音楽

 

 

 それは、本当に単なる偶然だった。

 部活がないのに音楽室へ行こうと思ったのも。

 ピアノの音が聞こえたのも。

 覗いてみようだなんて思ったのも。

 そこで、桐山がピアノを弾いていたのも。

 全部、ただの偶然――

 

 

 秋也は思わず息を呑んだ。

 洗練された技術。少しのミスも無い旋律。

 キレイで、透き通っていて。

 ガラスの音のようなその音色に、ただ、聞き惚れた。

 桐山は、そこに秋也がいる事を知りながら、何も言わない。

 何か言う事の、必要性を感じなかった。

 ただ黙って、そこに置いてあった楽譜に目を通しながら、初めて見るその曲を弾いていた。

 

 

 引き寄せられるように、秋也は桐山の側に近付いていた。

 それでも、乱れない曲の流れ。

 桐山の側に立ち、鍵盤を見つめた。

 長くて、キレイな指。

 滑らかに、鍵盤の上を流れていく、桐山の指。

 ずっと見ていたくなって。

 秋也は、信史を待たせている事も忘れて、見つめていた。

 

 

 曲が、終わりを迎える。

 

 

「凄いな……桐山、ピアノ弾けるんだ……」

 感動冷めやらぬままに、秋也はつぶやいた。

「凄い……キレイだった……」

「そうか」

 短く答えて、桐山は椅子から立ち上がる。

 ただ、立ち上がるだけの動作も、無駄がない動きに見えて。

「だけど……」

 言いにくそうに、秋也は続けた。

「強弱のつけ方が、気になった、かな」

 それは、秋也が知っている曲というわけではなかった。

 キレイではあったけれど、気になる違和感。

「譜面どおりに弾いた」

 気分を害した様子もなく、桐山は言う。

 それは、反論しているというよりは、ただ事実を述べているという感じだった。

「うん、分かる。いや、フォルテとか、そういう事じゃなくてさ……」

 自分もそうだけど、と前置きして。

「気持ちを込めて弾いたりすると、つたなくてもさ、誰かを感動させる曲になると思うんだ」

 桐山の弾いていた曲が、感動しなかったわけじゃなくて。

「“音を楽しむ”で、“音楽”だからさ」

 桐山は、秋也の言っている意味がよく分からず、しばらく彼を見つめていた。

 

 

 不思議な感じがする。

 目の前にいる、この男は。

 何かが違うのか。

 何が違うのか。

 少なくとも、自分はこんな風に考えた事はなかったし、自分はこんなに……

「桐山って、不良とか言われてるけど。こんなにキレイな曲が弾けるんだから、根はイイ奴なんだよな」

 その言葉の意味すら、よく分からず。

 見つめる事しか出来なくて。

「七原」

 名前を、呼んでみた。

 

 

 初めて、名前を呼ばれた気がした。

 名前。

 ただの名前。

 ただ、それだけ。

 ひと言だけなのに。

 嬉しかった。

 秋也は桐山に視線を合わせ、口を開く。

「――お取り込み中のとこ、失礼」

 素晴らしいタイミング。

 まるで、今まで見ていたかのように。

 音楽室に顔を出したのは、不幸にも秋也にその存在を忘れかけられていた信史だった。

「七原、帰るぞ」

「あぁ、すぐ行く」

 秋也は笑って答え、桐山に向き直る。

「じゃあ、またな」

 その笑顔が、何故か眩しい気がした。

 桐山は何も言わず、出て行く秋也の背を見つめた。

 秋也のあとに、信史が続き。

「あぁ、そうだ」

 思い出したように。けれどわざとらしく、信史は振り返った。

「桐山、分かってると思うけど。――アレ、俺のだから」

 

 

 そんな事にムキになっている信史の気持ちも良く分からず。

 桐山は、ピアノの上に置いた譜面に目を落とした。

 開いた窓から入り込む風が、桐山の頬を撫でる。

 

 

 何枚かの譜面が、風に舞った。

 

 

END.



2000HITの白凪あらた様のリク。
『37でボス→7なお話。桐山の不思議さに秋也が惹かれるけど(恋愛感情じゃなく)、三村が出てきて――』という事だったのですが。
なんか、微妙にリクして下さったのとは変わっちゃいました…
すいません…(ぺこ)
桐山難しいですね〜…
こんなんで宜しかったでしょうか?
お待たせしてスミマセンでした。
では、こんな桐山ですが、白凪さまに捧げます。
ありがとうございました〜!