錯覚



 

錯覚

 

 何故だか、忘れられなくなった。なんて事ない言葉のはずだったのに。

 大して意味の無い(いや、深い意味のある?)、ただの言葉だったのに。

 何でだ?

 七原秋也は何度も自問自答しようとしたが、無駄だった。あれからずっと考えている。

 あれは、どういう意味だったのだろう。

 『好きな奴、いないのか?』と、秋也が聞いて、信史は言った。

 『……いる、かもな』と。いる、ではなかった。

 『かも』?

 かもってなんだよ。気になるじゃないか。いるのか?いないのか?

 何でこんなに気になるんだろう。

 いや、それは、三村が妙な言い方するからだって。あんな言い方されたら、誰だって気になるだろ?

 ――でも、秋也は聞けなかった。それがどういう意味なのか、と。

 混乱してたんだよ。三村に好きな女の子がいるなんて聞いた事なかったし。

 だから、何でそんなに混乱する?

 わっかんないって、そんな事っ!

 でもさ。

 秋也はふっと気分を切り替える。

 分かってるんだ、本当は。気にしてるんだよな、俺。

 こんな風に考えるようになったのは、いつからだっけ?

 三村の事だから、単なる冗談かもしれないんだけど(むしろその可能性の方が高い)、なんか、あの目は、何か言いたそうに……見えたんだけどなぁ……(気のせいかもしれないけど)。

 秋也は自分の頭をガシガシと掻いた。そうする事で、この妙な気分を振り払えると良いな、なんて思いつつ。

 

 

「ぼーっとしてるな」

 机の上にひじを立て、頬杖をついていた秋也に向かって、杉村弘樹は言った。

 秋也はふっと弘樹に視線を合わせ、「ん」と、小さくつぶやく。

(これは重症だ)

 弘樹は思ったが、特に何が出来るわけでもない。七原が自分から何も言わないのなら、放っておこう。

 そのかわり、相談をもちかけてきた時には必ず力になってやろうと、弘樹は心に決めた。

「七原君」

 次に声をかけてきたのは、委員長の内海幸枝だった。とっておきの笑顔を秋也に見せようと微笑む姿は、なかなかいじらしい。

 手には、イチゴポッキーの箱を持っていた。

「あまっちゃったの、食べる?」

「あ、ああ、ありがとう」

 秋也は上の空でそれに答え、幸枝は箱ごとポッキ―を秋也に渡した。

(だって、知ってるもの。七原君がチョコレート好きなの。それも、イチゴ味のが一番好きみたい。すごく幸せそうに食べてたから)

 幸枝は、それで秋也の元気が戻る事を望んでいたのだが、どうやらそう簡単な事では無いらしい。

 秋也はしばらく、ポッキーの箱を見つめていた。

「秋也、帰らないのか?」

 国信慶時の声にも、秋也は大した反応を示さなかった。

(――どうかしてる。ホント、どうかしてるんだ)

 気がつくと、秋也は一人、放課後の教室に残っていた。

(何だよ、慶時。帰っちまったのか?薄情だな)

 本当は秋也が慶時に向かって先に帰っていいと言ったのだが、あまりにぼうっとしていたために覚えていないらしい。

「はぁ……」

 秋也はなんとなく、幸枝にもらったイチゴポッキ―に手を伸ばし、小さくかじりついた。

(……甘い……

 そういえば、あの日、三村がジュースと一緒に持ってきたのもイチゴチョコだったっけ。

 何で皆、俺の好物なんか知ってるんだ?)

「はぁ……」

 何度目かの、溜息。

(分かってないんだよな、三村は。お前が何気なく口にした言葉が、こんなにも気になるなんて、どうかしてる。分かってるんだ。こんなの、“おかしい”って。

 分かってる……誰か教えてくれよ。俺はどうしたら良い?)

「お?七原、良い物食べてるな」

 声がして、秋也はバッと顔を上げた。驚きもするだろう。たった今考えていた人物が急に現れたのだから。

「貢物か?」

 からかうように笑って、信史が近付いてくる。ジャージにティーシャツ。部活中だったらしい。

「三村?何だよ、なんか用なのか?」

 秋也は少し慌てながら、ポッキ―を口に押し込んだ。

「別に、お前に用なわけじゃないぜ。わ・す・れ・も・の」

「あっそ」

 秋也の中で、少しだけ残念がっている自分がいるのが分かった。

(こりゃ、ホントに重症だな)

 信史に見えないように、秋也は苦笑する。

 信史は忘れ物だとか言っておきながら自分の席には行かず、秋也の席に向かった。

「何?」

「くれよ。腹減った」

(それが人に物を頼む態度か!?)

 信史の態度に少し腹をたて、秋也は思う。

(まぁ、俺ももらったものだし、いいけどさ)

「ん」

 秋也はもう一本自分の口にくわえると、箱を信史に差し出した。

「さんきゅ」

 信史はその箱からポッキーを一本取り出して、自分も口に咥える。

(綺麗だな……)

 秋也はふと、そんな事を思った。

 ただ、ポッキーを咥えているだけの姿なのに、思わず見とれてしまうくらい、信史は綺麗だった。

「何?見とれてんの?」

 ガタンッ。

 信史にそう言われて、秋也は思わず立ち上がってしまう。

「ま、まさか!」

 信史はにやりと笑った。

「七原、ポッキーゲームしよっか」

「は!?」

 信史が何を言ったのか良く理解できずに、秋也は間抜けな声を出す。

(それってあの、両側から二人が食べていくヤツ……???)

