本気



 

本気

 

 

「シューヤ、シンジと付き合ってるの?」

 そう瀬戸豊に訊かれたのは、秋也が必死で、委員長、内海幸枝に借りた数学の宿題を写している時だった。

 信史は、他のクラスに行っている。女の子の誰かに、ノートを借りに行ったらしい。

 「結局お前、やらなかったんだな」と、秋也が言うと、信史は何食わぬ顔で、「七原の事が気になって集中出来なかった」と答えていたが。

 その隙を狙って、豊は秋也に声をかけたのだ。何せ、二人は(普段は杉村弘樹も)一緒にいる事が多く、一人でいる事は珍しいのだから。

 あまりに唐突なその言葉に、秋也はぽかんと口を開け、豊を見つめる。早く写してしまわなければ、先生が来てしまうのに。

(ツキアッテル?????)

 秋也が何も言えないでいると、豊は焦れたように続けた。

「だってシンジは、シューヤが好きなんでしょ?」

「???」

 豊が何を言いたいのか、秋也には分からない。ただ、豊の目が、いつもより真剣に見えた。もちろん、それは気のせいなどではない。

(そんな事、三村に聞けよ。三村の気持ちなんか、あいつ自身にしか――)

 そこで、ハッとする。

「二人って、両思いなの?」

 豊の言葉が、秋也の心に突き刺さった。「両思い」。お互いに好きだという事。

(そりゃ、俺は――でも、三村は?)

「……知らない」

 秋也はぼそっとつぶやいた。豊は納得していないようだったが、それ以上は追及してこない。

(だって、「好きだ」なんて、言われてない。俺は、聞いてない)

 

「当たり前だろ。言ってないんだから」

 信史はそう言って、水道の蛇口をひねった。

 水がざあざあと流れて、そこに頭を突っ込む。

 今日もハードな部活だった。女の子たちの黄色い声援には、笑顔で応えていたけれど。

「で?それを聞くためにわざわざ待ってたのか?部活が終わるまで?」

 髪から滴る水が、信史のティーシャツを濡らす。白いシャツが透けて、肌の色が見えた。

「七原って、可愛い事するよな」

 信史がくすくすと笑う。心なしか嬉しそうだ。秋也は思わず信史から目をそらした。

(――その格好、やばいって、三村)

 

 部活後の三村は、壮絶に色っぽい。熱で紅潮した顔とか、額から落ちる汗とか。それから、その、肌に張り付いた白いシャツも。妙な気分に、なる。

 

「なら、俺も聞いてないなぁ。七原、俺の事好き?」

「そんなの、言わなくたって……」

 秋也は信史を視界に入れないようにしてつぶやいた。できる事なら、見ていたいのだけれど。それでも、信史の姿は目に毒だった。

「じゃあ、俺が七原を好きかどうかも、言わなくたって分かるだろ?」

 信史の言う事はもっともだった。なので、余計に腹が立った。

「三村、ずるい」

「どっちが?」

 信史はそう言って笑った。

 

「あれ?三村は?」

 秋也は、更衣室から出てきたバスケ部の部員に尋ねる。確か、一緒に帰ろうと言っていたはずだった。

「信史?さぁ?もう帰ったんじゃないのか?」

 そんなはずはない。秋也が待っているのは知っているのだから、先に帰るのなら何かひとこと言っていくはずだ。

(なんだよ、あいつ。俺を探してるとか?……行き違い、かな)

 秋也はふぅ、と息を吐いて歩き出した。

 

「シンジ、シューヤとキスとか、した?」

 豊が信史にそう尋ねている現場に出くわしたのは、偶然だった。いや、秋也は信史を探していたのだから、それは必然かもしれない。

 秋也は思わず身を隠す。人目につかない階段の踊り場で、豊と信史は二人きりだった。

「なんだよ、いきなり」

 信史は慌てた風もなく、豊の頭に手を置く。

「妬いてんのか?」

 からかうような声。口元には、きっと笑みを浮かべている。

 秋也はそこに、自分を見た気がした。

(そう、俺も、そう言われた)

「シンジ」

 真剣な、豊の声。ここからでは見えないが、その声にふさわしい、真剣な表情をしているのだろう。

 秋也はそこから動けなくなって、じっと耳を澄ました。

「――してないよ」

「ホントに?」

 確認するように、豊は信史の目を覗き込んだ。

(三村がしてないって言ってるんだから、信じろよ)

 秋也は、何故豊がそんな事を信史に聞いているのか分からなかった。信史の方は、なんとなくその理由に感づいていたかもしれないが。

「ホントだって。七原にキスなんか出来ない」

 ガン、と、殴られたような衝撃。秋也は胸のあたりに手をやった。なんだかそのあたりが、痛い気がして。

(「キスなんか出来ない」今、そう言ったのか?……そう、聞こえた)

 その後に信史は豊に向かって理由を説明していたのだが、その時走り出した秋也の耳には入らなかった。まるで逃げるように、秋也はその場から離れた。

 

 結局、そういう事だろ。だって、好きだなんて言われた覚えはない。女の子に対するみたいな“遊び”でさえ、多分、なかった。

 三村は、俺をからかっただけなんだ。いつもみたいに。

 秋也は自分の部屋にこもり、落ち込んでいた。何度か慶時が様子を見に来たようだったが、秋也は何も言わなかった。

(言えるか?こんな事で落ち込んでる、なんて。馬鹿みたいだ、俺。三村の言う事、真に受けたりして。「好きだ」なんて、言われなかったのに)

「七原!」

 窓の外に、信史が顔を出す。秋也は自分の目を疑った。それは確かに信史で、幻などではなさそうだった。「出て来いよ」と言って、秋也を手招きしている。秋也はしぶしぶ窓を乗り越え、夜の空気に触れた。靴はなかったが、足が汚れるのは気にならなかった。

「何で今日、先に帰ったんだよ?一緒に帰るって言わなかったか?」

 拗ねたような信史の顔。多分、ずっと秋也を探していたのだろう。秋也はそれに対し、申し訳ないとさえ思えなかった。

「……知らない……」

 信史の顔を見ようとしない秋也。それに、信史はすぐ気付く。

「何?なんだよ、なんかあったのか?具合、悪かったとか――」

 言いながら、信史はそっと秋也に手を伸ばした。

「七原――」

 秋也はその手を露骨に避ける。信史の顔が歪んだ。

(避けられた、のか?何で?)

