「そういえば、さぁ」

 突然、三村が何かを思い出したように言葉を吐くから、何かと思った。

 パソコンで、しなきゃいけない事があるから、とか言って、俺の方なんか見向きもしなかったくせに。

 別にそれに対して文句は言わないけど。

 急に家に訪ねて来た、俺も悪いわけだし。

 でもまぁ、これだけ構ってもらえなければ?

 多少機嫌が悪くなってしまうのは仕方のない事実で。

 だから、声をかけられた時は嬉しかった。

「何?」

 浮かれた気分は、多分声に出ていたんだと思う。

 背中越しでも、三村が失笑したのが分かって、しまったと思った。

「何だよ」

 照れ隠しに、少しふてくされたような声でそう言うと、

「いや?」

そう言って、三村はまた笑った。

 そのまま、再びパソコンに集中し始める。

 せっかくの会話のチャンスを、逃したのは俺で。

 後悔しながらも、どうしようもない事は分かっていて。

 三村の背中を見ながら、唇を噛んだ。

 三村の髪。短い髪。

 立たせるために、いつもワックスを使ってる、三村の髪。

 触ると怒るから、あまり触れなくて。

 だけど、セックスの時は、俺が三村の髪を触っても怒られない。

 多分、痛いくらい引っ張ってしまっているんだろうけど、三村は怒らない。

 そればかりか、ちゃんとセックスするって分かっている時は、なるべくワックスをつけないようにしているみたいで。

 そんな、ちょっとした心遣いが、やっぱり好きで。

 触りたくて、うずうずした。

 だけど、三村がパソコンに集中してる時、それを邪魔しちゃいけないって事も分かってる。

 あからさまに不機嫌になったりはしないけど、冗談っぽく、俺を戒めるような言葉を投げる。

 俺は、それが自分のせいだって分かってても、やっぱり悲しくなるし、何も言えなくなるから。

 だから、三村が集中している時くらいは、自分の欲望は抑えなくては、と思う。

 ああ、でも触りたい。

 三村の、髪……

「――あれ?」

 俺の小さな呟きは、三村の耳には届かなかったらしくて。

 三村は相変わらずディスプレイを睨みながら、キーボードを叩いている。

 それは良いんだけど。

 もしかして、三村、今日ワックス使ってない?

 一応髪は立ってるし、普段と変わらないようにも見えるけど。

 サラサラしているようにも、見える。

 視力は悪くない方だから、多分、間違いないはずなんだけど……

 どうして?

 俺が今日家に来る事は、三村には言ってなかったし。

 だから三村は、自分の事で手一杯なわけだし。

 それなのに、どうして?

 髪をセットするのが面倒臭かったのなら、わざわざワックスを使わずに立たせたりはしないはず。

 そうして、俺はさっき三村が何か言いかけた事を思い出して。

 ある事に思い当たって。

 それが、あまりに嬉しくて。

 邪魔になるって、分かっていながら。

 三村の背中に、抱きついた。

「七原。まだ待ってろって」

 困ったような三村の声。

 それでも驚かないあたり、きっと、俺がこうする事を予想していたんだろう。

 多分、可能性のひとつとして。

「ごめん。でも、嬉しくて」

 俺は抱きついたままそう言って、目を閉じた。

 三村の体温だけを感じる。

 だって。

「覚えてて、くれたんだ?」

 それが、本当に嬉しくて。

「さっき思い出しただけだって。言いかけただろ」

 三村の嘘つき。

 それなら、この髪は何だよ。

 でも、黙ってる。

 きっと、単なる照れ隠しだから。

 もし俺が、今日三村の家に来なかったら、お前、どうした?

 多分、それを聞いたら三村は笑う。

 お前が来る事は、分かってたって、きっとそう言う。

「三村、大好き……」

 三村はふっと笑って、俺に、口付けをくれた。

 

 

 

 

 

 来年も、きっと一緒にいよう。

 俺達が出会った、記念日、だから。

 

 

 

 

 

END.



サイト一周年記念に書いてみました。記念日37小説。
しかも、私にしては珍しい一人称で。苦手なんですよね、一人称って…
別に一人称にしようと思ったわけではなかったんだけど、いつの間にかそうなっていたという…
この三村は、ちょっと冷めた感じがするかな?とも思うけど、こんな37も好きなんです。
三村が七原を溺愛してるだけじゃなくて、七原の方も三村が好きなんだっていう感じ。

こんな感じで、これからも色々なパターンの37を書いていけたら良いな、と思っています。
どうぞこれからもよろしくお願い致します。