見ている側が哀れに思うほど、必死なのに。

 報われない想いを抱えて努力する様は、まるでピエロ。

 

 

 

「何度も言ったから、もう言いたくねぇんだけどな?」

「それなら言わなきゃ良いじゃん。同じ言葉なんて、俺も聞き飽きたし」

「あー。いつか分かってくれると信じて繰り返すわけだが」

「はいはい、どうぞ。好きなだけ言って下さい」

 呆れたように秋也は返した。

 耳にする前から、聞き流すつもりだった。

 

「俺は、お前を、好きじゃない」

 

「そんなの知ってる」

 間髪入れずに、そう答える。

 少しだけ、いつもとは違う言葉が貰えるんじゃないかなんて、期待した事をバカだと思いながら。

 何度言われたって、変わらず胸が痛む。

 分かっている事実を突きつけられるだけなのに。

 だけど、変わらないのは胸の痛みだけじゃない。

「それでも俺は、好きなんだ」

 何度も、何度も、何度でも繰り返す。

 あまりに一方的な好意だと、知っていても。

「七原」

 いつもなら、呆れたようにその名前を口にする彼が。

 珍しく真剣に、そして強めに、名前を呼んだ。

 咎めるような響きを込めて。

「理解してないみたいだから、もう一度言う」

「何度言われたって俺は」

「俺は、お前に好きだと言われる事が、迷惑だ」

「っ……」

 喉の奥で、小さく呻く。

 そう言われてしまっては、何も、言えない。

 迷惑を、かけたいわけではないのに。

 唇を噛み締めて俯く秋也に、信史は軽く溜息をつく。

「それなりに、嬉しくは思っているんだぜ?」

「みむ」

「だけどそれは、あくまで友情の範囲だ」

 喜んで顔を上げようとした秋也に、ぴしゃりと言い放つ。

「俺はお前を友達だと思っているから、俺にとって不快な事をお前が何度繰り返そうと、友達としては普通に接してきたつもりだ」

「……」

 知っている。

 普通に話す分には、彼は自分と周りを差別したりしないという事。

 長年の幼馴染や、クラスメイトや、部活仲間と同じように接してくれる事。

 けれど、“同じ”では駄目だった。

 他の誰とも違う、特別な存在になりたかった。

 誰かを好きになるというのは、そういう事。

 恋をするというのは、そういう事。

 愛されたいと願うのは、そういう事。

「でも、それがお前の気持ちを助長させているのなら、俺はそれすらもやめようと思う。

 どういう事か、分かるな?」

 これは脅迫だ。

 三村信史という友人の存在を失うか、自分の気持ちを殺すかどちらかを選べという、選択という名の脅迫。

 彼を失う事は、とても辛い。

 自分のこの、異常とも呼べる感情さえ殺してしまえば、友達として傍に居る事は出来る。

 普通に会話をして、普通に遊んで、普通に触れて、普通に笑ってもらえる。

 それはとても幸せな事。

 だけど、それは本当に幸せな事?

「たとえば」

 何かを飲み込むようにして、秋也は声を発する。

「それを受け入れて。俺が三村を好きじゃなくなって。友達として普通に付き合ってもらえて」

「……」

「一緒にいられて、楽しく毎日を過ごす事に、何の意味がある?」

 

 

 俺は三村を好きじゃなくなるのに。

 

 

「好きじゃない奴と良い関係を築く事に、何の意味がある?」

 

 教えてくれよ、三村。

 

「意味はあるだろ」

 ふぅ、と、溜息をつきながら信史は言った。

「俺とお前の友情は、失われないじゃないか」

「友情が欲しいって、誰が言った」

 こういう時の秋也は、強い。

 決して、自分の気持ちを曲げようとはしない。

「三村とずっと友達でいたいなんて、欠片ほども思っちゃいない。俺が欲しいのは」

「七原」

 名前を呼んで、さえぎられる。

 今度は少し、悲しい響きを含んだ声だった。

「良いんだな?」

 確認を、求める。

 嫌だと、言ってもらいたくて。

 けれど、平行線なのだ。

 どうしたって。

 気持ちは変わらない。

「だって、それを選ぶって事は、俺は、自分の手でほんの少しの可能性すら潰してしまうって事だから。

 もしかしたら三村が俺を受け入れてくれるかもしれない未来を、自分で壊してしまうって事だから」

 

