何度でも、追いかける。
お前の背中を目指し続けるのは、少し癪だけど。
どこまでも、ついて行きたい。
だから、言って?
どこまでだって、いつまでだって、俺達は一緒だって。
ずっと、一緒だって。
「だからさ。なぁんで俺がこんな事しなきゃなんないワケ?」
先程からずっとぶつくさ文句を言っている信史を見て、秋也は何度目かの溜息をついた。
「明日のマラソン大会のためなんだってば。付き合せたのは悪いと思うけど……」
トラックのライン引きをしながら、困ったように言う。
こんな仕事を頼まれてしまったのは、ひとえに秋也の人の良さのせいで。
頼まれたら断れない性格を知っていて、秋也に仕事を頼んだ体育教師は、信史にとって大嫌いな教師でもあった。
秋也の頼みなら、信史だって喜んで引き受けただろう。
だがしかし。
「――で?杉村は何でここにいるんだよ?」
少し離れたところで、同じようにライン引きをしている弘樹に聞こえるように、信史は言った。
そう。秋也と二人きりなら、どんな仕事だって文句を言わずにやってのける自信があったのに。
「七原に頼まれたんだ」
弘樹は気を悪くした様子もなく、正直に答える。
「だって、人が多い方が早く終わるだろ?慶時や瀬戸も誘ったんだけど、逃げられちゃったしさ」
弘樹の言葉の補足を秋也が言うと、信史はチッと舌打ちをした。
(あいつらは俺が帰らせたんだよ。もともと、進んでこんな事を引き受ける奴等でも無いし?)
あの二人さえ帰せば、何の問題も無く二人きりになれると、甘い事を考えていたのだ。
一番厄介なのは、この男だと言う事を忘れて。
「あー、そう。俺、忙しいんだけどなー」
わざと、機嫌悪そうに信史は言ってみる。
実際、悪かったのだが。
「何で今更そういう事言うかな?別に帰っても良いけど?杉村と二人でやれば、早く終わりそうだし」
秋也も、いい加減、頭に来ていた。
付き合せたのは悪いと思っても、引き受けたのは信史だし、それなのに文句を言い続ける彼の心境が、理解できなかったから。
「ごめんな、杉村、付き合わせて。帰りになんかおごるからさ!」
秋也は信史の存在を無視するかのように、弘樹に呼びかける。
「七原、俺には?」
当然、信史がそんなセリフを無視できるはずが無い。
「三村は忙しいんだろ?」
プイッと信史から視線を外した秋也は、怒っていると言うよりは、拗ねているように見えて。
信史は、あまりの可愛さに、笑いそうになってしまった。
「な?二人で行こう、杉村!」
しかし、いくら可愛いからといって、何でも許されると思ったら大間違い。
(杉村と二人きり?――冗談じゃねぇ)
「オイ、七原!」
信史は少し声を荒げて、秋也を呼ぶ。
「忙しいって言ったの、三村だろ?」
拗ねながら言う秋也は、まるで分かっててやっているんじゃないかというくらい、信史には小悪魔に見えた。
(そこまで引きずるか、普通……)
こんな事で腹を立てるのは、大人気ないとは思ったけれど。
信史は思わず、いつもの皮肉な笑いを浮かべ、言ってしまった。
「そう。俺、忙しいの。バスケ部連中は、明日のマラソン大会、全員30位以内に入らないといけないワケ。だから、調整とかしておきたいんだよ。
いいよなぁ、誰かさん達は。部活に入ってないから、そんな苦労ねぇだろうし?」
実際は、教師連中の賭けのネタなのだと思う。
