束縛

 

 

 放課後の、教室。目の前で、女の子が喚き立てていた。

 顔はそれなりに可愛い。性格だって、別に悪いところはなかったはず。

 いや、いくらかはあるのだろうが、それは信史にとって、特に気にする事でもなかった問題だから。

 可愛い顔を醜く歪めて、信史を睨み続けている。

 まったく、さっきから何を騒いでいるのか――

 早口で捲くし立てている彼女が、息継ぎのために言葉を止めた瞬間。

 信史は自分の言い分を、一言。

 的確に、言葉を吐いた。

「俺は、君のものじゃないんだけど?」

 俺のものになりたいと言ったのは君。

 俺は一度だってそんな事は望んでいないし、一度だって俺も君だけのものだなんて口にはしなかったはず。

 そうだろ?

 そう言ったら、思い切り頬を叩かれた。

 天才的な反射神経を持つザ・サード・マンとしては、女の子の平手打ちなんて、避けようと思えば簡単だったのだけれど。

「気が済んだ?」

 微笑みながらそう言うと、何も言えなくなったのか、彼女は泣きながら去って行った。

 信史はそれを目で追う事もせず、その場に立っていた。

「何か言いたい事でもあるわけ?――七原クン?」

 こちらに向けられた、その瞳に視線を合わせ、信史が言う。

 多分、信史たちのせいで、教室に入りたくても入れなかったのだろう。

「別に?」

と、言う割には?とても不機嫌そうな顔ですけど?

 信史はそう思いながらも口にはせず、ニヤリと笑って見せた。

 秋也はそれが気に入らなくて、何か言ってやろうと口を開ける。

 そうして、何も言えない事に気付いて、開いた口を閉ざした。

 今のは何なんだよ、とか。

 ちょっとひどすぎるんじゃないのか、とか。

 彼女なんじゃないのかよ、とか。

 言葉は色々、頭に浮かんできたのだけれど。

 そのどれもが、口にすればあっさりと信史に返されてしまうだろう事が、簡単に予想できてしまったので。

 信史から視線を外して――忘れ物でも取りに来たのか――自分の机に向かう秋也を、信史はニヤリと笑ったままの顔で見つめていた。

 その視線に気付きながら、机の中からプリントを取り出した秋也は、小さくつぶやく。

「お前、そんな事だとそのうち刺されるぞ」

 例え自分の方を見ていなくても、明らかに自分に向けてかけられた言葉に、信史は声をあげて笑いそうになりながら、それでも平然とした声で答えて見せる。

「男冥利に尽きるってもんでしょう」

 その言葉に思わずムッとして、秋也は信史を睨みつけた。

 彼は未だに、微笑んだままで。

 それが秋也の感情を昂ぶらせた。

「お前はっ……!!」

「だって、愛してもいない女に束縛されるなんて、冗談じゃない」

 秋也の声を遮って、今までにない冷たい声で。

 けれど微笑んだままのその表情で、信史は言った。

「それなら付き合わなきゃ良いだろ。三村の考える事、わけ分かんねぇ」

 怒りに任せて怒鳴るのを、必死で抑えたような声。

 怒鳴りつけるのが何の効果もないって事、やっと分かってくれました?

 でもね、七原クン?

 それじゃあ、君は。俺の事を分かろうとしてます?

「別に。好きじゃないけど、付き合ったら好きになるかもしれないし?」

 もっとも、それで好きになった事なんて、今まで一度もないんですけどね。

 それに一番ショックを受けているのは、多分自分だと思いながら、信史は自嘲的な笑みを浮かべた。

「それならせめて、付き合っている間は、その彼女に尽くそうかとか考えないのかよ」

「七原の言う“尽くす”って、“束縛されろ”って事?」

「あのな……」

 どうしてそんな言い方しか出来ないのか。

 秋也には分からなかった。

 ただ、そんな事を言いたかったんじゃなくて。

 ただ、泣きながら去って行ったあの子が、可哀想だと――

「どんなに好きな奴にだって、束縛されるのはごめんだな」

 それは、はっきりとした拒絶の言葉だった。

 信史にしては、珍しい。

「俺はいつだって、俺だけのものでありたい」

 それはもしかしたら、彼の信念なのかもしれなくて。

 触れてはいけないものに触れてしまった気がして、秋也は目を伏せた。

 例えば信史がどうなったって。

 例えば信史の事をどんなに心配したって。

 彼にとってそれは、単なる迷惑にしかならないのかもしれないと、そう思ってしまった。

 そしてそれは、きっと間違いじゃない。

 

 

 

 

 

「だけど、七原」

 しばらくの妙な沈黙の後、信史は思い出したように言葉を紡ぐ。

 秋也が目を開け、信史と視線を合わせると。

 彼ははっきりと、言った。

「俺、七原になら束縛されても良いと思った」

 瞬きすらせずに。

「七原に、束縛されたいと思った」

 そう、言った。

 

 

 

 

 

 それはいつものように。

 本気か冗談か、そのどちらでもないのか。

 そういう、本心の掴めない言葉ではあったけれど。

 ただ秋也には、その言葉の意味を考える事が出来なくて。

 何故だか、考えたくない気がして。

 

 

 

 

 

 どうしてだか分からないけれど。

 少し、怖かった――

 

 

 

 

 

END.



久しぶりの更新、この間は七原小説だったので、今回は三村にしようと思ったんですが。
やっぱり三村ときたら37ですね!
とてもとても久しぶりに37小説を書いたんですが…
何だか書き終わった後、妙にドキドキするのはどうしてでしょう(笑)
中途半端に終わらせたせいかもしれませんね!
でも、これはこれで良いような気がするんですよ〜。
単なる言い訳ですか。そうですね。

それにしても、ホントにこのシチュエーション多いですよね、私。
放課後の教室…忘れ物ネタ…
書きやすいんだろうな、きっと。