 

 何より。

 三村を好きな自分を、否定する事になるから。

 

 

「そんなのは絶対、嫌だから」

 信史は目を、閉じる。

 秋也の言葉を、聞いているのが辛かった。

 本当に大事に思っていた。

 彼の本当の気持ちを知るまでは、心から、彼の事が好きだった。

 一生続く友情だって、もしかしたらあるのかもしれないと思うほどに。

 なのに、壊れる。

 好きなのに、壊れる。

 好きだから、壊れる。

 

 

 ――壊す。

 

 

「だから、諦めない」

 

 

 壊された。

 いや、そんな返事が来る事を分かっていて言ったのだから、やはり自分で壊した事になるのだろう。

「最後通告の、つもりだったんだぜ」

 秋也は、目を逸らさなかった。

 

 ――ああ。やっぱり、強いな。

 

「友達という立場で、妥協は出来ないんだな」

「出来ない」

「そうか」

 そんな事は、分かりきっていた。

 だから毎日あんなに執拗に“愛の告白”をしてきたのだろうから。

「じゃあ、俺とお前はここで終わりだ」

 秋也は泣かなかった。

 泣けなかった。

 絶望的だと頭のどこかでは理解していながら、それでも、自分の希望を捨てる事が出来なくて。信じていたくて。

 諦めてしまったら、そこで全てが、終わってしまうから。

 少し間を置いてから、信史は秋也に背を向ける。

 もう、一緒には歩かない。

 

 

 

 この背中に向かって、声をかけてくるかと思った。

 やっぱり嫌だと。

 友達として傍にいる事を選ぶと。

 そう、叫んでくるかとも、思った。

 ――でも、そうだな。

 お前の意思が、どれほど強いか、俺はよく知ってる。

 お前の気持ちが変わらないのなら、俺がこうするしかない。

 この結末がどうなるか、俺は知っている。

 だから決して、受け入れない。

 狂わせない。

 お前にはお前の、もっと普通の、幸せがある。

 そう信じて突き放す俺の気持ちを、今は分かってくれなんて言わないけど。

 いつかは分かってくれるって、信じているからこそ。

 

 

 

 俺みたいに、なってはいけない。

 

 

 

 

 

ピエロ-reverse-

 

 

 

 

 

 秋也を見ていると、思い出す。若かった自分を。

 と言っても、今だってそんなに年老いているとは思わないけれど。

 それでも、「若かった」と思う。

 周りも自分もよく見えていなかった。

 ただがむしゃらに、ただあの人だけを見て。

 あの人に憧れ――それを、恋心と履き違えた。

 いや、今でも、それは間違いなく“恋”だったのだと、断言出来る。

 恋なんて所詮は勘違いから始まる思い込みなのだから。

 

 

 