そんな事にムキになるつもりはなかったし、適当にやっても30位以内には入れる自信が、信史にはあった。
それでもこんな事を言ってしまったのは、やっぱり、つい妬いてしまうからで。
全くもって、弘樹にはいい迷惑だった。
「なんだよ、その言い方!」
思ったとおり、秋也は怒って信史を睨む。
「俺は良いけど、杉村に失礼だろ!」
そう。いつもこうだ。
(全く……杉村杉村、うるさいったらねぇな)
「杉村に謝れよ!」
「七原、俺は別にかまわないから……」
弘樹が、困ったように声をあげる。
だが、こんな所で上手く丸まっては困るのだ。
「じゃぁ、カケをしようぜ」
信史は、ニヤリと笑いながら言った。
「カケ?何の?」
いきなりの提案に、秋也はきょとんとする。
「明日のマラソン大会、七原と俺で勝負しねぇ?七原が勝てば、杉村には謝るし、もう失礼な口はきかねぇよ」
「三村が勝ったら?」
「何?七原、勝つ自信ないわけ?」
「ばっ、馬鹿にすんなよ!勝つに決まってんだろ!」
「それなら、聞く必要ないだろ?俺が勝ったときどうするかなんて」
「そりゃ、そうだけど……」
「オーケイ、決まりな。んじゃ、さっさと仕事終わらせちまおうぜ」
信史はあっという間にそんな事を決めてしまい、秋也には有無を言わせなかった。
よくよく考えれば、失礼な事を言った信史が弘樹に謝るのは当然の事で、その為にカケをしなければならない理由など、どこにも無いのだが。
秋也はそれに気付いていないらしい。
弘樹は、心の中で溜息をつきながら、信史を見た。
(何を企んでいるんだか……)
後が怖いので、邪魔をするつもりは無かった。
ただ、秋也が傷付く事にならなければいい。そう思いつつ。
当日。
スタート地点に並ぶ時、秋也の側に信史はいなかった。
(んだよ、あいつ……)
こう人が多くては、どこにいるかも分からない。いくら目立つ男だと言ってもだ。
(カケの事、本気なのか……?)
とりあえず、負けるつもりはない。
信史がバスケ部だろうとなんだろうと、自分だって元野球部だ。
現役ではないとはいえ、その運動能力は衰えていないはず。
(よしっ、とりあえず、トップ集団についてかないとな)
パァン!
青空に響く音と共に、大勢の足が、一斉に動き出した。
まずは、校門から外に出る。
まだどこにも、信史の姿は見えなかった。
「あれ?七原?お前、何でこんな前にいんの?」
走りながら声をかけてきたのは、同じクラスの新井田和志だった。
さすがに、サッカー部というだけあって、足は速い。
「新井田こそ」
こんな事に真面目になるようなタイプでない事は、誰もが知っている。
その新井田が、こんなトップ集団の中にいることの方が、秋也には信じられなかった。
……失礼だとは思ったが。
「サッカー部連中は、全員30位以内目指せってよ。ったく、やってらんねぇよなぁ?」
「サッカー部も?」
心底嫌そうな顔をしている新井田に向かって、秋也は尋ねる。
「サッカー部もって……他の部活もそうなのか?」
秋也の言葉が以外だったのか、新井田は走りながらも横を向いた。
「野球部も同じだって、旗上が言ってたぜ?」
急に話に入り込んだのは、なんと沼井充だった。
不良の彼が、こんなものに参加しているだけでも驚きなのに。
(こいつ、何でこんなマラソン大会になんて出てるんだ?)
