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パソコン 「あぁ、クソッ!」 信史は苛ついたように声をあげ、自分のパソコンのキーボードを叩いた。 頭を掻き、しばし画面を見つめる。――変化はない。 (まったく、ざまぁねぇな……) ここのところ、何をやってもうまくいかない気がする。原因は、多分あれだ。 (ちくしょう、自分に腹が立つぜ。あんな事を気にしてるってのか? ああ、そうさ。気にしてるんだ。だから苛つくんだろうが) 「クソッ」 七原秋也は一人、道を歩いていた。こんな天気のいい日曜日。慶時の誘いを断ってまで、秋也は約束の場所へ向かう。出掛けに慶時の見せた恨みがましい顔が頭に浮かんだ。 (そんな顔するなよ。先約なんだからしょうがないだろ?そりゃ、釣りにだって行きたかったけどさ。俺の体はひとつしかないんだし。 それにまぁ……久しぶりだったからなぁ……) ここのところ、秋也には気になっている事があった。それは、“あの日”以来、三村信史が自分を避けているような節がある事だ。 学校で話し掛けてこない。こっちから話し掛けても、目を合わさない。いくら鈍感な秋也だって、そこまでされればさすがに気になる。 (……俺、なんかしたか?) 秋也は信史と一緒に帰った、“あの日”の会話を思い出していた。 『お前、好きな奴とかいるのか?』 信史が突然そんな事を口にする。 『なんだよ、急に』 『いいから』 何が良いんだか分からなかったが、秋也はとりあえず 『いる』 と答えた。その人には彼氏がいる事も。それから、自分がまだその人を想っている事も。 『ふぅん』 信史は興味なさそうにつぶやいたきり、黙り込んだ。 そう、どうだっていいと言わんばかりの、無関心そうな顔だった。なのに。 (――あれから、だよなぁ?) 他には思い当たる節がない。 あの言葉が、何か気にさわったのだろうか。何も感じていないように見えたけれど。 だから、信史が珍しく、「日曜、家に来いよ」と秋也を誘ってきた時は、はっきり言って嬉しかった。 恐る恐る、チャイムを鳴らす。 (郁美ちゃんが出てきたらどうしよう?なんだかあの子は俺を毛嫌いしてる気がするんだよなぁ。豊にはなついているみたいなのに。俺、なんかしたか? そういう、わけの分からないところが三村に似てるよな) なんて思っていたら、扉が開いた。 「よう……」 そこにいたのは郁美ではなく、なんだか妙に不機嫌な、三村信史その人だった。 「あがれよ」 口調で、信史が苛々しているのは分かった。 乱れている髪は、もしかしたらかきむしったせいかもしれない。 秋也は黙って信史の部屋に行き、そこでやっと、口を開いた。 「なんか、あったのか?」 信史は無言のまま、親指で自分のパソコンを指した。そこには、何かをやりかけていたのだろう、見慣れぬ画面が映し出されていた。 「固まって……あぁ、つまり、動かなくなっちまったの。ちょうど今、電源切ろうとしてたとこ」 そう言って、信史は溜息をつく。 (珍しいな、お前が溜息?ひょっとして雨でも降るんじゃないか?やめてくれよ、傘なんて持ってきてないぜ?) 秋也は一瞬そんな事を思ったが、それは口には出さずに、違う事を尋ねた。 「そんな事して、平気なんだ?」 確か、パソコンてやつは、いきなり電源を切ってはいけないものなんだと聞いた事がある気がする。 「さぁ?ま、やり直せば済む事なんだけど」 「ふーん」 秋也はそのパソコンに近付き、画面を覗き込んだ。 (なんだか難しそうな事やってるなぁ……) 「これは?」 「ん?あぁ、それは“マウス”って言って……おい、七原?何してる?」 なにやらいじっている秋也に視線を注ぎ、信史は言った。 「俺が直してやるよ」 おいおい、七原?マウスも知らない奴が何を言ってるんだ? お前、パソコンなんか使ったことあるのかよ?ないだろ?ないんだろ?止めとけよ…… あー、でもどうせ動かないからな。まぁいいか。 一瞬でそこまで考えた信史は、諦めたように息を吐いた。 「はいはい。