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全てが、色鮮やかに輝いていた、あの頃。 自分の中の何かが、変わっていく瞬間。 セピア色の光景の中、それでも。 その色だけは、鮮やかに輝いている。 その、血の色だけは。 DEATH GAME
プロローグ
山の中にある、神奈川県立上那賀中学校は、はっきり言って田舎の学校。窓から見える景色は、ほとんど緑で、遠くの方には、海も見える。空気は澄んでいるし、水は美味しい。田舎の条件をほぼ満たしているこの町で、都会に引っ越して行く者の多い中、生徒数の減少のため、廃校寸前なのは目に見えていた。 夏休みを明日に控えた、7月19日の、放課後の教室。寺元仁(男子7番)は、ぼうっと担任の顔を眺めていた。帰りのホームルーム。大事な話があるからと、いつもより遅くまで残されているのは、うちのクラスだけなのだろうか。と言っても1学年に1クラスしかないこの学校に、他のクラスなどあってないようなものなのだが。 明日からは、待ちに待った夏休みで、今日は午前で終わりのはずなのに、時計の針はすでに11時を指そうとしている。空腹感と、喉の渇き。それから、眠気。 さっきから、何かを言いたそうにしている担任の本藤を見ながら、あくびをかみ殺す。 用があるならさっさとして欲しい。ほら、斜め前に座っている内藤さやか(女子6番)なんかは、退屈そうに、天然パーマだと言い張る髪をいじくっているではないか。小学校からずっと一緒な彼女が、天然パーマだった事など、今年に入ってから知った事だ。 仁は、何気なく隣を見た。隣の席の小林橙子(女子2番)は、仁の視線に気付いたのか、こっちを向いてにっこりと笑って見せる。口元から除く八重歯が特徴的で、健康的な笑顔は、男子の中でもなかなか評判が良かった。「何?」と、口の動きだけで尋ねてくる橙子に向かって、仁は「何でもない」と、同じように返した。 もう一度前を向いて、担任を見る。よっぽど言いにくいことなのだろう。さっきから、何度も生徒達の方をちらちらと見ている。この担任がそんな態度を取るのは珍しかった。この中学に入ってから、ずっと担任をしてもらっているが、田舎の中学校によくいるような、元気ではつらつとした先生だったのに。 今度は横目で周りを見ると、真剣な表情で、身を乗り出すように担任の話を聞こうとしている女子が目に入った。渡辺沙織(女子10番)だ。真面目なのかなんなのか、沙織はいつもこんな感じで、担任の話を一言一句聞き漏らさないように身を乗り出している。他の女子、例えば仲間内で言うと、檜山真澄(女子8番)や、山本祥子(女子9番)なんかといる時でも、そんなに真剣に話をしているようには見えないのだが。この沙織も――と言うか、このクラスのほとんど全員が、小学校からの同級生だが、仁の記憶では、そこまで真面目な性格ではなかったはずだ。中学校に入ってから変わったのだろうか。長い髪もきちんと三つ編みにしているし、授業中など、寝ている事なんてありえない。この3人は真面目な部類に入るのだろうが、それでも真澄なんかは、よく眠りそうになっているのを目にする。仁も、人の事は言えないのだけれど。 逆に、今にも眠りそうになっているのは一番前に座っている赤坂浩太(男子1番)だ。よく眠るから、一番前の席にされたくせに、全然懲りていないらしい。「お前、いつも寝すぎなんだよ」と仁が言うと、浩太は人懐っこい笑みを浮かべて「キツイなぁ〜!」などと答えたものだった。一応眠ってはいけないと思っているのか、何度も起きようと努力はしているようだ。 突然、仁の目の前に座っている男の肩が揺れた。ガクンッと大きく倒れそうになって、ハッとしたように姿勢を正している。さてはこいつ、寝てたな?