春だから。

 

 

 こんな事を言ったら、まるで自意識過剰みたいだけど、と前置きしてから、秋也は小さい声で呟く。

「近頃、誰かに見られてるような気がするんだ」

 放課後の教室。

 部活に行った生徒や、帰宅した生徒はいるものの、まだ何人かは教室内に残っている。

 秋也は自分の席に座って、周りを囲むように弘樹と慶時、豊がいた。

 秋也の声は、恐らく周りには聞こえていないだろうが、一応、弘樹はサッと視線を教室内に巡らせる。

 誰もこちらは見ていない。

 何を言おうか一瞬考えて――最初に声を発したのは豊だった。

「どんな時に?」

「帰りとか、良子先生に頼まれて、お遣いに行ったりとかした時……」

「えぇ?俺、気付かなかったけど……」

 そんな時は大抵一緒にいる慶時が、驚きの声をあげる。

 秋也は困ったような顔をしたまま、深く溜息をついた。

「うん……それが、俺が1人でいる時だけ、みたいで……なんか、気味が悪くってさ」

 真剣な顔で悩みを打ち明けた秋也に、弘樹達は言葉を詰まらせた。

 1人でいる秋也を、陰からこっそり見ているような人物に、心当たりがあったから。

 無言のまま3人は顔を見合わせる。

 それぞれが同じ人物を思い浮かべているだろうという事は、手に取るように分かった。

「それってもしかして……」

 豊がそう言いかけた時。

「お前ら、何してんの?」

 豊と慶時の間から、問題の人物が顔を出した。

「三村!部活は?」

 焦った秋也が、ガタンと椅子を引きながら尋ねる。

 こんな話を、信史に聞かれたくはなかった。

「あぁ、机の中に雑誌忘れて――」

「シンジ!」

 信史の声を遮って、豊が真剣な顔つきで彼を睨む。

「な、何だよ」

 それに怯んで一歩下がると、豊の代わりに弘樹が口を挟んだ。

「七原が、最近1人でいると何者かの視線を感じるそうだ」

「杉村ッ!」

 秋也は慌てて立ち上がり、弘樹の口を塞ごうとしたが、もう遅い。

 言葉はしっかり信史の耳に入り、彼は眉間にしわを寄せた。

「何だって?」

「ちがっ、三村っ、何でもないんだ!平気だから!!」

 心配をかけたくはないのに。

 そんな気持ちでいっぱいの秋也をよそに、弘樹は真剣な顔で信史を見つめた。

「で、心当たりはないか。三村」

 信史の眉が、ぴくんと跳ね上がる。

 弘樹の言葉に、含みを感じて。

「それ、どーいう意味かな?杉村クン?」

 引きつる笑みを浮かべながら、自分に向けられた6つの目を見渡す。

「何が言いたいんだ、お前ら」

 秋也はキョトンとした顔をしているが、他の3人は明らかに非難の目で信史を見ていた。

 特に、豊。

「白状した方が良いと思うよ。今なら土下座して謝れば許されない事もないと思うし」

「三村、ストーカーまがいの事はやめた方が……」

「七原に詫びろ」

 信史はぐっと拳に力をこめる。

「お前ら、一体俺をどういう目で見てるんだ……!」

「「「こーいう目」」」

 3人は見事に声をハモらせて、信史をジト目で睨みつけた。

「お・ま・え・ら・ぁ〜っっっ!!」

「疑われたくないなら真犯人を見つけるんだな」

「出来ないなら謝った方が良いよ、シンジ」

「当分は俺が秋也と一緒にいるから安心して」

 

 ダンッ!

 

 信史は机に手をついて、3人を睨み返す。

「あぁ、見つけてやるよ!このザ・サード・マン三村信史がな!お前ら、俺を疑った事を後悔させてやる!」

「無理無理」

 豊はそう言って、教室を出た。

 まぁこれで、秋也が変な奴に狙われなくなれば良いという事で。

 

 

 

 そして、数日後。

 見事に秋也の周りから、妙な男(?)の気配はなくなった。

「シンジ、バレたからやめたんでしょ?シューヤ、被害がなくて良かったね」

 豊の頭を叩きたい気持ちに駆られながらも、とりあえずは秋也が無事ならそれで……

「良いわけないだろ」

 信史はそう言って、ポンと秋也の肩に手を置く。

「頼む、七原。囮になってくれ。お前を危険な目には遭わせないから!」

「何言ってんだよ、シンジ!バカじゃないの!?」

 この際豊の声は無視。

 このままでは自分が犯人扱いされてしまう。

「えーと……」

 困ったように頭を掻く秋也の両肩を掴んで、真っ直ぐ目を見つめた。

「本当の悪をそのままにして良いのか!?良くないよな!?」

 そんな言われ方をして、断れるはずがないと分かっていながら。

「三村、汚い……」

「言うな国信。奴も必死なんだ」

 弘樹はそう言って、こみ上げてくる笑いを抑えた。

 

