勇気

 

 

 視界の端に、捉えた。

 一枚の、切符――

 

 

 七原と一緒に電車に乗るのは珍しくなくて。

 今日は、二人で買い物。

 せっかくだから、ちょっと遠くまで行こうという事になって、電車に乗った。

 車両の両側に長く椅子が並んでて、その中央辺りに、俺と七原。

 電車の中は空いてるわけじゃなく、立ってる人も何人か。

 俺と七原は外を見ながら、二言三言話して、黙り込んだ。

 別に話すのが嫌だったわけじゃないけど、七原が、あくびをしているのが分かって。

 昨日も遅くまで起きていたのかもしれないな、こいつの事だから。

 沈黙は苦にならないし、車内で騒ぐのもなんだし。

 俺も黙って、外を見ていた。

 

 視界の端に、ハラリと落ちる何かがあって。

 俺は、ちょっと目を向けた。

 椅子の一番端に座っている老人。

 眠っているのか、少しうつむき加減で。

 その手から落ちたらしく、床に切符があった。

 まぁ、起きたら気付くだろ。

 俺は気になりながらも老人から視線を外して、また外を見た。

 

 ちょっとしてから、その老人は目が覚めて。

 身体を少し動かした。

 あ。

 落ちていた切符の上に、老人の足。

 アレじゃ、気付かないだろ、多分。

 それから、老人がなんだか自分の手を見ているようで。

 探してんのかな。

 落とした切符。

 そう思ったら、七原が。

 

「ちょっとごめん」

 そう言って、俺に鞄を渡した。

 トイレにでも行くのかと思って見ていたら、七原は、老人の方へ向かって行った。

 ためらいも無くしゃがみこんで。

「おじいさん、ちょっとごめん、足」

 優しく足をどけさせて、切符を拾い上げた。

「ハイ、これ」

 しゃがんだまま、笑顔でそれを渡して。

 車内の連中が、それをじっと見ていたけど。

 七原は、全然気にしていないようで。

 戻って来て、俺の手から鞄を受け取った。

「ありがと」

「気付いたのか」

 俺がそう尋ねたら、「まぁ……」と、曖昧に答えた。

 

 俺達が電車を降りる時、さっきの老人も同じ駅で降りて。

 七原の肩をたたき、

「ありがとう」

と言っていた。

 その目が、本当に嬉しそうで。

 俺には、ちょっと痛かった。

 

「七原って、凄いよな……」

 照れくさそうに笑っていた七原の背に向かって、俺はつぶやく。

「え?」

「俺には、出来ないわ……」

 本当に、そう思った。

 実際、気付いても声をかけようだなんて思わなかったし。

 あの電車の中にだって、気付いた奴、いたんじゃないのか?

 でも、誰一人として、拾おうとなんてしなかった。

「そんな事、無いって。だって俺、声かけるまでに、時間かかったし」

 それは、少しの罪悪感みたいなものを含んでいるようだった。

「本当は、切符が落ちた瞬間から気付いてたけど。声かけようか、凄く悩んで」

 それでも結局、声をかけられたお前は凄い。

「だけど、あのおじいさん、困るんだろうなって思ったから」

 それでも、俺は声をかけられなかった。

 

 それって、勇気だよな。

 俺は、そんな事できない。

 周りの奴らの視線が、『偽善者』って、言っているようで。

 そんなの気にしなきゃ良いんだけど。

 自分が、良い事した、なんて絶対に思いたくない。

 

 俺って、七原に釣り合うのかな。

 側にいても、いいのかな。

 

「でも、俺、隣に三村がいなかったら、出来なかったと思う」

 そんな事を突然言われて、俺は顔をあげた。

「やっぱ、周りの目って気になるし……三村がいたから、出来たんだと思う」

 言葉なんか、何も出てきやしなくて。

 それでも何か言いたくて。

「……そっか」

と、つぶやいたら、満面の笑みで返された。

「いてくれて、ありがと、三村」

 

 

 涙が出そうになったけど、あくびをしてごまかした。

 

 

「――七原の眠気が移ったな……」

 

 

END.

 


2500HITのゆうゆ様からのリク。
2つあったので、どちらにしようか迷ったのですが、片方はいずれシリーズかなんかで書く予定なので、『傷付いた三村を七原が心配、癒してる…愛』の方にしてみました。
…あれ?これ、七原さん、三村の心配なんかしてませんよ…?(爆)
ごめんなさい…あさこは嘘つきです…(涙)
しかもこれ、実話だったりするし…(オイ)
さてここで問題です。あさこは七原、三村、どちらの立場だったでしょう?(知るか)
なんか、三村って七原の何でもない一言にいつも癒されてる、というイメージがあるんですが…
言い訳に過ぎませんね(苦笑)
こんなんで宜しかったでしょうか…
えと、ではコレはゆうゆ様に捧げますです。いつもありがとうございます!なのに、こんな…(涙)
ともかく、ありがとうございました〜!