忌日

 

 

「大丈夫?」

と、典子が聞くので、秋也は小さく、頷いた。

 もう何度も、彼女の口から、この言葉が発せられるのを聞いている。

 とても優しい声で。

 けれど、とても、悲しい声で。

 最初は、毎日のように尋ねられていた言葉だと思う。

 典子に心配をかけてしまうほど、秋也は辛い顔をしていたのだろう。

 いっその事泣いてしまえたら、少しは辛さも、収まるのかもしれない。

 

 ここからは、海が見える。

 あの日見た、あの海と同じ海。

 島など見えるはずがないのに、秋也の目には、いつもあの島が映っている。

 そう。

 何度あの島へ行こうと思ったか分からない。

 思っても、思っても、どうにもならない事なのに。

「……大丈夫?」

 典子に気を遣わせてしまっているのが分かっていながら、微笑む事すら出来ない。

 秋也は目を閉じた。

 褪せる事のない記憶が、目の前に蘇る。

 

 

 

 

 

「死んだ人の歳を数えちゃいけないって、よく言うよな」

 信史はそう言いながら、秋也の髪に触れた。

 柔らかい髪が気持ち良くて、何度か撫でる。

「成仏出来ないから、だっけ?」

 秋也はおとなしく髪を触らせたまま、つぶやいた。

 信史の体温が心地良くて、このまま眠ってしまいそうだった。

 目を瞑ると、シーツから信史の匂いがして、秋也は微かに笑う。

 本人よりもシーツの香りの方が、強い気がするなんて。

「でもさ、同じ歳だったら、数えなくても分かるよな……」

 信史の声に、秋也は目を開けた。

 この角度からだと、顔がよく見えない。

「三村」

 仕方ないので、名前を呼んでみた。

「ん?」

 視線を自分に合わせてくれた信史の唇に、軽くキスをして。

「何が言いたいのか分からない」

 秋也はそう言うと、じっと信史の目を見た。

 目を逸らされるような事は無かったけれど、彼は口元に微かな笑みを浮かべて、秋也を見ている。

「三村」

 もう一度名前を呼ぶと、腕の中に包み込まれた。

 素肌が触れ合って、秋也は再び、目を閉じる。

「七原は、命日とかって、覚えてる方?」

「……三村、何が言いたいのか分かんないって……」

「俺、多分忘れる」

 顔は見えなかったけれど、信史の言葉が、嘘である事に気付いてしまって。

 秋也は黙り込んだ。

「どんなに好きな奴の命日でも、多分忘れる」

 そう言って、強く秋也を抱き締めてくる信史の背中に、腕を回して。

 しばらく黙っていると、嗚咽のようなものが、聞こえた気がした。

 ――忘れてないじゃん。

 そんな事を思いながら、秋也は信史の背中をそっと撫でた。

「忘れないよ、俺は。忘れない」

 繰り返しながら、背中を撫でる。

 小刻みに震えているのは、きっと気のせいではないはずだった。

 

 

 

 

 

「正直言って、実感無いんだ」

「え?」

 突然の秋也の言葉に、典子は思わず声に出していた。

 何を言われても、黙って聞いているつもりだったのに。

「あの時俺、寝てたから。今日だっていう、実感が無いんだ」

「……秋也くん……」

 それでも、覚えている。

 毎年この日になると、頭よりも先に、胸が。

 思い出すより前に、胸が痛くなるから。

 呼吸も出来ないほどに、苦しくなって。

 それでも、この日に泣いた事は一度もない。

 

 苦しくて。

 苦しすぎて。

 泣けないんだ。

 

 一緒に二十歳になるはずだったのに。

 

END.



できればこういう話は、書きたくなかったのです(なら書くな)
書いてるのは私なのに、何故だか胸が苦しくなるという…
辛すぎて泣けない事って、経験はないけれど、きっとあるような気がするんです。
私の場合、あまりに辛すぎて笑いしか出て来なかった事とかありますけど。
それはちょっとネタに出来ませんでした(そんなのイヤだ)
BRI持ってないんで分からないんですが、ちょっと立ち読んだところによると、典子サンの誕生日ってプログラム中なんですよね?いつでしたっけ…
彼女は自分の誕生日を迎える度に、思い出してしまうのでしょうね…

彼等に、黙祷を――