目の不思議

 

 

 ぼぉっと。

 つまらない数学の授業を聞き流して。

 窓ガラスに映る、自分の顔を見る。

 髪、伸びたなぁ。

 髪とかって、何故か突然「伸びたなぁ」って感じるんだよな。

 それまでは何とも思っていなかったのに、突然感じるようになる不思議。

 それって、きっと目が許容範囲内のものを“見なかった事にしている”からなのかな、とか。

 許容範囲を超えた瞬間に、気になるものなのかもしれないな、とか考えて。

 少し、笑いたくなった。

 それってまるで、俺の三村への気持ちと一緒じゃないか。

 少し前までは。

 本当に本当に、何とも思っていなかった。

 いや、何とも思っていなかった“はず”なんだ。

 確かに三村は、男の俺から見ても格好良いんだと思う。

 が。

 それはあくまで一般論。

 俺は男だし、男の事を本気で惚れるほど格好良いだなんて思わない。

 そんな事を思ったって。

 そう、三村風に言うなら、「無意味」なんだ。

 なのに突然気付いてしまった。

 俺の目が。

 三村を見る、俺の目が。

 許容範囲を超えた、と。

 もう今までとは違う者だ、と。

 そう判断した。

 多分、俺の目は、俺の心よりも正直なんだと思う。

 俺は目に従って、三村をそういう風に見る事にした。

 

 

 

 俺は、三村信史に惚れている。

 

 

 

「七原」

 耳に、自分の名前を呼ぶ声が届いて。

 窓ガラスから目を外す。

 見れば、黒板の前でチョークを持った先生が。

「この問題を前に出て解いてみろ」

 ああ、よそ見してたのがバレたのか。

 ま、当たり前ですケド、ね。

「はぃ……」

 さらっと、黒板に書かれた問題に目を通して。

 げ。分かんねー。

 そりゃそうか。聞いてなかったんだし。

 伸びた髪を掻き上げるようにして、頭を掻く。

「えぇっと……」

 前に出るまでもなく、分かんないんだったらここで降参。

 慶時も助けてくれそうにないし。

 こんな時、三村ならどうするかな。

 話を聞いてなくても、あっさり問題を解いてみせる?

 ちょっと違うかな。

 寝たふり、とか。

 それも三村っぽくないな。

 最近、こんな事ばっかり考えてる。

 三村だったら。

 三村は。

 三村の。

 三村三村三村。

 頭ん中が三村で埋め尽くされる。

 

 

 ――振り払え。

 

 

 ぶんぶんと、頭を振る。

 悩んでるように見えるかも。

 実際、悩んでるんだけどさ。黒板の問題に、じゃないけど。

 三村、今何考えてるかな。

 考えるふりをして、盗み見る。

 ばっちりと合う視線に、心臓が跳ね上がる。

 

 どくん。

 

 見え方が違うってのは、こういう事。

 周りだって俺を見てるのに。

 好奇の目で。心配そうな目で。呆れた目で。

 俺を見てるのに。

 

 バカ

 

 と。

 三村の口が音を発しない言葉を紡ぐ。

 同じように授業を聞かないとしても、自分ならもっと上手くやる。

 そんな目をして。

 頭を、掻く。

 やばい。嬉しい。

 三村が俺を見て、三村が俺に向かって、三村が俺の事を考えて。

 ああ、でも、そんな考えに浸っている暇はない。

 どうせなら三村らしく、先生の言葉をかわして――

「センセー」

 これしかない、と思った。

「どうした、七原」

「分かりません」

 堂々と。

 悪びれもなく。

 口元には笑みすら浮かべながら。

「……廊下に立ってろ」

 呆れたような、怒ったような先生の態度で、とりあえず成功かな、と判断。

「はーい」

 がたん、と席を立ち、そのまま後ろの扉へ向かう。

 歩きながら、一瞬三村を見て。

 にっと笑う。

 三村はちょっと眉を上げて、肩をすくめた。

 今度は小さい声で。

「バカ」

と呟くのが聞こえた。

 

 

 

 廊下に立って、外を見る。

 先生の、授業を続ける声が聞こえる。

 俺が当たった問題は、慶時が代わりに当てられたらしい。

 慶時の、慌てる声がした。

 これは俺の二の舞かな。

 まぁ、廊下に立たされるなんて事はないだろうけど。

 三村は、真面目に授業受けてるのかな。

 それはないと思うけど。

 えーと、次は昼休み。

 少し早いけど、このまま屋上にでも行こうかな。

 弁当は慶時が持って来てくれると信じて。

 

 ――あ。

 

