愛情表現

 

 

「しばらく距離を置きたいんだ」

と、信史が言った。

 ファーストフードで小腹を満たしている、その時に。

 デートの真っ最中、何てことない会話の中で。

 秋也は少し驚いた顔をして、けれどすぐに、ああやっぱりなという顔になって、うん、と短く頷いた。

「驚くかと思った」

 ほんの少しだけ意外そうに、信史が言う。

「うん」

 秋也は同じように頷いて、信史から視線を外したままストローに口をつけた。

 驚いてはいる、けど。

「そう、思ってるだろうな、と思ったから」

 一口だけ飲んで、口を離す。

 信史が自分を見つめているのが分かった。

「何で?」

「俺も、馬鹿じゃないから」

 分かるよ、と秋也は言う。

「今日、俺に会った時の顔とか、会話の仕方とか、キスの仕方、抱き方、三村の行動を見て、感じてたらそのくらい分かる……

 気付けないくらい馬鹿だったら、良かったんだけどな」

 それも辛いか、と、自嘲気味に笑ってストローに再び口をつける。今度は飲まずに軽く噛んだ。

「でも、考えを態度に出さない三村の事だから。思わず行動に出たと言うよりは、俺に気付かせるように、“出した”んだろうな、と思って。

 それなら、きっと言われるなって、覚悟はしてた」

 秋也の話を聞いて、信史は黙り込む。

 そういうつもりは、多分、無かった。

 全く無かったわけでもないと思うけれど。

「泣くかと思った」

 三村が大好き、とためらいもなく口に出す秋也の事だから。

 こんな事を言ったら、また泣き出すかと。

「三村が、涙に弱いのは、知ってる。俺は多分、それを結構利用してた。

 今も、本当は泣きたいけど、でも、泣いても仕方のない事なんだって、分かるから」

 それでも決して。秋也は信史と視線を合わさなかった。

 俯いて、自分のトレイを見ながら話している。

 無意識か、それとも意識的なのか。

 嘘をつく時、我慢をしてる時、秋也は人の顔を見ない。

 信史は何も言わない。

 何かを必死で言おうとしているかもしれない秋也を見て、口を挟む気も、助け舟を出してやる気も、なかったから。

 秋也は、何でなのかと問いたかったけれど、返事が怖くて聞けなかった。

 変に問いただしたら、別れ話に発展する事だってあるかもしれない。

 

 

 

 信史にとって、恋愛は義務だったのではないかと、秋也は思った。

 メール、電話、デート、キス、セックス。

 それら全てが、付き合っているならしなければならない事で、相手が望むから、それに応えていただけなのではないかと。

 けれど、それに付き合い続けていると、自分の時間がなくなってくる。

 もともとが義務だと思っているのだから、その義務をなくすために、その対象をなくそうとするのは当然の事。

 それでも、「別れよう」ではなく、「距離を置こう」と言ったのだから、少しは自分の事を好きだと思ってくれているのだろう、と。

 そう、信じたかっただけかもしれない。

 

 

 

「付き合ってるメリットより、付き合ってる事に対して起こるデメリットの方が大きかったら、意味ないだろ?」

 秋也は、自分の中で必死に考えて出した答えを口にする。

「七原がそんな事言うなんて、意外だな」

 信史は茶化すように笑った。秋也に、笑い返す余裕はなかった。

 意外、なのだろうか。それは。

 人との関係を、メリットやデメリットで判断するのは好きではないけれど。

 会いたくない、とか。

 面倒臭い、とか。

 別れたい、とか。

 そんな風に思われるのは、嫌だった。

 だからこれは、自分を納得させるための言葉。

 好きだから、好きでいて欲しい。

 自分だけが会いたいと思っていたって、相手にも思ってもらえないなら意味がない。

 嫌われるくらいなら、我慢する。

 

 

 

 秋也にとって、カラダは手段だった。

 信史を繋ぎとめておくための。

 自分の快楽も確かにあったけれど、それ以上に、信史の欲望の捌け口にでもなれるなら、捨てられる事はないと思っていたから。

 けれど、気付いてしまった。

 彼にとっては、秋也を抱く事すらも、相手に望まれたからそれに応えている――義務に過ぎないのだと。

 

 

 

 涙を、堪える。

 泣いて、喚いて、すがって。

 そうして見て貰っても、意味がないから。

「七原」

 いつもの信史の声に、感情が溢れ出しそうになる。

「俺は、七原の事――付き合っているなら、ちゃんと好きでいたいんだ。

 今は近すぎて、それが見えなくなってる。だから、距離を置こう」

 

 

 

 ――ああ……

 

 

 

 好きでいたい、のなら。

 それはもう“義務”。

 

 

 

 そうだな、と秋也は笑った。

 感情を押し殺して笑った。

 

 

 

 長く一緒にい過ぎたせい?

 欠点が見えてきたから?

 同じ関係に疲れた?