新井田は怪訝そうな目で沼井を見た。
その目に気付いたのか、沼井はボソッと独り言のようにつぶやく。
「ボスが出るって言うから出たんだよ……」
そういえば、前方にオールバックの姿が見える。
あれが桐山なんだろうか。
それにしたって、沼井がこんな前にいるのは珍しい。
考えてみれば、まだ始まったばかりなのだから、そういう事もあるかもしれないが。
(持久力の無い奴に限って、最初は前に出ようとするんだよな)
そう思いながら、新井田は沼井から視線を外した。
「それにしても、野球部もか……」
野球部連中がやる気になっているとすれば、余裕のはずだった30位以内というのも、難しくなってくるかもしれない。
何せ、奴等は数が多い。
「陸上部も同じような事を言っていたな」
少し後ろから、聞き慣れた、弘樹の声がした。
秋也は振り返り、軽く右手を上げる。
弘樹も同じように返し、秋也の隣に並んだ。
「ウゲっ、陸上部も!?」
新井田は思わず声をあげる。
「って、あぁ、そう!新井田!」
秋也は思い出したように新井田の方を見た。
「バスケ部もだってさ」
――自分が30位以内に入るのは、まさに絶望的に思えた。
「あー、たりぃ……もー、どーでもいーかなー」
この分だと、どこの運動部も同じような事を命令されていそうだ。
自分に何の得も無いことに力を入れるほど、新井田は真面目じゃない。
「そういえば、七原は何でここにいるんだ?」
思い出したように新井田が言う。
そもそも、最初の質問はそれだった。
「三村と勝負してんの。新井田、三村見なかった?」
信史の名を聞いて、新井田の表情が一瞬険しくなる。
どうにも、新井田は信史が嫌いだった。人はそれをひがみと呼ぶのだが。
「あいつなら、もっと後の方にいたぜ?まだ女子とのコース分岐点まで来てねぇしな。余裕で、彼女等と走ってんじゃねぇ?」
新井田が女子に囲まれた信史を見たのは、ついさっきの事だった。
「え?」
(三村……?30位以内に入らなきゃいけないんじゃないのか?ってか、俺との勝負はどうなってるんだよ!?)
秋也は、ふつふつと湧いてくる怒りを、抑えることが出来なかった。
気がつけば、足は勝手に動いていて。
「おいっ!七原っ!?」
後ろの方で、自分を呼び止めようとする、戸惑った新井田の声が聞こえた。
「……あいつ……何、逆走してんだよ……?」
秋也の考える事は、新井田にとっては全く理解の出来ないことだった。
「三村先輩、こんなとこにいて良いんですかぁ?」
信史は、名前も知らない後輩の女子に訊かれ、にっこりと微笑んでみせる。
「大丈夫、大丈夫。まだ始まったばっかだし?」
それに、そんなに遅れているというわけでもない。
今から真面目に走れば、はっきり言って30位以内など余裕だった。
何より、今回の目的は、秋也に勝つことであって、それさえ達成すれば、30位以内などに入らなくても、何の問題も無いのだ。
「三村あぁーっ!!!」
突然の叫び声に、信史は一瞬口元をゆがめ、何事もなかったかのように顔を向ける。それから、
「あれ?七原、もっと前にいたんじゃなかったのか?」
わざとらしく、そう言った。
「お前はここで何してんだよっ!?」
逆走してきた秋也を迎えたのは、周りに女子をはべらせている信史で。
「俺と勝負してたんじゃないのかっ!?」
どうしようもない怒りを、思い切り信史にぶつけた。
「あー、そうだったかも」
信史は怒りを煽るように、そう答える。
(そのまま走ってりゃ、お前の勝ちだったのに)
でも、戻って来るだろうと思っていた。秋也なら、きっと。
「んじゃ、真面目に走るとするか」
信史は思い出したように言って、周りの女子には目もくれず、少し本気で走り出した。
「って、三村っ!!!」
秋也も、慌てて彼の後を追う。
逆走した分、秋也の疲労は、早く来た。
横で走る信史が、まだ断然余裕なのに対し、自分はもうこんなに息切れしている。
(はめられたっ……!)
もともと、こういうつもりだったのだ、信史は。
そう秋也が気付いても、もう遅い。
逆走してしまったのは自分で、疲れているのも、自分のせい。
「くっ……そ!」
「何?七原、もう疲れたわけ?」
ニヤリと笑いながら、信史が言った。
今、どのくらいの地点なのだろう。半分……それ以上。
周りには、秋也と同じように息切れしている生徒が何人もいる。
ここで、何位くらいになるのか。
「んじゃあ、そろそろカケの条件、言っても良い?」
「はっ?」
秋也は額から落ちる汗をぬぐいながら、声をあげた。
信史の方を向く余裕すら、もうなくなってきている。
「俺が勝ったら、何でも言う事聞いてよ、七原」
「ハァッ……な、何でも……?」
秋也の背に走る、嫌な予感。
「そう、何でも」
信史が、いつもの笑みを浮かべる。
秋也には、信史の考えている事が分かってしまった。分かりたくないのに。
(……ヤられる……!)
