七夕

 

 

 濡れたコンクリートを踏みしめる。

 上履きが汚れるのも気にせず、秋也はずんずん進んで行き、屋上から淀んだ空を見上げた。

「今年も雨だったなぁ〜」

 そう言いながら、また降り出して来そうな空に恨みがましい目を向ける。

「何が?」

 信史は水溜りを踏まないように気を付けながら、秋也の傍に寄った。

「んー、七夕。やっぱり雨の日が多いなぁと思って」

 その場でぐるっと一回り。

 空の色は変わらない。

「そりゃ、梅雨だからな」

 湿気た髪をいじりながら、信史は正論を言った。

 ワックスで固めた髪が、だらしなく垂れてきてしまう。

 だから、梅雨は嫌いだ。

「そんなんじゃなくて、俺の求めてる答えはロマンなわけよ。分かる?」

 大げさに両手を広げる秋也に、信史は肩を竦めた。

「ロマン、ねぇ……」

「何だよ、その、興味なさそうな顔は」

「当たり。正解者には校舎へ戻る権利が与えられます」

 正直、雨上がりの屋上なんて、いても楽しいものではない。

 第一、昨日終わったはずの七夕の話を、今する意味が信史には分からなかった。

「権利を放棄します」

 秋也はそう言って、信史の胸の辺りを叩いた。

「お前のここにはロマンがないわけ?」

 信史は叩かれた胸を見て、それから呆れたように秋也の顔を覗き込む。

「超現実主義者の俺にそれを求めるか?」

「三村って七夕伝説とか絶対に信じてないだろ?」

 そうだとしたって、そんなに非難がましい目で見られなければいけないのか。

「七原、もしかして信じてるのか?」

 大きく頷く秋也を見て、信史は大げさに溜息をついて見せた。

 まぁ、そんな事だろうとは思ったのだけれど。

「短冊に書いた願い事ってさ、絶対に叶うんだぜ」

 秋也がそう言って目を輝かせるから、信史は少しだけ、からかってやりたい気持ちになって。

「お前の願い事って、自然現象で何とかなるものなんじゃないか?」

 冷めた目をして、そう言ってみた。

 信史の思ったとおり、秋也はムッとした顔をして信史を睨みつける。

「何だよ、それ。三村、信じてないわけ?」

「当たり前。大体、短冊に書いた願い事が叶うなんて、今時の小学生でも信じてないと思うぜ?」

 七原はそれ以下だな、と言ってやると、問答無用で拳が飛んできた。

 信史はあっさりとそれを避けて、さらに怒りを煽ってから。

「――で?」

「え?」

「今までにどんな願い事が叶ったわけ?」

 秋也の顔から、怒りが消えたのを見て。

 単純だな、なんて思いながら、信史は笑った。

「えーっと。ノブより背が高くなりますようにとか」

 それは自然現象だろう、と、突っ込みたい気持ちを抑えて、信史は大人しく聞いてやる事にする。

「ギターが上手くなりますようにとか」

 それも練習の成果であって、願いが叶ったわけじゃない。

「みんなが幸せに暮らせますようにとか」

 そりゃ、お前の周りは幸せな奴が多いだろうなぁ。

 叶ったのが納得出来る願い事の数々に、信史は苦笑した。

 大体、短冊なんて紙っぺらに書いた願い事が、本気で叶うと信じているなんて。

 秋也らしいと言えば秋也らしいのかもしれないが。

「……やっぱり信じてないだろ?」

 信史の考えを見抜いたのか、秋也の目が不機嫌そうに彼を見ている。

「じゃあ聞くけど、本当にお前は叶うって信じてるんだな?何を根拠に?」

「あのなぁ、三村。七夕っていうのは、年に一度織姫様と彦星様が……」

「あー、はいはい。それは良いから。何でその人達が叶えてくれると思うわけよ?論理的科学的物理的に、俺が理解出来る言語で説明して下さいませんかね?」

 あーはん?

 からかうような信史の目に、ムッとしながらも秋也は答えた。

「自分達が幸せだと、他の人の願いもきいてあげようかっていう気分になるんだよっ!」

 それと共にまた拳が飛んできて。

「はい、理解不能ー」

 ひらりと避けながら、信史は笑う。

「この分だと、今年の願い事は叶いそうにありませんねー。七原クン」

「叶うっつってんだろーがっ」

 闘牛みたいだな、なんて思いながら、信史は秋也の頭を小突いた。

「じゃあ、何願ったんだよ?言ってみ?」

 

 

 

「『三村信史が俺の事を好きになってくれますように』」

 

 

 

「……」

「どーだよ。叶わないか?あん?」

 勝ち誇ったように、秋也は信史を見下ろす。

 信史は口元を手で抑えながら、視線を秋也から外した。

「……それは……叶う、だろうなぁ・……」

「ほら見ろ。三村のバーカっ!」

 秋也はそう言い残して、屋上を後にした。

 残された信史はその場にうずくまり、火照った顔を両手で包む。

 

 

 

「って、あれは反則だろぉ〜?」

 

 

 

END.



一日遅れてしまいましたが、七夕小説です。
七夕って言うよりは、短冊ですね…
今回の37は、微妙な感じで(笑)
いつもいつも馬鹿にされる七原だけど、変な所では三村より強いと言うか。
これだけで赤くなってしまう三村も、なんか可愛いですよね。
なんか中学生っぽいかなと、自分で書いてて思ってしまいました(笑)

いや、でも本当に叶うんですってば…