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マーブル 「七原、チョコは?」 会った瞬間笑顔でそう言われて、おはようと言い掛けた口が開きっぱなしになる。 彼はにこにこと顔の前で両手を差し出していた。 物乞いをするかのように。 「は?」 開けた口から出てきたのは、そんな、なんのひねりもない疑問の声だった。 隣で慶時が苦笑しているのが、見える。 「は?じゃなくて。チョコ。今日バレンタインだし?」 そう言って、彼――三村信史は、秋也の前にずいっと手を突き出した。 珍しく登校途中で会うなんて、どういう事かと思ったら。 「お前、まさかそのためにここで待ち伏せしてたのか……?」 にっこりと信史は笑う。 作ったような、その微笑みに後ずさりながら、秋也は溜息をついた。 「あのな」 ゆっくりと、言葉を選ぶ。 どう言えば、彼を説き伏せる事が出来るか考えていた。 「何で俺が、お前にチョコをやんなきゃいけないワケ?」 「2月14日。バレンタインデーだから」 「だから。何でバレンタインにお前にチョコをあげなきゃいけないんだよ」 「そういう日だから」 ――ああもう。 はっきり言わなければ分からないらしい、と、秋也は意を決して信史を睨み付けた。 「良いか。耳の穴かっぽじってよっく聞け。 バレンタインってのは、好きな人にチョコをあげる日なんだよっ!」 「それが?」 何の問題もないだろう?という目で、彼は自分を見つめている。 ――問題ありまくりだ。バカヤロウ。 「俺は、お前を好きじゃない」 きっぱりはっきり、そう言った。 何度も繰り返してきたセリフだった。 「それ、聞き飽きたな」 すっとぼけたように、信史が言う。 「聞き飽きるほど言わせてんのはそっちだろ」 うんざり、という顔で、秋也は目を伏せた。 朝っぱらからこんな公共の場で。しかも慶時がいる前で、何を言わせるんだ。コイツは。 「まぁ良いけど」 ――良くない。 「分かったから、チョコ」 「何も分かってないだろお前!!」 思わず声を荒げた。 これも毎度の、事だった。 「なっなはっらクン」 語尾にハートマークでも付いていそうな浮かれた声で、背後から名前を呼ばれる。 退屈な数学の授業を終えて、教科書を机の中に仕舞おうとしている時だった。 振り返る前に、背中から抱きしめられる。 「くっつくな、うっとーしい」 明らかな拒絶の言葉にも、信史はめげない。 「寒いかと思って」 「寒くない」 「じゃあ、俺が抱きつきたかったから」 「大迷惑だ。離れろ」 これさえなかったら。と、秋也は思う。 どこだろうとお構いなしの過剰なスキンシップ。 周りを気にしない“愛のコトバ”の数々。 バカップルなら……いや、せめて自分がコイツを好きだったなら、少しくらいは嬉しいかもしれないそれらの行動が、秋也には迷惑なだけだった。 これさえなければ、尊敬する大好きな友人の一人であるのに。 「七原は、チョコいくつ貰った?」 顔を覗き込むようにして、信史が聞いてくる。 秋也は顔を背けながら、彼を引き剥がした。 「ウルサイ」 そういうのは口にするべき事じゃないと、秋也は思っていた。 義理チョコと呼ばれる物があるくらいだから、貰ったチョコレート全てに、特別な想いがこもっているとは思わない。 けれど、何かしらの好意はあってくれた物なのだから、自分はそれなりに紳士的に受け止める必要があるはずで。 いくつ貰っただの、誰に貰っただのという事は、たとえ友人にでも口にするべきではなく。 自分だけが知っていれば良い事だと、そう思っていた。 「三村!」 秋也にまとわり付く信史に、教室のドアの方から新井田和志が声をかけた。 からかうような、嫉妬のような、なんとも言えない顔をしている。 「お客さんだぜ」 くいっと親指で廊下を指すと、自分はそのまま教室から出て行った。 休み時間ごとに、教室に誰かが信史を呼びにやってくる。 いっそ、廊下で待機していれば良いのにと思うくらいに 信史はハイハイと返事をしながら、廊下へ向かった。 その背中を、秋也は呆れたように見る。 ――ほら、な? 元来、信史は女好きなのだ。 本気で誰かを好きだとか、そういう事はなさそうだけれど、女の子にキャーキャー言われる事は嫌いではないはず。 こうしてチョコレートを渡すためにやって来た彼女達に笑顔で対応しては、チョコを抱えて戻って来る。 そんな男が。 戻って来た後、平然とした顔で言うのだ。 