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空 こんな時なのに(こんな時だから?)、何故か突然、あいつの言った事を思い出した。 そうだな、俺、もうすぐ帰るよ。お前の中に…… 「七原ってさ」 信史の声に、秋也は重たいまぶたを無理矢理開ける。 チラッと彼を見て、一言。 「……何?」 信史は、「寝てて良いよ」と言ってから、話を続けた。 「俺のこと、好きなのかなって、たまに考える」 秋也は眠気に負けそうになりながら、「何言ってんだよ」と答えた。半分くらいは言葉になっていなかったのだが、信史にはちゃんと聞こえたようだ。 「言われた事ねぇじゃん?だから」 「馬鹿」 今度ははっきりそう言って、信史の腕を掴む。 「こんな事した後に、何言ってんだ、お前」 秋也の白い肌が、信史の視界に入った。ところどころについた赤い痣は、間違いなく自分がつけたもので。何より、信史の部屋のベッドにこうして秋也が寝ている事が、何があったかを雄弁に語っているのだが。 「それでも。自信、なくなるとき、あるだろ」 体がだるく、眠い秋也にとっては、信史の声は耳からすり抜けていくようで、返事をするまでに時間がかかった。 「……あるんだ?そんな事」 信史にそんな気持ちがあるなんて以外だった。どちらかというと、不安なのは自分だと思っていたからだ。信史はもてるし、何も自分じゃなくたって付き合う女の子は腐るほどいる。 「ん。たまに」 信史はそう言って、微かに笑った。それは、秋也には見えなかったけれど。 「……へぇ……」 それだけ言うのが精一杯だった。眠気に負けたのか、秋也は目を閉じる。 眠かった。意識が飛びそうなくらい眠かった。何も考えたくなかった。秋也が意識を手放そうとした時、信史の声がまた聞こえた。 「七原がいつか、俺の手の届かないところに行きそうで」 それはお前の方だ、と、秋也は言いたかったが、睡魔には勝てなかった。 遠くなる意識の中で、信史の手に頭をなでられた気がした。 二人がこんな関係になったのは、ずいぶん前の事だったと思う。最初は、お互いに、単なる友達と思われているだろうと思っていた。 抑え切れない気持ちを告白したのは、やはり信史の方で。秋也は喜んでそれを受け入れた。 それからの、関係。多分、誰にも知られてはいけない、秘密。 何度か、外でデートをして。何度か、信史の家に泊まって。 秋也は信史の気持ちを疑った事なんてなかったけれど(不安になる事はあっても)。 自分から告白をした分、信史は少し不安だった。 ――七原は、本当に俺のことを好き? 「たまには学校帰りにデートでもしたい」と信史が言ったので、秋也は珍しく部活を休む事にした。慶時には悪いが、今日は部活が長引くから帰りは遅いと言ってある。信史はそれを聞いてやたらと嬉しそうにしていた。 「じゃあ、今日はずっと一緒にいられるな」 「ずっと、じゃない。門限あるの知ってるだろ?」 それでも、と信史が言うので、秋也は出来る限り付き合うつもりだった。こんな風に二人きりで帰るのも、久しぶりだったし。 「七原、海に行こうか」 こんないきなりな提案を、信史はよくする。だが、特に断る理由もない。海が見たくなったという信史の気持ちが、なんとなく分かった気がして。いや、本当は、海が見たかったのは秋也の方なのかもしれない。 「いいよ」 そう答えると、信史は秋也の手を引いて歩き出した。中学三年生の男二人が手をつないで歩くのに、秋也は少し抵抗があったが、信史が嬉しそうにしているので黙っている事にする。 秋也は、信史の嬉しそうな顔が好きだった。 海にはあまり人がいなかった。春になったばかりなのだから、当然かもしれない。夏になったら、ここは多くの人でにぎわうのだろう。けれど今は。静かな波が、砂浜に寄せては返す。青い空との境界線に、小さい島が見えた。 二人は手をつないだまま、岩場まで歩いていく。信史に促され、秋也がそこに座ると、信史も並んで隣に腰をおろした。 珍しく、何も言ってこない信史。しばらく海を見つめた後、ゆっくりと空を見上げ、再び海に目を戻す。 この間から、信史の様子がおかしい気がしていた。そう、確か、信史の家に泊まった、あの日から。 何かしたのだろうか。気に障るような事を。 秋也は信史と同じように海を見て、考えていた。 「海って、何で青いか知ってるか?」 急に信史がそんな事を聞くので、秋也は不思議そうに横を見た。考え事を中断されて、思考を信史の質問に持っていく。それから、秋也は考えた。 真剣に考えた。 海が青い、理由。 「水が青いから?」 「水は透明だろ」 秋也が必死で出した答えを、信史はあっさり否定する。それに対して腹は立たなかった。 それもそうかと、納得しただけで。 「そっか。じゃあ、何で?」 