「な?」

 面白そうに笑う信史とは逆に、秋也は、どくどくと音を立てる自分の心臓に戸惑っていた。

(なんなんだ、一体!?こいつ、何考えて――)

「あ……」

(そうか、何も考えてないんだ。だから、こんな冗談……)

 そう思ったら、秋也はだんだん腹が立ってきた。

(俺はお前の言葉や態度に踊らされて、お前は俺をからかってるだけで。そーいうのって……)

「ふざけんなよっ」

 秋也は思わず声をあげていた。言ってしまってから、自分でも驚いたように口を抑える。(何、言った?今、俺)

 信史が驚いた顔で秋也を見ていた。

「七原?」

「っ……お前、好きな奴、いるんだろ。そういう事は、そいつとしろよ」

 信史は、咥えていたポッキーを口に押し込んで。

「何?お前、妬いてんの?」

 カッと、秋也の顔が赤くなる。

 言われて、気付いてしまったのだ。これは、ヤキモチだと。

(マジですか?)

 信史はそう思いながら、秋也の顔を眺めた。

「ふぅん。七原君はヤキモチを妬いてるわけだ」

 からかい半分、信史は秋也の顔を覗き込むようにして言った。

 信史の言葉が秋也の頭の中で反芻された。

 どくどくどく

 心臓が再び激しく動く。

『ちょっと、こんなに働かせないでちょうだいよ。あたしは忙しいのよ?止まってなんかいられないんだから』

 心臓の叫びが聞こえた。

「そ、そんな……」

 

 あぁ、慌ててる、慌ててる。七原ってホント、顔に出るのな。素直って言うか、馬鹿正直って言うか。自分だけがドキドキしてるなんて思うなよ?お前の言葉に、俺の人生かかってるんだぜ?なぁ、七原。

 ……なんでかね、この俺が、歯の浮くようなセリフの一つも出てきやしないなんて。愛してるとか、そういうこと。言ってみたら、七原の表情は変わるかな?

 あぁ、駄目だ。こいつ、本気で困ってる。困らせたいわけじゃないんだけどな。

 

 信史は、自嘲気味に笑った。

「妬いてくれてるんだったら、嬉しいんだけど?」

 困っている秋也を見ていられなくて、信史は思わず口に出していた。

「みむ……ら?」

 

 おいおい三村、冗談だろう?それってつまりどういう事だよ。あの、女の子に人気のある“第三の男”が?“ザ・サード・マン”三村信史が?

 俺をからかっているんじゃないとすれば(からかわれている可能性の方が、はるかに高いのだけれど)、ひょっとしてひょっとすると?って、それよりやばいのは俺だ。七原秋也だよ。こんな言葉に、三村の表情に、嬉しさを感じてる。こんなのは……

 

 どくどくどく

 焦りから、また心臓の音が聞こえた。

 それから、“声”も。

『ちょっと、焦らせないでよ。あたしは忙しいんだって言ってるでしょう?ほら、早く言っちゃいなさいよ。何を?そんなの決まってるでしょ?あんたの気持ちよっ。早くしないと破裂しちゃうわ。いいの?それでも。ほぅら、秒読み開始。5・4・3……』

「三村、俺っ……」

「何?」

 信史の目は優しかった。

(三村……そんな目をするなよ、頼むから。からかってるんじゃないんだって、そう思っちまう。期待するだろ?)

 だから、すぐに言葉が出てきた。

「俺、うまく言えないけど、もし、もし三村が、俺の考えてる通りなんだとしたら、う、嬉しい、かもしれない……」

(言った……!)

 信史は複雑な顔で秋也を見た。

「七原ぁ、それ、すげー分かりにくい」

「え?」

 信史は溜息をついて、再びポッキーを口にくわえる。

「これ、俺の気持ち。オーケイなら……」

 その先は、言わなくても想像がついた。

(何だよ、それだって分かりにくいだろ。人の事言えないじゃないか――)

 

 

「こういうのって、錯覚なんだと思う?」

「錯覚?」

「そう、本当は愛情じゃなく、もっと別の……」

 

 

 別の、何か――

 

 

 

To be continued.

 

 


そういうわけで(どういうわけだ?)これが、『パソコン』の続きになります。
シリーズ名を考えよう、ということで。色んな意味で、『FIRSTシリーズ』に決定。 

どうやら、七原の好物はイチゴチョコらしいです。
そりゃ、作者の好物だろう、とか思いつつ、普通のポッキーより可愛くていやらしい感じがするからいっか、と(ハイ?)
そして、どうやら、まだ続くらしいです。
調子に乗って頑張りすぎですか。
そういえば、初杉ですね。こんなちょっと…好きなのに、書けないから悲しい…(涙)