名前

 

 

 ちょろちょろしている奴だ、と思った。

 桐山和雄は目立つ奴だったし、その後ろについて行く金魚の糞みたいな男。

 何の面白みも無い、腐ったヤンキー。

 それが、あいつに抱いた第一印象。

 最初は、その程度だった――

 

 

 

 最後の一人を殴り倒して、竜平はペッと唾を吐いた。

 血が混じっているのは、口の中を少し切ったからで。

 それでも、連中の怪我に比べれば、何てことない怪我だった。

「弱いくせに絡んでくんじゃねーよ」

 竜平の言葉に、相手は小さくうめく。

 まだ意識はあるらしかった。

 街のゲーセン。

 他愛のない口喧嘩。

 路地に入って、殴り合い。

 いつもの事で、相手が三人だろうと、竜平は負けなかった。

 多分、一緒にいた博はまだゲーセンに残っているのだろう。

 学ランのポケットからタバコを取り出し、口に咥える。

 ライターを探して……

 目に付いた。

 喧嘩の後で気が立っていたからとか、ただ単に暇だったからとか。

 理由はいくらでもつける事は出来たけれど、とにかく、目に付いたから。

 竜平は咥えたタバコを吐き出して、相手に向かって歩いて行った。

 同じ中学校。それは知ってる。

 目立つ、桐山和雄の後をついて回る男。それも知ってる。

 明るいオレンジに染めた、バラついている髪。

 そいつがどれだけ強いのか、竜平は知らなかった。

「……ぁあ?」

 目の前に立った瞬間、睨まれる。

 悪くない、そう思った。

 どうやら一人で喧嘩を売るだけの度胸はあるらしい。

「お前、桐山の子分だろ?」

 竜平はそう言って、彼を煽る。

 彼の目が鋭くなっていく。

 睨まれる感覚に、何故かぞくぞくしながら、竜平は口元を歪めた。

 怖いとか、気に入らないとか、そういう感情じゃない。

 例えるなら、そう。

 ――壊したい。

「桐山がいなけりゃ、何も出来ない金魚の糞なんだろって言ってんだよ」

「んだと?!」

 自分よりも、少し背の低い彼の。

 拳が動いたのは分かった。

 気がつくと竜平は殴られていて、一瞬頭が呆けた。

 殴られた感覚よりも先に、痛みが走る。

 何故かそれが面白くて、竜平は笑った。

 彼はそれが気に入らなかったのか、そのまま竜平に飛びかかる。

 

 

 周りの奴らの声とか、殴られる度に感じる痛みとか。

 それらが全て、自分にはまるで関係のないもののように思えた。

 飛び散る自分の血。

 そして多分、相手の血も。

 多分、こんなに殴られた事はない。

 それなのに何故か、竜平は笑っていた。

 

 

「リュウ、何ストリートファイトしてんの」

 呆れたような声に、竜平はゆっくり目を開けた。

 傷が開いたのか、目の上辺りが痛んだけれど、気にはならない。

「どこ行ったのかと思ったら……」

 博はそう言いながら、路地に座り込んでいる竜平の近くにしゃがみ、視線を合わせた。

 腫れた顔と、ボロボロの体。

 自慢の金髪も薄汚れて、ゴミのようなその姿に、博は軽く口笛を吹いた。

「ずいぶんやられたみたいじゃん?珍しー」

「まぁな」

 血の混じった唾を吐いて、竜平は口の端を歪める。

「ぅわ。お前、いつからマゾになったんだよ。やられて笑うなんて、イカレたんじゃねー?」

「そーかもな」

 自分でもおかしいと思った。

 やられたのに、不思議と気分は悪くない。

 こんなのは初めてだ。

「なぁ、博……」

「何?タバコならやんねーぞ」

 博はそう言いながら、自分はタバコを咥え、火をつける。

「ちっげーよ。あいつ――なんつったっけ?」

「あいつ?リュウがやられた奴?」

 そんな事を言われても、博には竜平が誰とやりあったのかすらよく分かっていない。

 ゲーセンで絡んできた奴等で無い事は確かだろう。

 あの時の竜平は機嫌が悪かった。

「そうそう。俺がやられた奴」

 自分より背が低くて。

 生意気そうな目と、態度。

 目に付くオレンジの髪。

 それから……桐山の後を付いて回る、あいつ。

「……博、桐山って、すげー奴?」

「そりゃあ、まぁ。何?奴とツルむ気?つーかリュウ、話飛び過ぎでわけ分かんねーんだけど」

 博の言葉なんて、耳に入っていなかった。

「つまんねー奴だと思ったんだけどな……」

 なんつったっけ、あいつ。もう一度そう言って、竜平は目を閉じた。

「リュウ、寝るなよ……?」

 全く自分の話を聞いていない、相変わらずの相棒に、博は溜息をつく。

「あー……そーだ。思い出した」

「は?」

 

 

「――沼井充だ」

 

 

To be continued…



ついに始まった笹沼シリーズ第1話。
皆様の反応がもの凄く気になるのですが(37サイトだし)、個人的には、もの凄く楽しかったです。
竜平カッコ良いvvさり気に博もカッコ良いvv(自画自賛)
互いの呼び方とか、出会い方とか、しゃべり方とか、全部勝手に設定しました。
「こんなんじゃない!」と思われる方もいらっしゃるでしょう…
けれど、このまま進みます。

…ケンカシーンって、難しいですね…