幸不幸

 

 

「お前、幸せになれないぜ」

 そう、七原が、俺に言った。

 ああ、うん。そう。きっとその通りだ。

 俺はもう、幸せにはなれない。

 

 

 

 そう遠くない場所で、銃声がした。

 音が反響して、正確な位置は掴めないが。

 三村信史は辺りを見回す。

 自分の張ったトラップには、誰も引っかかっていないようだ。

 一発……二発……

 冷静に、銃声の数を数える。

 同じ銃の物らしい。

 誰かが撃たれているのか。

 戦っているのか。

 ……戦い。

 信史はごくりと唾を飲んだ。

 ――今更だぜ、ベイビ。

 もう“プログラム”は始まっているのだ。

 もう、何人ものクラスメイトがこのゲームの中で命を落としている。

 銃声が、止まった。

 ――終わったのか。

 そう判断して、頂いてきたノートパソコンに目を落とす。

 銃の持ち主が、こちらに近付いて来ないのなら。気にする必要はない。

 

「  」

 

 何故か。

 声が聞こえた気がした。

 自分を呼ぶ声が。

 恐らくは幻聴。

 けれどあの声は、紛れもなく――

 信史は立ち上がる。

 傍らに置いたベレッタM92Fをベルトに挿し、ゆっくりとその場を離れる。

 自分の仕掛けたトラップを、器用に避けながら。

 

 正確な位置は、分からない。

 なのに、自分がどうしてこっちに向かっているのか。

 分からないまま、足に任せる。

 感覚が、こっちだと告げている。

 彼の声がしたのは、この方向だと。

 

「……三村?」

 

 木の陰に、彼はいた。

 血まみれの体を、横たえて。

 大声を出してはいけない。

 襲撃者に気付かれるわけにはいかないのだ。

 それでも信史は叫んだ。

 

「七原っ!」

 

 愛しい、彼の、名を。

 

「はは……三村だ……」

 弱々しく、秋也は笑う。

 顔についた血は、返り血なんかではない。

 それは、彼自身の……

「ななは……」

 再び名前を呼ぼうとして、信史は自分の声が震えている事に気付いた。

「三村だ……生きてた……」

 嬉しそうに笑う、秋也の顔に、生気はない。

 それに気付いてしまうくらい、こんな時まで自分は冷静で。

 ――お前、死ぬん、だな。

 どんな顔をしているんだろうか、と思った。

 悲しそうな顔なのだろうか。

 それとも、いつも通りの顔なのだろうか。

 自分では、よく分からなかった。

 ――悪い、七原。

 悲しむべきなんだろう。

 泣くべきなんだろう。

 または、怒るのか。

 秋也をこんな目に遭わせた、誰かに対して。

 けれど、そういう感情は溢れて来なかった。

 不思議と、妙に冷静な頭が、彼の命の火が消えかかっている事だけを理解している。

 誰にやられたのかと、訊いた方が良いのか。

 何か言いたい事はないかと、訊いた方が良いのか。

 そんな事を考えていたら。

「三村ぁ……」

「ん」

 そして秋也は、冒頭のセリフを、吐いた。

 

「お前、幸せになれないぜ」

 

 秋也は笑っていた。

 苦しそうに、笑っていた。

「おい七原。お前って奴は、なんて縁起でもない事を言うんだ?」

「はは」

 いつもの三村だ。

 そう言っているように見えた。

「だって、三村を幸せに出来るのは俺だけだから。

 俺が死ぬから、三村はもう幸せにはなれないよ。ずっと」

 秋也はそう言って、信史に向かって手を伸ばす。

 赤い、手を。

 自分に触れようとしている秋也の手を、信史は思わず避けた。

 無意識だった。

 それを見て、秋也はふっと笑った。とても優しそうに。

 涙が、零れるかと思った。

 こんな時まで、お前は。

「三村」

 ゴホっと、血の塊を吐き出す秋也。

 信史は目を、閉じた。

 ――あと、どのくらい生きられるんだ。

「三村……キスして、みむら……」

 その手を握って、気休めでも大丈夫だと、そう言えたなら。

 死ぬなと、叫ぶ事が出来たなら。

 いや、そんな事をしても、何も、変わりはしなくて。

 そっと唇を、近付ける。

「七原は、良かったな?俺に幸せにしてもらいながら死ねるんだから」

「うん……幸せ……」

 にっこりと、彼は笑った。

 ――ごめん、七原。泣けなくて。

 

 

 

 ごめん、七原。

 傍にいてやれなくて。

 

 

 

 信史はそっと目を開けた。

 パソコンのディスプレイが、淡い光を放っている。

 ――夢、か……

 少しだけ、眠ってしまっていたらしい。

 あんな夢を見るなんて。

 縁起でもない。

 

「  」

 

 声が、聞こえた気がした。

 誰かが叫んでいる。

「みんなー!聞いてー!」

 誰かが、叫んでいる。

 信史は、傍らに置いたベレッタM92Fをベルトに挿した。

 ――七原。まだ、生きてるか?

 

 

 

 俺を幸せにするお前は、まだ、生きているか?

 

 

 

END.



次はラブラブな37を書きたいと言いながらこれですよ(苦笑)
すみません、なんだか無性に、「お前を幸せに出来るのは俺だけだから」というセリフが使いたかったんです。それだけだったんです。
珍しく、プログラム中のパロ。
もう、シチュエーションとかほとんど忘れてしまったんで、凄くうろ覚えなんですけど。
雰囲気だけでも伝われば良いかな、と。
原作に忠実に書こうとすると、三村が恐ろしいほど冷たい人間になってしまうんですよね。
でもまぁ、これはこれで、みたいな。
ラストのセリフも、まぁそれなりに。

幸不幸は、私の造語です。