 三村の声だ。

 慶時の助け舟でも出すのかな。

 俺の時は何もしてくんなかったけど。

 三村、バカにしてたなぁ。

 でもまぁ、ハズレではなかったと思う。

 がらっ、と。

 隣のドアが開いた。

 小さい声で。

「よ」

 目を丸くする俺を、面白そうに見る三村は。

 やっぱりむちゃくちゃ格好良くて。

「どうしたんだよ?」

 そんな、ありきたりな、普通の事を訊いてしまった。

「ん?トイレ」

 三村はそう言って、俺に背を向けて歩いて行く。

「トイレ、そっちじゃないだろ」

 くっくっと、三村が声を押し殺して笑う。

 ちらっと、自分の肩越しに俺を見て。

「信じるなよ」

 多分そっちは、屋上。

 考えるまでもない。

 迷いもなく、三村について行く。

 

 

 

 少し、錆付いた音を立てて。

 屋上の扉が開く。

「サボり?」

「七原が上手い事やってサボるから」

 別にそういうつもりじゃなかったんだけど……

 ま、いいや。それはそれでそう思ってもらっても。

 むしろ、そっちの方が?

 とりあえず、黙ったまま笑って。

 三村の一挙手一投足に、集中する。

 三村の歩き方。

 三村の笑い方。

 三村の話し方。

 全部全部。

 この手に掴めれば良いのに。

「七原、髪伸びたな」

 

 どくん。

 

 嬉しくて。

 どうにかなりそうになる。

 そんな事に気付いてくれるなんて。

「ああ、やっぱ三村もそう思う?俺もさっきそう思ってさ」

 心とは裏腹に。

 出来るだけ冷静に言葉を吐く。

 三村みたいに。

「そんな事考えてるから、当てられるんだ」

 バカだな、と、三村が笑う。

 何をしていても、どこか余裕が見える三村。

 どうしたって、格好良い三村。

「でもまぁ、聞いてても分かんなかったと思うし。サボれてラッキー」

 どうしたら近付ける?

「七原クンたら、ふっりょおー」

「堂々とサボってきた三村に言われたくないんですけど」

 腕を掴んで。

「っと、何?」

 引き寄せて。

「七原?」

 唇を重ねるのなんて、簡単。

 

 どくん。

 

 驚いて、突き飛ばす?

 怒って、殴りかかる?

 目を見開いて、俺を見る?

 どれも三村らしくない。

 三村は。

 三村なら。

「――いきなりだな」

 そう言って、口の端を歪める。

 ああ、やっぱり。

 俺の想像を超える三村らしさ。

「それだけで満足?」

 ニヤリと笑って。

 三村の顔が近付く。

 触れる唇から、湿った感触が。

 深く。

 欲しくて。

 理性を手放しそうになる。

 思わずがっついて、喰い付きたくなる。

 だけど駄目だ。

 そんなのは、三村らしくない。

 ゆっくりと、唇を離す。

「ゴチソウサマ」

 三村はそう言って、片目を閉じた。

 目の前がくらくらする。

 三村の色気にヤられて。

 ついこの間までは、男に色気なんか感じなかった。

 三村に色気なんか感じなかった。

 男は言うまでもなく恋愛対象外で、ましてや性欲が湧くはずもなくて。

「オソマツサマ」

 俺はそう返して、自分の唇をぺろりと舐める。

 三村。

 三村を抱いて。

 俺の腕の中で切なげに悶える三村。

 最高、だけど。

 そんなのは三村らしくなくて。

 三村に抱かれる。

 三村の腕の中で絶頂に達する俺?

 それも良いかもしれないけど。

 三村はそんな奴は好きじゃない、と思う。

 俺が夢中になっても、多分駄目だ。

 じゃあどうすれば良いかなんて、そんなの考えたって分かんないんだけど。

 

「あ」

 

 不思議そうな目で、三村が俺を見る。

 何かに気付いたように。

「あ?」

「変だな」

「何が?」

「七原がカワイク見える」

 さっきまでは別にそんな事なかったのに、と。

 三村が首を傾げる。

 だけど、本気で不思議がっているわけでもなさそうで。

 それがやっぱり三村らしいと思いながら。

 昂ぶる気持ちを隠して、俺は答えた。

 

 

 

「許容範囲を超えたんだろ」

 

 

 

END.



どきどきどき。
今から言う事は、聞き流してくれて全く構いません。良いですか。言いますよ?
私、この話大っ好きなんですけど。(超自画自賛
73です。誰が何と言おうと73です。
私がいつも書いている37と、全然キャラ違いますが73です。
原作を読む限り、七原って三村の事大好きですよね!だから、本当なら73なんですよ!
しかし!けれど!でも!BUT!!
三村が受けなんて嫌ぁ〜…(涙)
そこでこんな73です。
かなり理想に近い73が書けたと自負しております。
37なのか73なのか微妙な感じの、このなんとも言えない73感が伝わったでしょうか!?

えー、そして、更にどうでも良い裏話と致しましては。
この話のきっかけは、パソコンのディスプレイに映る自分の姿を見た事から始まりまして。
要するに最初は日記として書こうとしていたのです。

えーと、結構自信作なんですけど(だから自分で言うなって)いかがでしたで…しょう、か…?(今更弱気になる)