 秋也が自分を避けるなんて信じられなかった。

「――何?俺、なんかしたか?」

 少しだけ、悲しそうな瞳。

(しただろ。すごく、おもいっきり。自分の胸に手を当てて考えてみろよ)

 秋也はそう思いつつ、信史の顔を見ないままつぶやいた。

「……ったくせに……」

 小さな小さな声。

「え?」

 信史が聞き返すと、秋也はキッと信史を睨んだ。

「俺とはキス出来ないって言ったくせに!」

「七……原……?あれ、聞いて……?」

 唇を噛みしめている秋也の姿が、やたらと小さく見えた。

(参ったな、豊との会話、聞かれてたのか。けど、この様子だと、最後までは聞いてないな。やれやれ……)

「違うって、ちゃんと聞けよ」

「もういい。分かったから」

 聞く耳持たない、という風に、秋也はうつむく。

(――分かってる。分かってるんだ。七原のこれは俺の言葉に傷ついたって事で、俺はそれだけこいつに想われてるって事なんだ。それは分かる。俺の言う事なんて、聞きたくないんだろ?だけどな……!)

 いらっ……

「何が。何が分かったんだよ!?」

「三村は俺をからかってただけだって……!」

 間髪いれずに秋也は答えた。 

(――なんで……なんで分かんないかね、こいつは!俺がこんなにも七原を想っている事を、何故分からない?「からかってただけ」?あー、そうですか。あの放課後の教室での事も、その後抱き合った事も、俺の心拍数の速さも、ぜーんぶ、ただからかってただけなんですか。へー、すごいねぇ、三村くん。自分で心拍数変えられるんだ。それで好みの女の子をオトすとか?それはそれは――ふざけるなよ……!)

 体が勝手に動いた。気がつくと、信史は秋也の体を思い切り引っ張って、秋也の唇に自分の唇を重ねていた。

!!」

 やわらかい、感触。

 秋也は、ドンッと信史の体を突きとばす。

「何する……!!」

 照れのためか、怒りのためか、秋也は赤くなった顔で信史を睨んでいた。

(――あぁ、やっちまった。ざまぁねえな。でも、七原が悪い)

「いいか、よく聞けよ!?俺がキス出来ないって言ったのはなあっ」

(言うのか?信史、言っていいのか?

 ――かまうもんか、七原に誤解されたままでいるよりましだ!)

「言ったのは……」

 信史の声が少し、小さくなる。

「癖になるって、分かってたからだよ……っ」

 

「七原とキスなんか出来ない。そんな事したら、絶対癖になる」

 

「え?」

 信史が何を言ったのか理解できないような顔で、秋也は首をかしげた。

「だって、触れたら手放せなくなる。麻薬みたいなもんだよ、七原は。俺だけのものにしたくなって、束縛しちまう」

「三村……」

 心の中が暖かくなっていくような思いに、秋也は何を言ったらいいのか分からなかった。

 ただ、妙に嬉しくて、じんわりと目頭が熱くなる。

「悪かった。初めてだったのにな……」

 信史がバツの悪そうな顔で自分の頭を掻く。秋也はそんな信史に近付き、自分からキスをした。

「いい……相手が三村だって事に、変わりないから」

「七原……」

(もう、なんだってこんなに可愛いんだよ、七原ぁっ!)

 信史は、秋也を抱きしめたい衝動に駆られた。そして、それは抗えるものではなかった。

 ぎゅうっ

「み、三村っ」

 力強く抱きしめると、苦しそうな声が秋也の口から漏れる。

(あぁ、なんか幸せだな、俺。七原に、こんなに想われてるなんて。まあ、クラスの女子(さしずめ委員長の内海幸枝当たりか?)には悪いけど)

「七原、もっかい、して、い?」

 信史が珍しく、そんな事を聞いてきた。秋也は頷く代わりに、キュッと信史の背中に腕を回す。

(だって、いいとか言えないだろ。恥ずかしいんだから)

 目を閉じて、待つ。信史の手が秋也の頬に添えられた。

 触れ合うだけの、キス。

 それだけで満足している自分に、信史は少し、戸惑っていた。

(あぁ、キスなんて、それこそ何度もしたけど。その度、いいものだなんて思えなかったけど。相手が違うと、こんなにも……)

「七原、俺、ちゃんと本気だからな。信用しろよ?」

「あぁ……俺も、同じだ」

 だから……

 

 今日は、ここまでにしよう。

 彼を、傷つけないように。

 大切に、大切に……

 

 

To be continued.

 

 


『FIRST』シリーズ第5弾です。
このシリーズの豊は、信史に片思いをしている様子…
豊書いたの初めてで、どんな風にしようか迷ったんですが。
なんか、こんな風になってしまいました。
泥沼にならなかったのが、せめてもの救い…
しようと思ったけど、出来なかったんですよ。あまりに37が好きで(アホ)
それにしても、何なんだ、この話…
七原を、男の子にしたかったらしいです…(何か間違っている)
それなのに、なんか少女漫画…(汗)
えっと…まだ続くの…?(爆)