しなければいけない事。こんな時、友達の橘川あやの(女子1番)ならどうするかと考えた。 『後悔しても仕方ないよ、さやか』 あやのの声が、聞こえた気がした。そう、後悔したってもうどうにもならない。それならば。 アタシは、生き残る―― 一彦を殺してまで、生き残ろうとしたのだから。最後まで、生き残ってみせる。一人でも。 あやのに出会えれば何か変わったかもしれないが、こんな状況下で会いたい人に会える確率など、全くないように思えた。それならば、自分に出来る事は、生き残る努力をする事。さやかは、そう心に決めた。とにかく、今は武器が必要だ。 ねぇカズ、アタシはあなたを愛してなかった。――本当だよ。 【残り16人】 |