信史は答えを知っていて自分に聞いているのだと思った。秋也が首をかしげると、信史は黙って上を指す。見上げれば、青い空。 「空?」 「そ。海が青いのは、空の色を映してるからなんだってさ」 「嘘だ」 今度は秋也がすぐにそう言ったので、信史は苦笑しながら理由を尋ねた。 「何でそう否定するんだ?」 「だって、海は空より青いじゃないか」 映した青が、元の色より青いなんておかしい。秋也は当たり前のように答えた。 「そだな」 あっさり納得する信史を、秋也は訝しげな顔で見つめる。いつもなら何だかんだと理屈をこねて、秋也を黙り込ませるのに。 変な感じだ。やっぱり、何かおかしい。 しばらく二人は黙って海を見つめていた。 秋也の頭には、海が青い理由を考える事しかなかった。それを答えられたら、いつもの信史に戻る気がしたのだ。だから、もっと必死で考えた。 「海が青いのは、空に憧れているからかも」 ふと思いついて、秋也はそんな事を言ってみる。 「ん?」 信史は秋也を見た。秋也は、空を見上げている。 「海って、限りがあるじゃんか。でもさ、空って、ないよな」 「あー、そうだな。で?」 「だから。その広さに憧れてるんだ。けど、敵わないのは分かってる。だからせめて、空の青さを一箇所に集めようとしてるのかなー……なんて、考えた」 また、馬鹿にされるだろうか。そう思いながら、秋也が信史を見ると。信史は優しく、笑っていた。 「だから、七原って好き」 「……なんだよ、いきなり」 信史はたまに、わけの分からないところでこんな事を言ったりする。最も、分かっていないのは秋也だけなのだが。 「それなら、七原は空だな」 「なんで?」 「捕らえどころないからなぁ」 「それはお前だろ」 何を考えているのか分からない人物に、そんな事を言われたくないと、秋也はふてくされる。 「そうじゃなくて。掴めない感じする。そこにあるのにない様な、触りたいのに触れない様な」 「触ってんだろ、いつも」 信史は曖昧に笑った。「体はな」そう言って笑った。 笑われた事が悔しくて、秋也は信史の方に体を向けた。 「俺が空なら、三村はなんだよ?」 噛み付くように尋ねると、信史はいつものように強気な笑みを見せる。 「俺?俺はそりゃ、自然界の王様でしょ」 「――海かな」 「太陽だろ?」 何で自然界の王様で海が出てくるのか。海は万物の母でしょう、と信史は思った。 「俺が空なら、三村は海。そう決まってんの」 駄々っ子のような、秋也の言葉。なら訊くなよ、と思いつつ、信史は秋也に理由を尋ねる。 「何で?」 「いつも隣にいるじゃん」 当たり前のように言う秋也から、信史は思わず顔をそらした。秋也の顔をまともに見れなかった。それに、赤くなったと思われる顔を見られるのが嫌で。 「だから、七原って好き」 また、そう言う。声の中に、少し、照れがあったのは気のせいではなく。 「あの島、邪魔だよな。俺達の仲を邪魔してるとしか思えない」 照れ隠しのためか、信史が海と空の境界線にある小さな島を指差すと、秋也は笑った。 「考えすぎ!」 「だからかなぁ、三村って、時々空に憧れてるように感じる事、ある」 秋也が独り言のようにつぶやくと、信史は腕の中にいる秋也の顔を見た。 「何の話だ?」 「ほら、さっき話した海と空の話」 「ああ」 思い出したように頷いて、信史は秋也の肩口にキスを落とす。あの後結局信史の家に来たのだ。いつものように。 「そろそろ帰らないと」 「良いじゃん、泊まってけよ。帰したくない」 自分を掴もうとする信史の手をすり抜けて、秋也は起き上がった。のろのろと服を着始めながら、信史を見る。 「馬鹿言うなよ」 「だって七原、空に帰っちゃいそうで」 そう言うと、信史は秋也の腰を引き寄せた。秋也のバランスが崩れる。そのしなやかな体に顔をうずめて、信史はつぶやいた。 「触れなく、なりそうで」 「俺は――」 秋也は漠然とした不安を口にした。ずっと思っていた事だった。信史はそれを聞いて、笑ったけれど。 「俺は、三村の方が、いつか空に帰る気がする」 END. これは、私が愛する「Kiss mark」の、キユリさまに捧げたss第一弾です。 私の書いたモノが、初めてネット上にアップされたという事もあり、凄く思い出深いです。 何しろ、キユとの愛の始まりでもありますしv ちょっと切ない感じに仕上げたかったみたいですが、はたしてそう見えるかどうか… 微妙に分かりづらかったりするんですが、信史が言っている、「二人を邪魔している島」っていうのは、何気にプログラムのあった島だったり。 確か、あの島から本土って見えるんですよね…?それなら、本土から島も見えますよね…?(びくびく) 未熟者ですが、少しでも気に入って頂けたら幸いかと… 内容が変わらない程度に修正かけました(捧げものなのに…)(2・3) |