白い日

 

 

 分かんねぇだろ、お前には。

 期待したって無駄な事を、ドキドキしながら待っちまう、俺の気持ちなんて。

 

 

「あー、もうっ!放せよ、三村っ!!」

 秋也はそう言って、後ろから抱き付いてくる信史を睨んだ。

 ここは教室で、周りには人がたくさんいる。

 助けを求める秋也を、困ったように見つめる慶時と弘樹。

「シンジ、いい加減に放してあげたら?」

 多少の嫉妬をこめて、豊がそう言うと、信史は気にした様子もなく笑った。

「じゃあ、七原に放課後付き合うように説得しろよ」

「何で俺がそんな事しなきゃいけないのさ」

 豊はフイっと目を逸らし、少しだけ機嫌悪そうにする。

 それに気付いていながらも、信史はぎゅっと秋也を抱き締めていた。

「三村ぁ〜っ!放せってば!俺、行かなきゃいけないんだって……!」

 秋也は信史の腕の中で暴れるが、信史は決してその腕を放そうとしない。

 放せば秋也がどこに行ってしまうか、分かっていたからだ。

「駄目。行かせない」

「三村!いい加減にしないと怒るぞ!!」

「怒られても、駄目なものは駄目」

 頑として聞かない信史に、秋也は暴れるのをやめて、溜息をついた。

「なんだって今日はそんなに邪魔するんだよ……?」

「七原クンてば、分かってるくせに」

 信史の言葉に、秋也はぐっと息を詰まらせる。

 本当は、分かっている。信史のこの行動が、嫉妬なのだという事は。

 けれど、分かっていたってどうにもならないし、する気も無い。

 

 今日は3月14日。ホワイトデー。

 

 バレンタインにチョコレートを貰ってしまった自分としては、誠意をもってそれに応えなければならない日。

 秋也の代わりにチョコレートをたいらげた慈恵館の子供達。

 その御礼をしなさいと、安野先生に持たされた、心ばかりのキャンディを。

「渡しに行かなきゃいけないんだってば……」

「知ってるって。だから放さねーの」

「三村ぁ……」

 駄々をこねる子供のようだ。

 秋也は困ったように声を上げた。

「……どうしたら放してくれるわけ?」

「今日が終われば」

 信史は平然とそんな事を言い、秋也を更にきつく抱き締める。

 秋也は諦めたようにうなだれた。

「……三村、放課後付き合うから。好きなだけ付き合ってやるから、今は放して?」

 そう言った瞬間に、信史の腕から解放される。

「約束な」

 信史はニヤリと笑って、笑顔で秋也を送り出した。

 

 

 分かんねぇだろ、お前には。

 相手に向けた愛情が、そのまま返って来る事が約束されたお前には。

 愛する事も、愛される事も、当然のように得る事の出来るお前には。

 期待が絶望に繋がる事を知っていても。

 それでも期待せずにはいられない、俺の気持ちなんて。

 

 

 珍しく教室にいた充は、秋也と信史のやり取りを眺めていたが、苛立ったように席を立ち、屋上へ向かった。

 後ろから竜平、博、彰の3人が付いて来ている事に、多分彼は気付いていない。

 それほど、イライラしていた。

 ――分かっている。

 自分がバレンタインに渡したチョコレートに、彼は何の意味も抱いていないだろうという事なんて。

 勇気を出して渡したところで、自分の気持ちが伝わっているとは限らない事なんて。

 例え伝わっていても、応えてくれる事なんてないだろうという事も。

 全て、分かっている。

 

 