 それじゃあ、多分。

 俺とお前の未来は繋がってないね。

 

 

 

 好きでいて欲しかった。

 好きでいてくれると思ってた。

 自分の全てを受け入れて、全部を――

 そんなのは無理な事なのかもしれないけれど。

 それは分かっているけれど。

 それでも好きでいて欲しかったんだ。

 

 

 

 好かれてなかったなんて言わない。

 愛されてなかっただなんて思わない。

 だけど、お前と付き合っている間の俺。

 ずっと片思いしてるみたいだったよ。

 本当に愛されているのか、ずっと不安だったよ。

 そんな事も分からないのかと、お前は怒るかもしれないけど。

 

 

 

 三村が、大好きで、大好きで、大好きで。

 必死だった。

 心が離れていくのを感じていたから。

 好きでい続けてもらうために、必死で。

 俺にはお前が必要なんだ、と。

 でもそれはきっと、逆効果だったんだろう。

 自分の気持ちだけを押し付けていたに過ぎないんだろう。

 例えば三村が俺を好きじゃなくなっても、俺は三村が大好きで。

 だけど、振り向いてもらえないのなら、諦めてしまうかもしれない。

 片思いの辛さから、逃げてしまうかもしれない。

 逃げた俺を、お前は追いかけない。

 きっと何も言わず、そのまま俺から離れるんだろう。

 それが凄く嫌だから、俺はお前を好きじゃなくなる事が出来ない。

 俺の気持ちが、三村から離れそうになった事もある。

 いつまでも、俺に愛されてると思うなよ。そう思った事が。

 でも駄目なんだ、結局。

 お前は俺を束縛していないと言うかもしれないけど、俺はお前に束縛されていると思うよ。一番上手い、そして汚いやり方で。

 

 

 

 好きだから、好きだと口に出した。

 好きだから、自分の時間を潰しても会う事を選んだ。

 好きだからキスもしたし、好きだから抱かれた。

 俺はそれを愛情表現だと思うけど、三村はきっとそう思わない。

 だって、それら全ては、好きじゃなくても出来る事。

 そんな行動で、確かなものなんてひとつもないのなら。

 愛されてる事をどうやって感じれば良い?

 愛してる事をどうやって示せば良い?

 

 

 

 三村の、愛情表現は、分からない。

 俺は、好きだったら好きだって言ってもらいたいし、なんて言うか、もっと、ああしたい、こうしたい、そうして欲しいとか……たくさん求めて欲しいのに。

 三村は、俺がしたい事に合わせているようで。

 俺の望みを叶えているだけのようで。

 そうじゃなくて俺はもっと、俺がしてるみたいに、してくれたらと……

 

 

 

 ――ああ。

 

 

 

 そうか。そういう事なんだ。

 

 

 

 人は、自分がされたい事を人にするんだって、どこかで聞いた事があるけど。

 三村にとっては、俺の望みを叶える事が、愛情表現だったんだ。

 望まれるから応える――それは、義務ではなくて。

 だって、望まれても、嫌なら断れば済む事だから。

 自分の嫌な事は絶対にしないと、断言するような男なのだから。

 知っていたくせに分からなかった、バカな俺。

 求めるばっかりで、何も与えようとはしなかった俺。

 ああ、だから……だから三村の気持ちは、俺には伝わってこなかったんだな……いや、気付けなかったんだ。

 表現の仕方が違うから。

 でもきっと、俺の気持ちは伝わっているんだろう。

 自惚れでも、自意識過剰でもいい。

 もしかしたら俺は、自分で思っているより、三村に愛されていたんじゃないか?

 それに気付けなかっただけで…… 

 

 

 

 どれだけ、疲れただろう。

 俺のワガママに付き合う事は。

 うんざりしたり、ムカついたり、凄く凄く、嫌な思いもたくさんしたんだろう。

 三村の優しさや、愛情や、たくさんのものに、全然気付かないまま、自分の想いだけをぶつける俺に、どれだけ……

 俺は結局、それに甘えるばっかりで、三村の事なんて考えようともしなかったのかもしれない。

 

 

 

 こんな事になるまで気付けない、バカな俺に付き合ってくれた三村……

 何度謝っても、足りないかもしれない。

 いや、謝るなんて、全く意味のない事なんだろう。

 謝るのは後で良い。

 変わってから、で。

 

 

 

 俺が、自分の事よりも、お前の事を考えられるようになったら。

 俺が、お前の愛し方を理解する事が出来るようになったら。

 俺が、お前にも何か与える事が出来るようになったら。

 そうしたら、今度はもっとうまく付き合えるのかな。

 別れじゃないから。

 これは、俺が変わるための時間。

 もっと強くなれるように。

 もっとお前を労われるように。

 気付いたって、人はなかなか変われないけど。

 それでも、頑張ろうとは、思うから。

 

 

 

 

 

 ――だから、その時まで。

 

 

 

 

 

 少しの間、サヨナラ、三村。

 

 

 

END.



久しぶりの更新が、初・37別れ話!というのはいかがなものか。
厳密に言えば別れ話ではないんだけれども。
これ、1度アップしたものを下げて、大幅に加筆しています。1.5倍くらい。
ファイル名が『義務』なのは、前の名残。ほぼ1日しかアップしてなかったけど、どなたか読めた方はいらっしゃったんでしょうか。個人的にはあまり読んで欲しくない話だったのですが。(んなもん書くな)

書き直したら、やたらと語りが多くなってしまって、ややウザい。
でも、こっちの方がずっと良いと思うんで。
三村は、やっぱり七原の事が凄く凄く好きなんだと思う。
態度に出さなかったとしても、きっと。
その方が、ハッピーエンドっぽくて良いかな、と。
最後のセリフも、書き直す前の『義務』と同じなのに、こっちの方が明るい感じがするんです。

三村の愛情表現に気付いた七原だけど、多分それだけじゃ駄目なんだと思う。
合わせるだけじゃ、疲れちゃうよ。
妥協点を、見つけていけたら良いね。