じゃあ俺は茶でも入れてきてやるよ。いじっててもいいけど、本体を叩いたりはするなよ?」 なにやら真剣になっている秋也は、信史の方を見ようともせず、独り言のようにつぶやく。 「中身よりも入れ物気にするなんて、変な奴」 「変なのは七原の方だっつーの。分からないくせにいじろうとしやがって。壊すなよ?」 秋也の言葉を、心外だという風に否定して、信史は部屋のドアを開けた。 「あ、三村!」 「何だよ?」 「俺、お茶よりもジュースがいい」 (……ガキ) 信史がジュースと、それから家にあったはずのチョコレートを探し出し、持っていってやると(秋也は甘いものが好きだったりする)、確かパソコンをいじっていたはずの男は、信史のベッドに身を投げて、何やら本を読んでいた。 下で色々やっていたから、結構時間がかかってしまったのは事実なのだが…… (……お前な……) 信史が文句を言いかけるより早く、秋也は信史に気付き、笑って見せる。 「動いたぞ」 「は?」 「パソコン。直った」 「は?」 (七原?え?お前、今なんて――) 信史が恐る恐るパソコンに目を向けると、確かに画面は動いていた。 (うわ。動いてる。ちょっと待て、何で俺に出来なくて七原に出来るんだよ?) 「何したんだ?」 「別に何も。ただ、待ってただけ」 (だから。何でそれで動くんだ?あぁ、そうだな、お前っていろんな奴に愛されてるもんな。クソ、俺のパソコンも俺より七原を選ぶわけか?って、それよりも) 「見た……のか?」 動いたという事はそういう事だ。秋也は一瞬黙り込み、極上の笑みを見せる。 (ったく、何人の女の子達がお前に好意を寄せてると思ってる?全部、その笑顔のせいだろ。気付いてないんだろうけど) 「見た」 (うぁ……) もう駄目だ。信史は思った。 顔が赤くなっていくのが分かる。こんなはずじゃなかった。 (あぁ、クソ、かっこ悪いぜ、三村信史!) それは、秋也のために必死でダウンロードした、ロック歌手の写真やら、曲やらだった。 本当なら、いきなり見せて、驚かせるはずだったのだ。 「驚いた」 (だから、その時の顔が見たかったんだって) でも、もう遅い。 (こんな事ならさっさと電源切っちまえば良かった) 「……嬉しかった」 「あー……そーかよ。俺は最悪だけどなっ」 秋也がくすくすと笑う。 (三村、顔真っ赤だぜ。そんなに恥ずかしいのか?) 「クソ、お前が来る前に電源切れば……」 出来なかったのは、データが消えるのが怖かったからだ。せっかくインターネットで探したのに、消えてしまったらさすがに落ち込む。 「三村ってさ」 思い出したように秋也が言う。信史は、不思議そうに秋也を見た。 「その、すぐ諦める癖、直したほうが良い」 何が?と聞こうとして、あぁ、パソコンの事か、と思い当たる。 「可能性、まだ残ってるかもしれないだろ?諦めるのはまだ早いかもしれないじゃないか」 (あぁ、七原だなぁ……ホント、お前らしいよ) 「三村?聞いてるのか?」 (聞いてる、聞いてる。だからお前って、あの人の事諦めないのな。可能性、あるかもしれないから?いや、ないと分かってても、か?) 「みーむーらー?」 「聞いてるって」 秋也がふっと目をそらした。こんな時は、何か言いにくいことを言おうとしているに違いない。 「何?」 「三村さ……なんか、俺の事、避けてた?」 (それか) 信史は思わず苦い顔をする。 (そういう時だけ敏感なのな、お前って) 「気のせいだろ?」 「ふーん……なら、良いけど。……お前は?」 「何が?」 「好きな奴、いないのか?」 (こいつ、原因まで気付いてたのか) 秋也はそこで視線を三村に戻し、じっと目を合わせてくる。 「どうなんだよ?俺ばっかりに言わせて、自分は言わない気なのか?」 その視線に負けたのか、信史はやっと口を開いた。 「……いる、かもな」 心の――気持ちの電源を切るなんて事、出来るわけないんだ。 例え、どうにもならないと分かっていても。 To be continued.
と、言うわけで(何が?)『別れ』の続きをアップさせてしまいました。 |