「俺、叔父さんが好きなんだ」

 突然の甥の告白に、彼は少々面食らったようだった。

 いや、彼の事だから、それも予想していた事のうちだったかもしれない。

 だから、驚いたのは甥が手にしている物を目にしたからだった。

 告白とは、彼の知る限り、そんな色気のない物を持ちながら言うセリフではなかったから。

 それでも一瞬の後には驚きを消して、余裕すら感じられる笑みを、浮かべてみせる。

「そうか」

 それだけ言って自分から目を逸らそうとする彼を、甥は咎めるように叫んだ。

「叔父さん!」

「うん?」

「冗談だと思ってるんだろ」

「思ってない」

「嘘だ!」

「嘘じゃない」

 即答しながら、甥の手にある物を、視界の端に捕らえておく。

「子供の言う事だって、思ってるんだろう」

 殺気に近いモノを放ちながら、自分を睨みつける甥の目を、まっすぐ正面から、見つめ返す。

「思ってない」

 とりあえずはそれで納得したようだった。

 甥はゆっくり深呼吸をして、喉から出掛かっている言葉を押し込んでいる。

 叔父に告白しておいて、まだ何か、これ以上の事を……言いにくい何かを、口にしようとしているのだろうか。

「信史……?」

 彼が甥の名を呼ぶと、はじけたように、甥はその言葉を、発した。

「叔父さん、俺を抱いて欲しい」

 今度こそ本当に、彼は驚きで目を丸くする。

 言葉どおりの意味――ではないのだろう。もちろん。

 いくら子供だといっても、甥の精神年齢の早熟さは、言われなくても知っている。

 知っていたからと言って、驚かないわけではない。

 そういう事を望まれているとは、思わなかった。

「……それは」

 ゆっくり、言葉を選びながら、甥に対して自分の気持ちを語ろうとする。

 この先の展開は読めていた。

 最初からそのつもりだったのだろうと、彼は甥の手に握られた物を見ながら思う。

「抱いてくれないなら」

 甥はゆっくりと、その切っ先を、向ける。

 自分の喉へ。

「ここで死ぬ」

 ――そっちか。

 彼は思った。

 てっきり、自分を刺し殺そうとしているのかと思ったのだけれど。

 取り押さえられて終わりだという事も、この頭の良い甥は分かっていたのだろう。

 だから自分を盾にした。

 皮肉な事に、人を殺すよりも、自分を殺す方が簡単だ。

 その決心をした者なら。

 そしてこれが、単なる脅しではない事も、彼には分かっている。

 口にした事を実行するだけの心の強さと、妙な頑固さがあるこの甥には、多分、どんな説得も通用しないだろう。

 できれば、自分を傷付けるなんて事は、させたくない。

 自分が傷物にするのは良いのかと訊かれたら、それも全然、良くないのだけれど。

 

 ――参ったな。

 

 もう少し時間があれば、もっと良い解決策を思いつくような気もするが、どうやら甥はそんな時間を与えてはくれないらしい。

「叔父さん、俺は本気だ」

 そう言って、ナイフの先を喉に押し付けた。

 相手に選択肢を与えるならば、選択権は与えてはならない。

 それは自分が教えた事だった。

 忠実に実行する、実に出来た甥だ。

 このまま育てば、いつかは政府に一泡吹かせるような大物に成長するかもしれない。

 そうでなくても……やはり、ここで死なせるわけには、いかないだろう。

 やれやれ、と、彼は溜息をついた。

 自分に、そんなに道徳観念がある方ではないとは思っていたけれど。

 まさかこんな形でそれを思い知るハメになろうとは。

「良いか信史。――2度はない」

 そう、念を押した。

 押さなくとも、分かっている事だろうとは思ったが。

「分かってる。

 叔父さんこそ、だまして俺を取り押さえようだなんて考えない方が良い。

 叔父さんが俺を縛り付けるより早く、俺は自分の舌を噛み切れるんだから」

 本当に――出来た甥だ。

 彼は、そんな事はしないと言い切って、ナイフを握った甥の手を取った。

 一本一本、愛でるように、柄から指を外していく。

「信史。

 後悔したら、俺を恨め」

「後悔なんてしない」

 

 

 

 秋也の告白を初めて受けた時、やっと、叔父の気持ちが分かった気がした。

 今まで叔父の気持ちを理解したような気になっていた。

 子供のワガママに付き合ってくれただけでも、ありがたいと思っていた。

 叔父にとってはその程度の事だったと。

 情けない事に、その時になるまで気付かなかったのだ。

 叔父にとってはそれこそ――悔やんでも悔やみきれない事だったのだと。

 大事に思っていた甥を、脅されたとは言え抱いてしまった自分の、どうしようもない力の無さに。

 どうにかして諦めさせた方が、甥の幸せのためだったんじゃないかと苦悩していたに違いない。

 叔父に抱かれた事を後悔した事なんてなかったけれど。

 その時初めて、叔父を苦しめた事を後悔した。

 自分の一方的な恋愛感情の押し付けで、好きな人を苦しめた事を、後悔した。

 ならば他に何か手があったのかと考えたけれど、あれから幾ばくかの年月が経過した信史の頭ですら、思いつきはしなかった。

 どんな努力をすれば良かったというのだろう。

 叔父に、本当の意味で愛してもらうためには。

 自分は、それなりに努力をしたつもりだった。

 彼の言う事をよく聞き、彼の教えを守り、彼の役に立ち、彼を支えるために。

 足繁く彼の元へ通い、労わり、笑いかけ、自分を磨き、そして好意を……伝えた。

 自分の言葉で。精一杯。直接的にしか取れないほどの、歪曲した言葉で。決定的な告白をするまでは、何度も。何度も。

 叔父さんはかっこいい。叔父さんは凄い。叔父さんを尊敬してる。叔父さんに愛される人は幸せだ。叔父さんの役に立ちたい。叔父さんが笑ってくれると嬉しい。叔父さんの傍にいたい。