そりゃあ、初めてというわけではないけれど。
今更、恥ずかしがる関係でも無いけれど。
だけど。
「絶対に嫌だーっ!」
疲れている事は分かっていたが、思わず叫んだ。
すでに、負けることなど目に見えていたのだ。
「そりゃ無いでしょ、七原クン?カケに乗ったのは、どこの誰?」
「ぐっ……」
そう言われてしまえば、何も言い返せない。
疲れている頭をフル回転させて、妥協策を思いつく。
「じゃ、じゃあ……三村が一位になれたら……」
「は?オイオイ、七原?何言ってんの?」
さすがに、焦ったような信史の声に、秋也はもう引く気は無かった。
約束は約束だが、それよりも大事なのは、自分の身体。
「三村が一位になれたら、何でも言う事聞いてやるよっ!」
……
ニヤリ。
信史が、笑った。
「オーケイ、今の言葉、忘れんなよっ!」
え?と、秋也が顔を横に向ける前に。信史は、前にいた。
「ま、マジ……?」
まだ本気ではなかった。
そんなことも見抜けないなんて。
秋也にできる事。
それは、すごいスピードで走って行く、信史を追いかける事――
どんなに頑張っても。
どんなに速く走ろうとしても。
追いつけなかった。
見えるのはただ、信史の背中だけ。
自分の運動能力は、この程度だったのか。
自分の持久力は、この程度だったのか。
それとも。
“勝ちたくない”……?
やっと、トラックに戻ってきた。
昨日、信史と弘樹でラインを引いた、トラック。
最後は、ここを1週して、ゴールする。
歓声が聞こえる。
秋也の頭には、すごく遠くに聞こえる声だった。
先にゴールした女子達の、黄色い歓声。
誰もが、彼の名を呼ぶ声。
――耳障り。
あいつの名前を呼んで良いのは、俺だけなのに。
「三村っ!!」
掠れる声で、叫んだ。
走りながら、叫んだ。
同時だった。
信史が、秋也の方を見て、笑ったのと。
最後の一人を抜かして、ゴールするのは。
仰向けになって倒れている秋也に、信史が近付く。
さすがに汗はかいているようだが、疲れの色は見えない。
バスケで鍛えている信史のことだ。
もう、回復したのかもしれなかった。
「お前、やっぱ凄い……」
悔しかったけれど、秋也は素直にそう言った。
「七原もな。何位?」
「……じゅーいち」
「俺、一位なんです」
「……おめでとう」
秋也はゆっくり上体を起こして、信史を見上げた。
「お望みは?」
分かっていたけど、訊いてみる。
「俺、七原の事好きなんだよね」
信史の望みなんて、予想できた。
「だからさ」
できる、はずだった。
「――俺のこと、好きって言って?」
秋也は、目を見開く。
信史の顔は、真剣そのもので。
その顔に見とれたからなのか、疲れていたせいなのか。
「俺――」
秋也は何も考えずに、言っていた。
「三村を愛してる」
END.
777HIT、七瀬琥珀さまからのリク。
「マラソン大会でどっちが勝つかお互いカケをし、結局策士三村に敗れる七原」
もしくは、「杉村と七原が仲良さげにしているのを見て、ヤキモチを妬く三村」という感じの37。
というリクでしたので、せっかくだから混ぜてみました(笑)
なので、無駄に長くなってます。新井田とか、沼井とかのせいでもあり…(汗)
って言うか、この、マラソン大会ネタ!
実は、あさこがずっと書きたかったネタなんですよぅっ!
最初のトコだけ書いたまま、放置してあったんですがね。
だからちょっと、最初だけ違う感じがします。失敗、失敗。
策士と言うほど策士ではない三村と、三村を愛しすぎちゃっている七原のお話になってしまいましたが。
すっごく楽しく書かせていただきましたv
こんなのでよろしかったでしょうか…?
では、この、また題名そのまんまだよ、というものを七瀬さまに捧げますv
ありがとうございました〜♪