 

 

 何度も、声をかけようとした。

 その肩に、手を乗せて。

 こちらを振り向かせて。

 でも勇気がなくて、いつも、何も言えないままで。

 そのうち、彼は――七原秋也という男は、他のクラスメイトらしき男といつも一緒にいるようになって。

 ますます声をかけられなくなった。

 自分はチャンスを逃したのだ。

 諦めかけていた、今日。

 また、彼が1人で歩いている。

 しかも、こんな夜に、こんな人通りのない道を。

 これは神が与えたチャンス。

 今日こそは――!

 

 

 

 男は思い切って足を踏み出した。

 秋也に向かって、真っ直ぐに歩く。

 最初は恐る恐るだったが、徐々に歩幅を広げて、彼に近付き……

「ストップ」

 声と共に、腕を掴まれた。

「おたく、ここでナニしてんの?」

 にやり、と、口元に笑みを浮かべて。

 その余裕面とは釣り合わない程の握力で男の腕を掴み、三村信史は、尋ねた。

 秋也はそれに気付かなかったのか、すたすたと闇に消えて行く。

「お、俺はただ、七原くんに……」

 男は怯えたように体を引き、信史から逃れようとしたが、彼はそれを許さない。

「あらあら、名前まで調べちゃって。七原クンてばモテモテ」

 ふざけたような口調と、表情が、男の恐怖を煽った。

 信史は男の腕を放し、胸倉を掴んで引き寄せる。

「でもさ、あいつは俺のなんだよ」

 じっと、男の目を見据えて。

「分かったら、二度と近付かないでくれます?でないと俺、何するか分かんないし」

 こくこくと、男が頷く。

 声が出ないほど、怯えているようだったけれど。

 信史はトドメとばかり、男の腹部を思い切り蹴り飛ばした。

「ぁぐッ!!」

 声にならない声をあげて、男はその場に倒れ込む。

「何か、言い残す事は?」

 男を冷たく見下ろして、信史は指の骨を鳴らすパフォーマンスをしてみせた。

「ぁ……こ、これ、を……彼に……」

 胸ポケットから何かを取り出し、信史に渡そうとする。 

 ラブレターか何かかと、思ったけれど。

 そうならば破ってやろうとも思ったのだけれど。

 それは、秋也の生徒手帳だった。

「……えーと……これ、は?」

「お、落し物……」

 男はびくびくしながら信史を見ている。

「確認したいんですけど……あんた、ここんとこずっと七原を見ていた奴に、間違いないよな?」

「た、多分。

 あの……人見知りするタチで、なかなか声かけられなくて……」

 信史は頭を抱えた。

 これはひょっとしてひょっとすると。

「あー……えーと……ま、まぁ、これに懲りたら落し物は交番にって事で」

 そう言い残してザ・サード・マンは闇に消えた。

 まるで、逃げるように。

 

 

 

「ほら、七原」

 翌日、信史は何食わぬ顔をして、男から受け取った生徒手帳を秋也に手渡した。

「あれ?どうしたんだよ、これ?なくしたと思ってたのに」

「ああ、お前を尾行してた男が……盗んでたんだよ」

 一瞬遠い目をして、信史は言う。

「何はともあれ、事件は解決!おら、豊!人を疑った事を謝れ!」

「何それ。日頃の行いが悪いからいけないんでしょ」

 豊はふふんと鼻で笑い飛ばした。

「お前っ……!国信!お前も謝れよ!」

「秋也を囮にした件は許すよ」

 良かったな、と、慶時は秋也の肩を叩く。

「こいつらっ……!杉村、お前は謝れよな!?」

 ギッと睨みつけると、弘樹は平然とした顔で、信史の耳元に口を寄せた。

「無抵抗の人間に暴力を振るうのは、傷害罪になるんだぞ?」

「!?」

 声を殺して、弘樹は笑う。

 信史は何も言えなくなって、空に向かって叫んだ。

「ちくしょーーーっっ!!」

 その声に驚いて、秋也が振り返る。

「三村、どうしたんだ?」

「さぁ?」

 と弘樹。

「春だからな」

 

 

 

END.



一応37のはずなのですが…そして、本当はこんな話が書きたかったわけではないのですが…
当初の予定:七原を狙っている変態がいる!三村!犯人を見つけて退治しろ!
書き終わった後:三村いじめ?
おかしいです…カッコ良い三村の話を書こうと思っていたのに。
そして、世の中の変態を退治する話が書きたかったのに。
ううむ…どこで狂ったんだろう?

次はもっとラブラブいちゃいちゃでバカップルな37を書きたいなぁなどと思いつつ…