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1 教室内に、血の匂いが漂っていた。さびた鉄の香りに似た、どこか非現実的な匂い。けれど、先ほどまでぴくぴくと痙攣を起こしていた、今はもう動かない担任の体を見て、誰もが、コレは現実なのだと思い知った。そう、コレは現実。目の前で担任が死んだ事も。それが、突然入ってきた、桜井亜沙子と名乗る女のした事だという事も。 仁は頭の中で、起こった事を整理しようとしていた。 担任の本藤が言ったのだ。今日で、この学校に通うのは終わりだと。それは、廃校という意味ではなく、こういう事だったのだろうか。つまり―― 「今日は、貴方達に殺し合いをしてもらいます」 桜井はそう言って、クラス全員の顔を見渡した。 まだ良く分かっていない者の顔も、すでに理解した者の顔も、一通り見てから、手の中のデリンジャーをもてあそぶ。そして、何でもない事のように言ったのだ。 「神奈川県立上那賀中学校三年クラスは、今年の“プログラム”対象クラスに選ばれました」 ――決定的。 晃はもう一度唾を飲み、今自分に出来る事、しなければいけない事を考えた。例えば、桜井を襲って、あの銃(晃は銃火器系に詳しくはないため、それがデリンジャーと呼ばれる暗殺用の小型拳銃である事すら知らなかった)を奪う。彼女をそれで……そこまで考えて、無理だろうという事に気付いた。自分だって馬鹿ではない。廊下に佇む気配は、桜井の仲間――政府連中だという事くらい分かってしまった。考えてみれば、いくらめちゃくちゃな事をする政府連中だとて、小型拳銃一つ持った女一人で“プログラム”を行いにやってくるはずがないのだ。 このプログラムについては、大東亜共和国で知らない者はいないであろうから、説明は割愛させて頂くとして、驚いたのは、こんな風にプログラムに巻き込まれる事がある事実についてだ。プログラムと言えば、実施場所はどこかの島か何かだと、勝手に思い込んでいた。まさか、自分達の学校で、突然こんな事を言われるなどとは、考えもしなかったのだ。 「はっ!なんだよ、何の冗談だ!?」 クラス内でも怖いもの知らずの吉田大介(男子10番)がそう叫ぶと、教室内のあちこちから声が上がり始めた。 「プログラムって、嘘でしょう!?」 「何で俺達が……」 「ヤダっ……どうしてっ?」 「何、何なの?」 「先生は……!?」 渡辺沙織(女子10番)の声で、自然とクラス内は静まり返った。そう。自分達は見てしまっているのだ。担任の本藤が殺された、その現場を。おそらく、本藤は知っていたのだろう。このクラスが“プログラム”に選ばれた事を。自分が、それによって殺されるという事を。だからこそ、ためらっていた。そして―― 否定しようったって出来ない。何の冗談でもない。桜井の言うように、選ばれたのだ。こんな田舎の、生徒数の少ないクラスには、何の関係も無いだろうと思い込んでいた、“プログラム”に。自分達は平気だと、思い込まなければやっていけなかった。小学校時代からずっと一緒のクラスメイト達と、生き残りを賭けた、愚かなゲーム。そんなものに選ばれる事は、無いのだと―― 「それでは、ルールを説明します」 桜井は淡々とした声で、誰の反応も待たずに、続けた。 「当然知っていると思うけれど、これは互いに殺しあえばそれでいい、単純なゲームよ。生き残れるのは一人だけで、その為になら何をしてもかまわないわ。これから、一人一人に渡す物があって――」 桜井が合図をすると、教室の扉が開いた。今まで廊下で待っていたのだろう、迷彩服を着た男が二人、黒のナイロン生地の、大ぶりなデイパックを教室内に運び入れる。桜井はそれをしばらく眺めていたが、アレは?と、片方の男に尋ね、同じようなデイパックを受け取っていた。 その間、仁はいまだ事態についていけず、ただただ眺めるばかりだった。目の前に座っている晃は、きっと自分よりは冷静で、この事態の把握も簡単にしているのだろう。事実、それは当たっていたし、ここで後ろの仁と話をする事が、どんなに危険な行為であるかも、晃は分かっていた。 桜井はデイパックから何かを取り出す。それは、細長い、曲線を描いた金属で、例えるなら首輪のようだった。いや、実際、首輪なのだろう。そして、それがどういう使い道をされるかなどは、仁にも分かる事だったし、想像すると、背筋がぞっとした。そんな気持ちもお構い無しに、桜井はそれに彫ってある番号を確認しながら、一人一人の机の上に置いていく。仁は、自分の目の前に桜井の腕があった時、ひねりあげてやりたい気持ちになったが、迷彩服の二人の男が、肩に吊ったアサルトライフルを今にもこちらに向けそうで、情けない事に何も出来なかった。目の前に置かれたそれは、紛れもなく首輪で。金属で出来たそれは、触るとひやりとした感触があった。 「各自、それを首につける事」 (――は?) 仁は思わず間抜けな声をあげそうになる。 (何を言ったんだ、この女は。これを、自分の手で首につけろって?馬鹿か?何で自分でそんな事をしなきゃならない?) 誰がつけるものかと、いじっていたそれを放り投げようとしたら、目の前でかちり、と音がした。 (……え?) クラス内で、誰よりも早くそれを自分の首につけたのは、他でもない、仁の親友。早川晃(男子8番)だった。 (なんだよ、晃。お前、何してんだよ……?そんな、こんな奴等に服従するような事――まさか、お前プログラムに乗るっていうのか?こんなゲームに……?) 仁が混乱していると、晃はちらっと後ろを見た。その目は、いつもの晃の目で。言葉にされなくても、何が言いたいか、分かってしまった。仁、お前も早くそれをつけろよ、と。いつもこうだ。晃の言いたい事なら、言葉にされなくても分かったし、晃の考える事は、どんな事でも理解できる。だから、分かった。これは自己防衛のために、するしかない事なのだと。 「出来ない者は、ここでリタイアとみなし、死んでもらうわ」 桜井がそう言った事で、仁は、自分の理解が正しかった事を知った。教室内での至る所で、カチカチと、ロックのはまる音がする。望まない事を、自分でさせられる――なんて屈辱的なのだろう。仁は、しばらく首輪をいじっていたが、いい加減に諦めたのか、それを自分の首につける。 かちり、と、無機質な音がした―― 【残り20人】 |