中心

 

 

「七原は、俺の世界の中心なんだよ」

 信史の言葉に、秋也は首を傾げた。

「何?」

 聞き間違いかと思って、もう一度尋ねる。

「だから」

 信史は、にっこり笑って秋也の肩を抱いた。

「俺の世界は、七原を中心に回ってるわけ」

「……」

 何も言えなくなる。

 何を言っているんだとか、軽く流す事も、気持ち悪いと突っ込む事も出来たのだけれど。

「もう、何をするにも七原が基準。七原が喜ぶ事をしたいし、七原の好きな物は俺も好きだし」

「嘘つくなよ。この間俺の好物、嫌いだって言ってたじゃんか」

「まぁまぁ、そんな事もあるけどさ。何を言いたいかって事に注目して欲しいな」

 はいはい、と、秋也は信史の手に触れた。

 自分の肩から、どかすつもりだった。

「そのくらい、七原を愛しちゃってるわけよ」

 ――ああもう。

 視線を外して、心臓の鼓動を抑えようとする。

「七原を失うなんて、考えられない」

 ――そんなの。

「……あ、そ」

 俺も同じだよ、とは、言えなかった。

 どかせなかった手の重さが、心地良かった。

 

 

 

 例えばいつか、お前がいなくなって。

 いなくなるんじゃないにしても、俺の事を好きじゃなくなったりして。

 お前の世界から、俺が消えたら。

 俺の世界の中心が、俺の存在を否定したら。

 俺は多分、存在し続ける事すら、不可能。

 

 

 

「七原」

 信史の声が、自分を呼ぶ度、跳ね上がる心臓を押さえつけるのに必死で。

「ん?」

 なんて、平然とした顔で答えるけど。

 じっと見つめてくる、その目にドキドキして。

「好き」

 そんな突然、何の脈絡もなく、そんな事。

「いきなり……何言ってんだよ、バカ三村」

 本当はそんな事が言いたいんじゃないのに。

 嬉しいのに、言えなくて。

 

 

 

 言えない言葉なんて、たくさんあった。

 いつか言えると思ってた。

 今度言おうと思ってた。

 言っておけば良かったなんて、何度後悔しても、もう遅くて。

 

 

 

「デートしようぜ、七原」

 暇がある度、繰り返されるデートの誘い。

「用があるから無理だってば」

 休日に、やりたい事なんて、腐るほどあって。

 信史1人に、構っているわけにはいかなかった。

 でも大丈夫。

「また今度な」

 いつでも、いつだって。

 信史とは、まだまだこれからが。

 

 

 

 今度なんて、もう。

 

 

 

 もっとたくさん、一緒にいれば良かったと、思う。

 もっとたくさん、話したい事はあった。

 もっとたくさん、体に触れたかったし。

 もっとたくさん、笑いたかった。

 もっと、なんて。

 今更思ったって、そんなの、もう遅くて。

 

 

 

 今しか、出来ない事っていうのは、きっとある。

 明日なんて、来るかも分からない日に託すより。

 今、この時にしておかなければ後悔する事が、たくさんあって。

 だから、素直に生きようと、思うのに。

 

 

 

「七原くん」

 この日はいつも、心配そうな声で、典子が自分を起こしに来る。

 そうして、自分が本当に呼んで欲しい声ではない事に、寂しさを覚える。

「大丈夫?」

 何度彼女に、こうして心配をかけた事か。

 秋也は少し無理に、笑って見せた。

 多分全然、大丈夫なんかではないけど。

 それでも動き出さなきゃいけない朝があって、みんなそうやって、生きている。

 

 

 

 お前がこの世界から消えてしまっても。

 俺の世界の中心は、今でもずっと、あの頃のまま。

 変わらず、お前なんだよ。三村……

 

 

 

 END.



2004年5月23日。こうして、この日に小説をアップするのは、今年で3回目になりました。
年々薄れていく記憶と、それでも手放せない気持ちに、いつでも迷って。
人の気持ちも、想いも、きっと変わってしまうものなのに、向ける相手がもういないから、いつまでも彼を中心で世界が回っている。
あなたのために、自分が出来る事なんて、ひょっとしたら何もないのかもしれないけれど。
今でもあなたが、何より大事。
あなたの中で、俺は消えてしまったかもしれないけれど。

私の中でも、彼らはまだ、とても深い所にいて、まだまだ切り離せそうにはないのです。

彼らに、黙祷を…