仁が軽く椅子を蹴り上げると、早川晃(男子8番)は、チラッと後ろを見てきた。「何寝てんだよ」と、小声で仁が言うと、晃は苦笑して「お前に言われたくねぇよ」と答えた。どうやら、あくびをしていた事はばれていたらしい。さすが親友。晃と仁は、小学校の頃からの親友だった。お互いに、いちいち確かめた事などないけれど、親友だと思っていることは確かだ。ケンカもしたし、口を利かなかったこともあった。それでも、一番気が合うのは晃だし、何も言わなくても分かり合える自信がある。――それよりも。 「なぁ、晃」 こそこそと、仁は身を乗り出して晃の耳元でささやく。晃も体を出来るだけ後ろに倒して、仁に答えた。 「なんだよ?」 「本藤の奴、なんかおかしくないか?」 まだ何かを言いよどんでいる担任を見つめながら、仁は言った。 「言いにくい事なんだろ。あぁ、アレじゃねぇ?」 晃も仁と同じ意見らしい。大きなあくびを一つして、首を後ろに向けた。 「廃校が決まったとか」 それは有り得る。仁や晃にとって、廃校はほぼ分かっている事なので、今更ショックなんて受けなかった。どうにもならない事ってのが世の中には多々あるのだ。それは、自分達が騒いだところで変わるわけじゃない。だから、廃校が決まったなんて事を言われても、全然平気なのだけれど。生徒の気持ちをきちんと考える担任にとっては、さすがに言いにくい事なのかもしれない。 「そしたら、俺達隣町の中学校に行くんだろ?」 仁が尋ねると、晃はだろうな、と言って視線を担任に向けた。さっきから何度も言おう言おうとしている意思は感じられるのだが、一向に口から言葉が出てくる気配はない。 「こんな時、決まってあいつ、なんか言うのにな」 晃は、窓際の席にいるこのクラスの委員長、佐々木一彦(男子6番)に目をやった。真面目な男だが、内藤さやか(女子6番)と付き合っていると聞いた時は、さすがの仁や晃も驚いた。そのさやかは、まだ髪の毛をいじっている。それが癖だと知っているのは、恋人である一彦と、隣の席の晃ぐらいかもしれない。 「本藤が言いづらそうだから、何も言わないんじゃないか?」 仁はそう言って、同じく一彦の方を見た。そんな二人の視線に気付いていないのか、一彦はじっと担任の方を見ている。顔に不安の色が浮かんでいるように見えるのは、気のせいではないはずだった。 「かもな。んで?お前は本藤になんか言わねぇの?」 「俺?言うわけねぇじゃん。面倒臭いしな」 仁がそう言うと、晃は笑った。お前らしいな。そう言って笑った。 「真人だってそう言うぜ、きっと」 晃の笑い方が気に喰わなかったのか、仁はチラッと後ろの方に目をやる。 心もち、体重を後ろにかけて座っている、北村真人(男子5番)が目に入った。真人は普段、保崎直人(男子9番)と共に行動する事が多いが、仁や晃なんかとも仲が良く、よく4人で遊んだものだった。そうすると、直人と幼なじみである原田梢(女子7番)や、その友達の瀬田遥(女子3番)が寄ってきて、結局みんなで騒ぐ事になるのだが。 真人は、仁の視線に気付いたのか、ちょっとだけ顔をこちらに向けた。真人は、仁や晃とは、どこかが違っている。笑っていても、楽しそうではなく。何もかもが、どうでもいいような目をして。まぁ、そんなところも含めて、仁も晃も、真人を気に入っていた。 仁が担任の方を指して、ちょっと肩をすくめて見せると、真人は少しだけ口の端を歪めて、同じように肩をすくめて見せた。どうやら真人も、仁と同じく、自分から何かをするつもりはないらしい。だからこそ、仁も例えに出したのだが。 けれど、仁とは違って、行動力のある晃は、すっと手を上げた。 「先生」 そのひと言で、担任の呪縛は解けたようだった。 「……今日で、君達がこの学校に通うのは終わりになる……お別れだ」 寂しそうな担任の声。