 それでも彼が。叔父が、自分をそういう意味で愛してくれる事がない事を、分かってしまったから。

 いっそ気付かないままでいられたら、それはそれで幸せだったかもしれないのに。

 気付いてしまったから、抑えきれなくなった。

 自分の努力が、まるで無意味だと、知ってしまったから。

 深い意味の無い彼の言葉に一喜一憂し、実らない努力を続ける、道化だと気付いてしまったから。

 最も手っ取り早く手に入れられる愛の形を、欲したのだ。

 繰り返す。

 それについて後悔はしていない。

 決して手に入らないものの片鱗に、指先だけでも触れる事が出来たのだから。

 けれど、その代償は重かった。

 それだけの事だ。

 そして、それを“知って”しまったからこそ、同じ事を繰り返させてはならないと決意した。

 自分が思い悩むのは良い。それは別に構わない。負担にならない。

 けれど、それを秋也が知ってしまったら。

 彼は自分を責めるだろう。信史以上に。

 自分の欲望を押し付けた事を後悔する。信史以上に。

 そして償おうとするだろう。それこそ、一生を賭けてでも。償う術など、ありはしないのに。

 だから、受け入れてはならない。

 少なくとも、自分が秋也を真剣に愛するつもりが無いのなら。

 愛せないと思っているのなら。決して。

 だから、突き放した。

 脅迫とも呼べる、選択を与えて。

 相手に選択肢を与えるならば、選択権は与えてはならない。

 それは叔父に教わった事だった。

 けれど、信史は秋也に選択権を与えた。

 どちらを選ぶかは、彼の自由だった。

 どちらにしても、失うものは同じだったのだけれど。

 

 

 

 俺は捨てたんだ。

 絶望的だと理解したから、一切の望みを捨てた。

 無駄な希望を持ち続けるより、刹那的な“愛”を欲した。

 でも、お前は違った。

 どんなに絶望的でも、希望を捨てない。それはお前の強さだよ、七原。俺には無い。

 もしかしたら俺が、叔父さんよりお前を好きになる事が、この先あるかもしれない。分からない。無いとは言い切れない。

 でも、無いだろうと思う。

 何故なら叔父さんはもうこの世におらず、死者を想う気持ちよりも強い感情が、俺の心に芽生えるとは思えないからだ。

 それでも無いと言い切らないのは。

 多分、お前を道化にしたくはないからだろう。

 俺は所詮道化に過ぎなかったけれど。

 お前は主役になれる男だ。

 誰よりも何よりもかっこいい、七原秋也になれる。俺が保証する。

 なぁ、七原。

 

 

 

 これもひとつの、愛の形だと思わないか?

 

 

 

END.



というわけで、『ピエロ-reverse-』。あさこ史上最も珍しい叔父×三村でした。
バトロワサイトがまだ大量にあった頃、割とポピュラーなカプではあったと思うんですけどね。私は生理的に受け付けなかったので駄目でした。
でも、頭に浮かんじゃったんだから仕方ない。どうしようかと考えて、でもやっぱり受け付けなくて、とりあえず『ピエロ』を書いたものの、どーにも終わりが気持ち悪い。
当然です。元々あった話をカットしてるんですから。
じゃあとりあえず、好みかどうかは別として、とりあえず書いてみよう。とりあえず。
そう思って書き始めたら、あらあら意外に打鍵が進む進む。
直接的な部分は、どうしても書けなかったのですが、それでもまぁ、うん。割と楽しく書けちゃいました。
最初はちょこっとだけ、オマケのつもりで書こうと思ってたのに…
お気に入りの一文が2つも入ってたりしますし。

『reverse』の話がないと『ピエロ』というタイトルがしっくり来ませんね。