恋スル理由

 

 

 この気持ちを、否定するつもりなんてない。

 知りたいのは、理由だ。

 

 

 朝。

 昇降口で下駄箱から上履きを取る。

 床に投げてそれを履き、歩き出そうとした瞬間。

「七原!」

 誰かが彼を呼んだ声に、思わず反応してしまう。

 自分を呼ばれたわけでもないのに。

 振り返ると、いつの間にか背後に七原秋也がいて。

 彼を呼んだ主――新井田に返事をしている所だった。

 ああ。今日も彼が、笑顔を振り撒いている。

 人気者と呼ばれる所以の笑顔。

 自分が人気者でないとは思わないけど、それでも、秋也とは少し、違う気がする。

 彼の場合、男女平等に人気があるというか。

 自分は、男に好かれるタイプではないという事くらい分かっている。

 それで良いと思っているし。

 彼を羨ましいと思っているわけじゃない。

 ただ。

 この気持ちの、理由が知りたい。

 

 

 彼から視線を外すと、幼馴染がそこにいた。

「おはよう、シンジ。宿題やって来た?」

「当たり前だろ。あんなの授業中に終わったぜ」

 さすが、と目をキラキラさせる豊に、信史は苦笑して鞄を振った。

 この中身が欲しいんだろう?と。

「教室についたら、な?」

 笑えている、と思う。

 普通に。

 うん。普通だ。

 豊を目の前にしても、何も感じない。

 そういう言い方は語弊があるかもしれないけど。

 何も感じないというのはつまり――

「あっ、三村!俺にも見せてっ!!」

 

 どくん。

 

 跳ね上がる心臓を押さえつけ、信史は振り返る。

 新井田との会話をいつの間にか終わらせた秋也が、自分に向かってお願いする笑顔を見せていた。

 そう。

 彼にだけ。

 七原秋也に対してだけ、こんなにも心臓が反応する、なんて。

 信史はわざとらしく溜息をついた。

「お前らなぁ……人を頼らず自分の力でやってみるとか、そーゆー選択肢はないわけ?」

 豊と秋也は顔を見合わせ、苦笑し合った。

「だって……なぁ?」

「ねぇ?」

「自分でやったって」

「どうせ出来ないしー」

「はい、どうせとか言わない!」

 信史はそう言って、豊の頭を軽く小突いた。

 続いて秋也に目を向けると、自分も小突かれると思ったのか、秋也は体を引いた。

 衝動に、駆られる。

 傍に寄りたいとか。

 体に触れたいとか。

 そういった欲望を、必死で押さえつけて。

 拳をぎゅっと握って、下げる。

「分かんねぇ、な」

 じぃっと秋也を見ていたら、思わずそんな言葉が口から漏れた。

「え?何が?」

 それを聞いた豊が、不思議そうに首を傾げている。

「あ。いや……」

 

 

 自分の気持ちが分からない、わけじゃない。

 分からないのは、こんな気持ちになる理由だ。

 理由があると安心する。

 何の解決策にもならなくても。

 

 

「何で数学の宿題なんて、簡単に片付けられないのかね、と」

 そう誤魔化すと、豊は露骨に嫌な顔をした。

「うわっ。シンジ、それは理系頭の嫌味だよ!」

「そーか?」

 平然とした顔をして、話しながら廊下を歩く。

 傍に秋也がいるというだけで、こんなに鼓動が速くなっているのを、誰も気付かなければ良い。

「数学が出来る人間に、出来ない人間の気持ちは分からないのだ!ね!シューヤ!」

 豊の言葉に、秋也は勢いよく頷いている。

 髪が揺れて、微かに香りが漂った。

 

 

 ああ。もう。

 分かってないのはどっちだ。

 

 