「七原は、俺にチョコくれないの?」 ――それだけ貰っておいて何言ってんだ。 遊ばれてる、と、思う。 そう心の中で呟いて、秋也はマーブルチョコを口の中に放り込んだ。 いくつかの“放課後の呼び出し”を終えて、教室に戻ってくると誰も残っていなかった。 机の中には、また可愛らしくラッピングされたチョコレートが2つ。 呼び出されている間に誰か来たらしい。 鞄は残して行ったから、まだ帰ってないと思って机の中に入れて行ったのだろう。 袋でも持って来るべきだったかな、と、秋也は思った。 女の子の中には、気が利いているのか、自分のチョコよりも大きめの手提げ袋に入れてプレゼントしてくれる子もいたけれど。 かり、と、音がする。 マーブルチョコの歯ごたえが、秋也は嫌いじゃなかった。 これは、貰った物じゃない。 昨日の帰りに、コンビニで買った物。 今日、腐るほどチョコレートが貰えるかもしれないと分かっていたのに。 わざわざ買った。 手の平にざらざらと出して、また、放り込む。 「あれ。七原、まだいたの?」 ぼーっとしていた秋也に聞こえてきたのは、毎度お馴染み三村信史の声だった。 彼もまた、どこかに呼び出されていたらしい。 いくつかのチョコレートを持って、教室に戻って来たところだった。 「なんか今年も凄かったな」 そう、苦笑しながら言って、近付いてくる。 「何?もう食ってんの?」 秋也の手にしたマーブルチョコの筒を見て、信史は言った。 「ん」 秋也が筒を斜めに傾けると、慌てて手を出す。 「どちら様?バレンタインにそんな色気の無いチョコをプレゼントしてくれる素敵な方は」 信史の手にいくつかのマーブルチョコが乗って。 それを口に運ぼうとした瞬間、言ってやった。 「俺から、お前に」 思ったとおり――落とした。 「あーあ。せっかくやったのに」 そう言いながら、残りを全部自分の口の中へ。 「え?あ、え???何?俺にって、バレンタインの??」 慌てている信史に向かって、軽く頷く。 「七原から、俺に?買ってくれたの?マジで?」 もう一度、頷く。 せっかく買ってやった物も、もう、彼の手の中にはないけれど。 「えっと……それって……本命?」 「義理」 今度は口ではっきりと言ってやる。 そこまで甘くはない。 信史は複雑そうな顔をした。どんな反応をしたら良いのか、戸惑っているようだった。 いつものようにふざけるべきか、素直に喜ぶべきか、それとも…… どの反応も、求めてはいなかった。 「お前さ。いい加減に俺で遊ぶのやめろよ」 秋也はそう言って、グラウンドを眺めた。 夕焼けが綺麗だ。多分、明日も晴れる。 「遊んでなんか」 「じゃあ、いつものアレは?全部本気だって?馬鹿な事言うなよ」 「……」 「あんなものはいらない」 「……七原、俺は」 「過剰なスキンシップも、愛の告白も、迷惑なだけだ。何度も言ってるけど。俺はお前が好きじゃない」 そこでひとつ、溜息。 「言葉なんてあてにならないって、分かってんだろ、お前も」 分かりにくい。 とても分かりにくい、“告白”だった。 どう反応して良いのか分からない。 何で。 「何でお前って奴はそう……俺をかき乱すのが得意かね」 「知るか」 冷たく言い放って、秋也は立ち上がった。 多分、素直じゃないんだろう。 秋也はそう結論付ける。 自分もそうだし、多分、彼も。 「帰ろうぜ、三村」 「ん」 信史は床に散らばったマーブルチョコを名残惜しそうに見てから、自分の顔を秋也に寄せた。 そのまま唇を、掠め取る。 「っ!?」 「チョコの代わりに」 「お前っ……」 秋也の手が振り上げられるのを見て、信史は咄嗟に目を閉じた。 このくらいは覚悟していた事。 けれど、痛みはいつまでもやってこなかった。 恐る恐る目を開ける。 秋也は既にドアの方へ向かっていた。 「七原?」 文句のひとつも言わないなんて、珍しい。 そう思っていたら、彼は振り返って、言った。 「ホワイトデーは3倍返しだからな。バカ」 END. 久しぶりに37書いたら、完全に別人になってしまいました… 所要時間1時間弱。 書こうと思えば書けるんですね。内容はともかくとして。 なんか、いつもと違う37を書きたかったんです。 これを37だと言い張る私もどうかと思いますが。 ヘタレな三村と意地悪七原…どっちかっつーと73みたいな…違うような… もちょっと三村をかっこ良く書けば良かったな、と、反省しましたが。 自分がまだ話を書ける事に、自分で驚いたりしました。 やっぱり頑張ります。 |