 腹立たしいくらい、よく晴れた空。

 充は空を見上げて、深く溜息をついた。

 ホワイトデーに淡い思いを抱くなんて、本当にどうかしていた。

 泣きそうになってくる。

 期待なんかしてなかった。そう思い込もうとしたって、それが嘘である事は、自分が一番良く分かっている。

 もしかしたら彼も、自分を想ってくれるかもしれない。

 好きになってくれるかもしれない。

 そんな、どうしようもない期待を……

 ドスッ

 音と共に、背中に伝わってくる衝撃。

「気持ちワリーんだよ、テメーはっ」

 充に蹴りを入れたその格好のまま、竜平はそう言った。

「朝っぱらから溜息ばっかりつきやがって」

「てめっ、竜平ッ!!」

 何しやがると、掴みかかろうとした瞬間に、後ろから声がかかった。

「それはリュウも同じだろ」

 そう言いながら、博は竜平に蹴りを入れる。充の代わりだとでも言うように。

 溜息をついていた充を見て、誰よりも辛そうな顔をしていたのは、他ならぬ――

「竜平には分かんねぇよ。俺の気持ちなんて……」

 充はそう言って、竜平と博に背を向けた。

 情けない事なんて分かっている。八つ当たりにしかならない事も分かっている。

 それでも。

「ああ……分かんねーよ、充の気持ちなんて」

 竜平はそう言って、充の背中を見つめる。

「でも、お前だって、俺の気持ちなんて分かんねー……」

 その呟きは、充の耳に届く事はなかったけれど。

 博は小さく、溜息をついた。

 どうしてこいつらはこうなのだろう。

 素直になれない一方通行。いつまでも、いつまでも。

 

 

 お前に俺の気持ちなんて分からねー。

 俺の目の前で、ボスにチョコを渡したお前を、ただ見ている事しか出来ず、応援までしちまった、俺の気持ちなんて。

 自分の気持ちすら伝える事が出来ない、俺の気持ちなんて。

 

 

「充ちゃん」

 今まで、ただ見ていただけの彰が口を開く。

 結局最後に口を出すのは、自分。

「バレンタインは宣戦布告の日。ホワイトデーは決着をつける日なのよ」

 あの日。

 1ヶ月前のあの日、勇気を出して1日遅れのバレンタインチョコを渡した充。

 それを受け取った桐山と、決着をつける日。

「ヅキ……」

 充は小さく頷いた。自分に出来る事は、ただ待つ事しかないのかもしれない。

 決着がつくかも分からない、ただ、その瞬間を――

 けれど。

「ボスがどこにいるか知ってるか?」

 待つだけの自分は嫌だった。

 決着は、自分でつけなければ。

 桐山に対して、どうしても臆病になってしまう自分。

 彰はそんな充に笑いかけ、口を開いた。

「それがね、実は桐山くん、今日欠席してるみたいなの」

 

 頭の中が、白くなる。

 ああそれって。

 決着がつけられないという事――?

 

「充、避けられたんじゃねーの?」

 竜平はニヤニヤ笑いながらそう言い、博にまた蹴られた。

「ボスはホワイトデーなんて知らねーんだよ、きっと」

 慰めになっていない、博の言葉。

 充はしばらく脱力していたが、思い直したように顔を上げる。

「ま、こんな事でめげてらんねぇよな。ボスがそういう人だって事は、分かってた事だし!」

 喜びを隠せなさそうな相棒に、もう一度蹴りを入れて、博は苦笑した。

 まあ、とりあえず。

 

 

 延長戦に突入という事で――

 

 

END.



という事で、バレンタイン時の『1日遅れの』続編です。
別にシリーズにするつもりはなくて、この話はここで終わるだろうと思いましたので、シリーズ部屋には移しませんでした。
とても自己満足な桐山ファミリー(?)を書いている私ですが。
今回は37も絡めてみたので、どうぞ大目に見てやって下さい…
ああ、やっぱり片思いネタはとても書きやすいですね。
新井田にしても良かったかもしれないんですが、彼だと暗いままになってしまうので。
せっかくのホワイトデーですから、希望は残しておこうかな、と。
私の中の桐山と沼井の関係は、充の完全一方片思いです。
なので、2人がラブラブいちゃいちゃする事はありえません(きっぱり)
笹→沼→桐な関係がとても好きなのです。
七原サイドは豊→37な感じで(笑)
いつかちゃんとしたキャラ考をサイトに置きたいですね(とても今更)

そして、「バレンタインデーは宣戦布告の日、ホワイトデーは決着をつける日」という部分は、藤崎真緒先生の『瞳・元気 KINGDOM』からパクって引用させて頂きました。
凄く心に残る言葉だったので…