「どうしようもねぇな……」

「何が!」

 だから、独り言……と信史は心の中で呟いた。

 思った事が口から出てしまうのは、それ以上に隠したいものを必死になって抑え付けているせいだろうか。

「意外に、やってみりゃ分かるかもよ?理解すれば、そう難しいもんでもないし」

 適当に返事をすると、今度は秋也が食いついてきた。

「じゃあ三村は国語の問題とか分かるんだな!?あの、作者が何を考えているかーみたいな問題」

「いやそれはさっぱり」

 なんでもないような顔をするのは、得意。

「ほら!人には得意不得意ってのがあるんだよ!仕方ないだろっ」

 思っている事を隠し通す事も。

「つっても、別に俺は国語全般が苦手なわけじゃないしなー。

 数学でも文章問題とかはあるわけだし。ああいうのって、問題を読み解くのは国語力だろ?」

 多分、後から思い返せば、今何を話していたかなんて忘れてしまって。

「あー。汚いよなー」

 それだけ自分がテンパってた事に気付くんだけど。

「何で」

 それは別にどうでも良くって。

「結局三村ってば、何でも出来るって事じゃん」

 何だってこんなにも。

「それが何で汚いんだよ」

 こいつに。

「羨ましいっつってんの!」

 ときめいてしまう、のか。

 

 

 性格は、良いと思う。

 かなり。

 でも、こいつにだって隠してる本性はあるだろうし、その隠してる部分に、凄く汚い所だってあるかもしれない。

 そう考えれば、俺はこいつの事を何も知らない。

 何も知らないのに、どうして。

 

 

 好きだなんて、思ったりする?

 

 

「それはそれは……気付きませんで」

 信史がかろうじてそう言うと、秋也は拗ねたように信史から視線を外した。

 ありがとうとか、言うべきだったんだろうかと、少し考える。

 羨ましいなんて。

 そんな風に思われるとは……思わなかった。

 他の人間にならまだ分かるけど。

 七原秋也という人間に、羨ましがられる、なんて。

「早く教室行かないと、写す時間なくなっちゃうよ!」

 豊が急かすように信史の背中を押す。

 ああ、と生返事をして、頭の中では秋也の事だけを考えていた。

 

 

 何故こんなにも、彼に惹かれ、彼にときめき、彼を愛しいと思えるのか。

 まるで引力でもあるかのように。

 まるで、自分の体がDNAレベルで彼を求めているかのように。

 どうしようもなく。

 

 

「七原」

「ん?」

「そういえばさっき、新井田と何話してたんだ?」

 軽い嫉妬という感情を押し隠して、そう訊く。

 彼等の会話の内容までは把握していなかった。

 自分には関係のない事だ、と思う。

 だけど気になる。

 気になる事を、否定しようとは思わない。

「ああ。宿題の答え合わせしないかって言われたから、やってないって」

「……なら、新井田に見せてもらえば良かったんじゃないか?」

「あ。そっか!気付かなかった」

 本当に気付かなかったのだろう。

 秋也は目を丸くした後、笑った。

 

「三村と瀬戸の話が耳に入ってきたからさ」

 

 きっとなんでもないセリフだ。

 彼は何も考えていない。深い意味なんてない。言葉通りでしかない。

 なのにこんなにも、ドキドキして、期待をしてしまう。

 例えば、自分の名前が先に呼ばれた事、とか。

 例えば、自分の存在を気にしてくれていた事、とか。

 なんて事ないって、分かっているのに跳ねる。

 

 

 この心臓の音が、誰にも、聞こえなければいい。

 

 

「あ、そ」

 この俺が、そう答えるだけでいっぱいいっぱいだなんて、誰が信じる?

 その笑顔すら、まともに見られない、なんて。

 誰も知りはしないし、気付かせもしないけど。

 

 

 頭よりも先に反応する、この心臓を。

 持て余して、いるんだ。

 

 

 

END.



物凄く久しぶりに書いた37(?)小説です。
珍しく三村片思いネタでした。
何でこの人に恋をしてしまったのか分からなくて戸惑ったり。
相手の何でもない言葉を深読みしてしまったり。
そういうドキドキが、伝われば良いな、と思います。

多分七原の方は何とも思っていないはず…
たまには三村の片思いも良いかなーって。
彼は顔に出さないだろうなぁ。