痛み

 

 

 こんなはずじゃなかった。

 

 そんな言葉をいくら吐いたって、何も変わらない。

 変わりはしない。

 目に映る現実も、彼の心も。

 

 

 

「起立」

 委員長内海幸枝の声で、充は我に返った。

 いつの間にか、つまらない授業は終わってしまっていたらしい。

 気がつかないうちに授業が終わるなど、初めての事かもしれなかった。

「充、何ボーっとしてんだよ?」

 かけられた声に、座ったまま振り返る。

 見ると、それは黒長博だった。隣には笹川竜平もいて、帰る仕度が終わった彼らは、席を立たない充を、不思議そうに見ている。

「あー……もう学校終わりだっけか?」

 授業どころか、6限まですでに終わっていたらしい。

 充の間抜けな答えに、竜平は少し顔を歪めて近付いた。

「お前、熱でもあるんじゃねーの?」

 そう言いながら、半ば茶化すように自分の額と充の額に手を当てる。

「……ねぇな」

 当たり前の事を言うと、充にその手を跳ね除けられた。

「うるっせぇな。触んじゃねーよっ!」

 いつもの態度に、博は肩を竦める。

 竜平は軽く口笛を吹くと、つまらなそうに教室から出て行った。

「ボスが触っても何も言わねーくせに」

 けっ、と、そう言ったのが聞こえた。

「オイ、竜平!」

 博は慌てて彼の後を追う。充は、彼らの出て行った扉を睨みつけたまま、つぶやいた。

「当たり前だ。お前らとは違うんだよ、ボスは――」

 それから、思い出したように教室内を見回す。

 ――見たくも無いものを見てしまって、充の視線はそこで止まった。

「桐山、これ、ありがとな」

 秋也が、そう言いながら桐山に何かを手渡しているのが見える。

 それは何か薄い本のようで、けれど、そんな事は充にとってどうでも良かった。

「あぁ。別に構わない」

「良かったら、また貸してくれるか?」

 少し首を傾げながらそう言う秋也に向かって、微かに頷く桐山の姿。

 

 ――知らない。

 

「良かった!サンキュ、桐山っ」

 秋也が笑いながら、桐山の肩を叩く。

「あぁ」

 桐山はそれだけ言って、返された本を鞄にしまう。

 

 ボスのそんな顔、俺は知らない。

 

 きっと誰もが見逃すような、小さな変化。

 常に表情を崩す事のない、充にとっての王が。

 彼にとって、絶対的な存在である桐山が、ほんの少しだけ秋也に見せる――笑顔。

 

 

 

 むしゃくしゃした。

 何もかも、どうだって良かった。

 何で七原なんだ、とか。

 何であんな顔するんだよ、とか。

 考える事すら面倒臭くて。

 頭が痛くて。

「痛いのは胸だろ、バーカ」

 上からする竜平の声に、気付かないふりをした。

「お前が俺んとこ来るのなんて、こういう時ばっかな」

 竜平の呆れたような声が、妙に苛々して。

 殴ってやろうかと思ったが、そういう力は入らなかった。

「っ……うるせぇよっ……ぅくっ」

「も少し可愛げがあれば、優しくしてやんのによ?」

 そんな事は少しも望んでいなかったから、さらに苛々は募る。

「っせぇっつってんだよっ……!!」

「迫力ねぇよ、こんな格好で」

「ぅあッ……」

「今のお前、すげぇカッコワリィ」

 うるさいと、もう一度だけ言いたかったけれど、充のそれは言葉にならなかった。

 

 

 

 何もかもどうでも良かったから。

 桐山のそんな顔も、彼に微笑む秋也の顔も、何も見たくなかった。

「沼井、今日、桐山来てないのか?」

 それなのに、平然とした顔で自分の前に立つ秋也が憎くて。

「知らねぇよ。ボスに何の用だ」

「これ、返そうと思って」

 秋也が差し出したのは、薄っぺらな楽譜だった。

 

 こんな物で、壊れたんだ。

 

「俺が渡しといてやるよ」

 そう言って受け取ると、それはやけに軽くて。

 

 この程度の物で、全部が。

 

 充は、頭に血が上るのを感じた。

「お前、こんな物でボスと通じ合おうとしてんのかよ?」

「え?」

 わけが分からないといった顔で、秋也は充を見る。

 その態度とか、その視線とか。

 何もかもが気に入らなかった。

「ウザいんだよ、お前」

 きっと、いきなり殴らなかっただけ、マシな方。

「――消えろ」

 

 

 

 全てを見ていた竜平が、後で近くに寄って来て。

 彼の顔を見ずに、後ろからそっと。

 耳元で、囁いた。

「充、カッコワリィー」

「……るせぇよ……」

 

 消えてしまえばいい。

 俺の中から。

 そうしたらきっと、この胸の痛みもなくなるから。

 

 

 

 好きになるなんて、有り得なかったのに。

 

 

 

END.



5000HITの七瀬琥珀さまのリク。
『沼七。桐山の気持ち(桐→七)に気付いてしまった充が七原に
嫉妬するも、段々自分も七原に嵌っていってしまう切なげちっくなお話。』との事で、私もそれを目指して書いていたはずなのですが。
…ごめんなさい…突発的犯行に及びました…(汗)
だってこれ、誰がどう見ても『笹沼』ですよねぇっ!?(滝汗)
桐沼や37ならともかくとして、何勝手に笹沼設定盛り込んでるんだ、私ィっ!?
あぁ、もう、自分でも何が何やら分かってません…なんでこんな事になったのでせう?(訊くな)
何故かですね、急に笹沼が頭に浮かんだと言うか、勝手に笹川が行動を起こしたと言うか…(汗)
で、でも、書いてて楽しかったです…(笑)
えと、もしアレでしたら、マジで書き直しますので、仰って下さいねっ!!
では、一応…こんなんで宜しければ、琥珀さんに捧げます…
ありがとうございました〜vv