白い恋人

 

 

 手の中で、消える。

 少しでも長く、その結晶を手の平に残しておきたいのに。

 自身の体温で、それは消えてしまう。

 

 あぁ、俺、まだ生きてる。

 

 雪が降っていた。

 あれから、何度目かの雪。

 三村が死んでから。

 

 死……

 

 そんな言葉を口にする事すら、心が痛くて。

 認めるのが嫌で、それでも認めなければならない事で。

 あの日失った、色々なものを。

 自分達は背負って生きている。

 たくさんの犠牲。

 犠牲なんて言葉で片付けたくない、たくさんの――

 

 

 

 

 

「七原、これやるよ」

「何?お菓子?」

 学校の帰り道、思い出したように制服のポケットから手を出し、秋也に菓子を渡す信史。

 冬の冷たい空気の中、外に手を出すのは嫌だったのでポケットに手を突っ込んでいたのだが、そのおかげで思い出したらしい。

「サンキュ」

 信史とは逆に、平気で外に手を出す秋也。

 冬でも、彼の手は暖かかった。

 秋也は信史の冷たい手からそれを受け取って、包み紙を破く。

 ためらいも無く口をつける秋也に、信史は思わず笑みをこぼした。

「お前、危ないよな」

「何が?」

 菓子を咥えながら、秋也はきょとんとする。

「毒とか平気で盛られそう」

「あのな……」

 ちょっと失礼じゃないか?そう言おうとしたが、口の中に広がる甘さに、言うのをやめた。

「何これ、美味い!クッキー?」

「ラングドシャと言え。間にチョコレートが入ってるだろ」

「あ、ホントだ。三村、これどうしたんだよ?」

「家にあった」

「へぇ」

 信史の顔が、一瞬険しくなった気がして、秋也はそれ以上尋ねなかった。

 想像は、ついてしまった。

 信史がこんな顔をする時に関わっている人物。

 彼の実の父親――

 歩きながら、気まずい雰囲気になってしまって、秋也は少し困った。

 手に残った菓子を口の中に押し込んで、もぐもぐと口を動かす。

 そうしている間は、無理に話さなくても済むからだ。

 暗い空。今にも雪が降り出しそうだ、なんて思いつつ、秋也はちらりと隣を歩く信史に目をやった。

 眉間に、わずかだがシワがよっている。

 何か、考えているのかもしれない。

 何も言えない自分が嫌になったが、そっとしておきたい気持ちもあった。

 しばらくすると、信史の方が口を開く。

「七原っぽいな、と思って」

「何が?」

「それの名前」

 秋也は破いた包み紙を見て、名前を読み取ろうとした。

 開ける前に、名前すら確認しようとしなかった自分。

 信史はそれを取り上げて、ニヤリと笑う。

「なんだよ。なんていうお菓子?」

「知りたい?」

「気になるだろ」

 秋也は足を止めて、信史の手から包み紙を奪おうとする。

 信史は素早く手を真上に上げ、秋也の手から逃れた。

「三村っ」

 近くに寄って、信史の手に届くように手を伸ばす秋也。

「七原」

 信史はすかさず、抱き締めた。

「な、何っ……」

「俺、寒いのって嫌い」

 急に何を言い出すのか。

 信史は秋也の肩口に顔を埋め、つぶやいた。

「嫌いなんだ、寒いのは――」

「三村……?」

 様子がおかしい。そう思った。

 ゆっくり彼の背中に腕を回し、空を仰ぐ。

 暗い空からは、図ったように雪が降り始めていた。

「俺……雪って好きなんだ」

 秋也は独り言のようにつぶやいて、目を閉じる。

 顔に当たる冷たい感覚が、少し心地良かった。

「……俺は嫌いだ」

 秋也の肩に顔を埋めたまま、信史は言った。それから、でも、と続ける。

「七原は、雪みたいだとも思う」

 秋也は、特に否定はしなかった。

 綺麗に見える雪が、大気の汚れを含んでいる事を知っていて。

 本当は汚い物なんだという事を、知っていたから。

「……」

「吸い込まれそうなほど、白いから」

 ――信史は続ける。

「触れるとなくなりそうなほど、儚いから――」

 信史は秋也の背に回した腕に力を込めて、強く、抱き締めた。

「俺が雪なら」

 同じように抱き締めて、秋也は言葉を続ける。

「冬の間中、三村のもとに降って。寂しさなんて、忘れさせてやる……」

 寒いのが寂しいだなんて言ったか?なんて、そんな言葉も出て来はしなかった。

 体全部で秋也の暖かさを感じる。

 信史は泣きそうになりながら、目を閉じた。

「――白い恋人」

「え?」

 何の事か分からなくて、秋也は信史に聞き返す。

 聞き間違いかもしれないと思った。

「あの、菓子の名前」

「あぁ……そういう、名前なんだ……」

 そんな話をしていた事を思い出して、秋也は頷いた。

 それを七原っぽいと言った信史。

「……七原だろ」

 小さくつぶやいた信史の声に、秋也は首をひねった。

 信史は耳元で囁く。

「俺の、白い恋人――」

 七原は暖かいな。そう言った信史に、秋也は答える。

「三村が、暖めてくれるから」

 

 

 

 

 

 雪が降っている。

 冷たさを感じるのは、自分が暖かい証拠。

 吐く息が白くて、指先が冷たくなっていく。

 このまま外にい続ければ、体の心まで冷たくなっていくのだろう。

 

 なぁ、お前、こんな気持ちだった?

 

 体が徐々に冷たくなって。

 体温を失っていく感じ。

 動き辛くなっていく関節や、体中を刺すような痛み。

 この程度ではなかったかもしれない。

 三村が感じた痛みも、苦しみも。

 いつになったら感じられるのだろう。

 彼と同じ、苦しみを。

 

 大切な人がいないこの世界で、生きている事に何の意味があるのか。

 幸せを感じる事の無いこの世界で、自分は何をしているのか。

 この雪の中に埋まってしまえたら、彼のもとに行けるのだろうか。

 もう一度会う事が、出来るのだろうか。

 それならば――

 

 彼を想って生きてきた。

 彼を想って生きている。

 彼のいない世界で、彼だけを想い続ける自分。

 決して叶う事の無い想いを、抱き続ける自分。

 

 雪が降っている。

 どこまでも冷たい雪。

 手の平の上で、それは消える。

 白い雪が、透明な水に変わる。

 

 生きている。

 

 暖めてくれる人はもういない。

 けれど、心の中に灯った、小さな炎。

 消えはしない。

 消させはしない。

 彼が心に生きている、その限り。

 

 

 あぁ、俺、まだ生きてる――

 

 

END.



好物です(笑)全国名産品ベスト3に入りますね。
あと入る物は、「ままどーる」(ままどおる?)と、「ゆべし」(笑)
それはいいとして、とにかく雪ネタが書きたかったんです。
雪ネタを書こう、と、冒頭部分を書き始めてから、早2ヶ月――(え)
白い恋人でネタが浮かんでたんだよ、と思い出し、無理矢理くっつけてみました。
たまにはちゃんと解説とかしようかな、と思い、『あぁ、俺、まだ生きてる』について語ります。
最初のは、『あぁ(溜息)、俺(七原)、まだ生きてる(何でだろう)』で、
最後のは、『あぁ(頷き)、俺(三村)、まだ生きてる(お前の心の中で)』なんです。
分かりにくかったかな、と思って…

久しぶりに、ちょっと頭使って書いた気がします(笑)