赤坂浩太(男子1番)は、小さく溜息をついた。何だかんだと言って、とうとう廃校が決定したらしい。一クラス20人しかいないこの状況では、無理も無い。 田舎の中学校なためか、生徒と先生の仲は良かった。それも、今日で終わる。そんな気持ちを含んだ、寂しそうな声。分厚いレンズの眼鏡。優しそうな笑み。日に焼けた肌も。いつだって、クラスのみんなを励ましてくれた、先生。 山本祥子(女子9番)は、スカートのポケットからハンカチを取り出すと、目頭を抑えた。涙もろい自分には、ハンカチは欠かせない。明日から、この先生とは会えなくなるのだ。3年間、ともに過ごしたこの先生と。他の生徒とは、これからも同じ学校に通う。でも、担任は…… 「先生は、どうなるんですか……?」 思い切って尋ねたのは、クラス内で一番の美少女である原田梢(女子7番)だった。彼女は明るく、みんなにも人気がある。クラス内でも、彼女を嫌う人はいない。彼女がいる所には、絶えず誰かがいる。梢にとっては、クラス全員が大切な友達なのだ。気に入らない奴は女でも容赦しない加藤清(男子4番)や、吉田大介(男子10番)でさえ、梢には手を出さなかった。逆に、何もしていなくても彼等にからかわれる存在なのは、戸津川麻里(女子5番)や、石塚弘之(男子2番)といった、おとなしい性格の生徒達だ。麻里の切り揃っていないばらけた髪は、清や大介にやられたという噂もある。それが事実かどうかは別として、麻里は明らかに清や大介に、いや、クラス全員に対して、怯えの色を見せていた。弘之の方が、かまってくれる赤坂浩太(男子一番)なんかがいる分、ましなのかもしれない。そんな麻里や弘之は、ただ静かに先生の話を聞いている。 「……先生は……」 担任は、言いにくそうに言葉をつむいだ。 廊下を、人の歩く気配がして、仁は横を向いた。 「仁君?」 それに気付いたのか、隣の席の小林橙子(女子2番)が、こっそりと仁に話し掛ける。 「何見てるの?」 「いや、今……」 仁が答えようとした瞬間、がらっと、教室の扉が開いた。 担任は、それに気付きながらも、目を向けようとしない。ただ、生徒達の顔を、一人一人見続けていた。 なかなか打ち解けてくれなかった曽我千鶴(女子4番)、いつも明るく、みんなの中心だった佐々木一彦(男子6番)、悩みを相談してくれた檜山真澄(女子8番)、少しませていた橘川あやの(女子1番)、そして。悲しそうな目で自分を見つめている、渡辺沙織(女子10番)…… 「先生は……」 開いた扉から入って来た女性が、まっすぐに腕を伸ばす。 「ここで死ぬの」 ぱんっ とても。とても軽い音だった。 その音に、人の命の重さは、感じられなかった。 担任の体が崩れる。こめかみに、どす黒い穴をあけて。最後まで、生徒の顔を見つめたまま。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」 原田梢(女子7番)が、叫んだ。 目の前には、手の平に収まるほどの小さな銃――デリンジャーを構えた、一人の女が立っていた。黒いパンツスーツに身を包んだ、冷たい目の女性。 教室内がざわめく。何が起こったのか分からないという顔で、渡辺沙織(女子10番)は、倒れた担任の身体を見つめていた。もう、動かない、さっきまで担任だったその塊を。 「先生っ!」 大川聡史(男子3番)が叫ぶ。その聡史に向かって、女は銃口を向けた。 「静かにしなさい。殺されたいの?」 瞬間。教室内の気温が、下がった気がした。 「そういうわけで、今日から私がこのクラスの担任。桜井亜沙子よ。別に覚えなくても良いわ。どうせ、ほとんどの生徒とは、もう二度と会うことなんてないんでしょうし」 晃は、ごくりと唾を飲んだ。コレってまさか。 ――プログラム。 【残り20人】 |