シャボン玉

 

 

 優しく息を吹く。

 そぉっと、そぉっと。

 出来るだけ大きくなるようにと。

 

 

 真剣な顔でシャボン玉を作る秋也を、信史は横でじっと見つめながら。

 小さくあくび。

「七原……何がそんなに楽しいんだ?」

 丸くなって、離れて行くシャボン玉を、満足そうに見送って。

 秋也はにっこりと微笑んだ。

 その笑顔が、あまりに可愛らしかったので。

 引き寄せて、唇を重ねる。

 離れると、少し恥ずかしそうな、秋也の顔。

「三村、大好き」

「俺も好きだよ、七原」

 それを聞いて、幸せそうに笑う、秋也の顔に。

 さっと、影が差す。

 ああ、また何か考えてる。

 

 

 幸せなのに、それを、壊すような事。

 気にするなと言っても無理な事だし、実際、信史自身も引っかかっている所ではある。

 心の底から幸せに浸れない要因。

 俺達は、男同士、だから。

 こんなの間違ってる。

 いけない事。

 例え、当人同士が良くたって。

 周りがなんて言うか。

 周りの目を気にしないと言ったって。

 こんな、モラルに反した事を続けていれば、段々心がやられてくる。

 

 

 罪悪感というヤツに。

 

 

「三村もやる?」

「やらない」

 信史が即答すると、秋也は残念そうにシャボン液に目を落とした。

「楽しいのに」

「楽しいのか?」

 そっと、手を伸ばす。

 宙に浮かぶ、それに。

「あっ!駄目っ!」

 秋也の声は一瞬遅かった。

 信史の指先が触れる。

 ぱちんと音を立てて、シャボン玉は割れてしまった。

「駄目だって、言ったのに……」

 そう言いながら、また、シャボン玉を作り始める。

 

 

 大切なものを、見つめる目で。

 優しく、優しく。

 壊れないようにと。

 

 

「割れるもんだろ、こんなの。すぐに」

 ふわふわと、漂うそれを。

 目で追う。

「そうだけど……」

 口篭もる秋也を見て、再びそっと、シャボン玉に手を伸ばす。

 触れば壊れるものだから、触れてみたくなるのかもしれない。

「駄目だってば!触るなよ!」

 泣きそうな顔で、叫んでいる。

 何が、そんなに。

「ななは……」

「触らなければ、まだ、割れないだろ……」

 絞り出すような声。

 シャボン玉に、何を重ねているのか。

 

 ぱちん

 

 何もしなくても、シャボン玉は、小さな音を立てて割れてしまった。

 秋也の目から、不意に涙が零れる。

「七原?」

 驚いて、彼に手を伸ばすと。

 その手から逃れるように、秋也は自分の手で顔を覆った。

「ごめん、違うんだ。なんでもない……」

「なんでもなくて泣くわけないだろ」

 言葉にするのは簡単なんだ。

 こんな、先の見えない関係を、いつまで続けるのかという、疑問。

 答えを出すのも簡単なんだ。

 今、ここで。終わりにしてしまえば良い。

 どうせいつかは終わるのだから。

 

 

 その結論が出るのが、怖くて怖くて、言い出せない。

 お互いが、同じように不安に思っている事実。

 解決策が出せなくて、ずっと、見ないように、口にしないように、触れないようにしてきた問題。

 

 

「好きだよ……三村。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……」

 だから傍にいて。

 でも出来ない。

 恋人同士のように手を繋いで、堂々と街を歩く事も。

 帰り際に道端でキスをする事も。

 ラブホテルに入る事も。

 結婚する事も。

 

 

 何で、こんなにこんなに好きなのに。

 好きな人に好きだと言ってもらえるのに。

 どうして。

 

 

 

 未来がない事が、こんなに辛いなんて。

 

 

 

「俺も七原が、好きだよ……」

 けれどこれはいけない事。

 許されない事。

 いつかは終わりにしなければいけない事。

 先を不安に思って、彼が苦しみ続けるのなら、いっそ。

 でも出来ない。

 

 

 まだ、この幸せに浸っていたいんだ。

 現実から目を背けて。 

 

 

 

 いつかは割れてしまうと分かっているシャボン玉でも、割らないように努力する事は出来る。

 少しでも長く。

 一瞬でも長く。

 どうか――

 

 

 まだ、このままで。

 

 

END.



ラブラブな37を書きたかったのに、思いついたネタがまたこんな切ない話で…

好きなんだからしょうがないって、そんな風に言う七原もいるかもしれない。
周りが何て言ったって、自分達が良いならそれで良いって、そんな風に言う三村もいるかもしれない。
でも、この話の七原と三村は、罪悪感を持ちながら、お互いを大事に思ってる。
友達以上恋人未満の関係。
恋人だと言い切りたいのに、常識という壁がそれを邪魔する。邪魔をしているのは、自分達自身の心なのだけれど。
いつまでこの、言葉のない関係を続ける事が出来る?
彼等に、本当に未来はないの?

そんな、お話です。
どっちにしろ、彼らには残酷な別れしか残っていないのだけれど。