別離

 

 

 例えばこんな気持ち、気付かなかったら。

 あるいは、この気持ちの意味を知らなかったら。

 そうしたら――

 

 ずっと、傍にいられた?

 

 

 

(喧嘩でもしたのかな)

 慶時は、最近一緒にいない二人を見て思った。

 前は、いつでも一緒にいたような気がするけど。

 今は、秋也の側には慶時が、信史の側には豊がいる。

 信史と知り合うまでは、それが普通だったし、何もおかしくないかもしれない。

 でも、信史と知り合ってからの秋也は、慶時を放って置く事はなくても、いつも……

 クラスの女子なんかは、不思議そうにしているけれど、誰も理由を尋ねようとはしなかった。

 一緒にいる慶時や豊でさえ、何も聞けないのだから。

 弘樹はそんな二人に、苛立ちを感じ始めていた。

 いつもと変わらないように見える信史。

 それに比べ、秋也の悲しそうな顔。

 これは、間違いなく信史が秋也に何かしたのだろう。

 弘樹はそう考えた。

 誰よりも辛いのは、おそらく信史なのに。

 

 

 

「三村、話がある」

 放課後、部活に行こうとしている信史を教室で呼び止める。

 弘樹の目が真剣なのに気付いて、信史はおどけてみせた。

「何だよ?俺に愛の告白でもしようってのか?ははっ、杉村も――」

「馬鹿なこと言ってないで、ちょっと来いよ」

 弘樹にこの手の冗談は通じない。

 相手が秋也なら、もっと凄い反応をしたかもしれないが。

 信史は弘樹に従い、屋上に向かった。

 その背中を豊あたりが心配そうに見ていたけれど、一番気にしていたのは秋也だった。

 二人の間に流れる空気が、なんだかいつもと違う気がして。

 

 

 

「どういうつもりなんだ?」

「何が?」

 信史は間髪いれずに答え、弘樹から視線をはずした。

 弘樹の声にいくらか怒気が含まれているように感じるのは気のせいではないはずだった。

「分かってるんだろ?七原の事だ」

 秋也の名前が出た瞬間に、信史は少し眉を寄せる。

 気にしないふりをしていても、とっさの反応は隠せないらしい。

「何が?」

 もう一度言って、フェンスの方へ歩いていく。

 あまり高くない緑のフェンスは、乗り越えようと思えば簡単に乗り越えられそうだった。

 最も、そんな事をするのは自殺願望者くらいだろうが。

「避けてるのか、七原を」

 信史はフェンスに軽く手をかけると、頭をそれにつけた。

 カシャン、と音がする。

「避けてる……様に見えるか、やっぱり」

「それ以外に何がある?」

 弘樹は信史と距離を保ったまま言った。

 いつもより信史が小さく見える気がした。

「だって、俺が傍にいたら、七原が困るだろ」

 弱気な発言。弘樹はちょっと眉を上げ、驚いた表情を作る。

「言ったのか、七原に。――好きだって」

「言った」

 弘樹は、ずいぶん前から信史の気持ちを知っていた。

 それは別に信史本人から聞いたわけではなく、勘の良い弘樹のことだから、見ていて気付いたのだが。

「もう、なっさけなくてなぁ……困ってるの見ちゃったら、やっぱどうにも出来ないっしょ」

「珍しく弱気だな」

「そりゃ、本気ですから」

 信史が自嘲気味に笑う。

 こんな想いも、秋也には重荷にしかならなくて。

 本気なんて言葉に何の意味があるのか分からなかった。

「笑顔が見れなくなるのが辛いんだ」

「それなら尚の事、何とかしなきゃいけないんじゃないのか。七原のあの元気のなさは尋常じゃないしな」

 弘樹にとっても秋也の笑顔は救いであったから、何とかして取り戻してやりたいと思っていた。

「ああ……だから……」

 信史は一瞬、言うのをためらった。

 言葉にしてしまえば、もう戻れない気がして。

 何度も考えた事。

 秋也を困らせないために。

 自分の想いを殺してでも。

 

「――転校しようかと思ってる」

 

 

 

 雷が落ちたようだった。

 それほどショックな事を、信史は言ったのだ。

「転校……?」

 屋上のドアのすぐ横で話を聞いていた秋也は、信じられないというようにつぶやく。

 二人が心配でついて来てしまったものの、自分の話になったので出て行けなかったのだ。

 それよりも。

 信史は今、何を言ったのか。

 ――また、声が聞こえた。

「本気か?」

 さすがに驚いたらしく、弘樹が少しの沈黙の後に尋ねる。

「ああ、かなり本気だ。さすがにここにいたんじゃ転校は出来ないけど、俺一人でもどっかに引っ越せば何とかなるだろ」

「引っ越す気なのか」

 弘樹の言葉に信史は、笑った。

 寂しいのか?そう言って笑った。

「お前は、寂しくないのか?」

「……なんて事ない。ただ、二度と七原に会えなくなるだけだ。話す事も、触れる事も、どうせ今のままじゃ出来ないからな。これからは顔が見れなくなって、声が聞けなくなる。

 ――それだけだ」

 だからなんて事ないと、信史は言う。

(何が「なんて事ない」だ。そんな辛そうな顔をしているくせに)

 弘樹はそう言ってやりたかった。

 けれど、今にも泣きそうな信史の顔を見ていると、何も言えなくなった。

 

「ふざけるなよ!」

 

 だから、これを言ったのは弘樹ではなかった。

 信史の目が見開かれる。

 振り返らなくても、弘樹には分かった。

 そこに。自分の背後にいるのが、誰なのか。

「勝手なことばっかり言いやがって!人の気持ち振り回して、勝手に消える気かよ!?

 俺は、今でも三村の事友達だと思ってるのに!」

(目も合わさない友達ですか)

 信史はそんな事を思いながら、秋也を見ていた。

 どれくらいぶりだろう、秋也が真正面から自分を見ているのは。

(こんな事が嬉しいなんて、お前、分からないだろ?)

「俺は、七原の事、友達だなんて思ってないぜ」

 秋也の顔が目に見えて暗くなった。

 何を期待していたのだろう。

 自分は散々信史を避けてきたくせに。

 信史の言葉が、辛いだなんて。

 そんなの、都合が良すぎる。

「友達だなんて思えない。言ったろ?七腹が好きなんだって」

 想いを伝えるだけなのに、なんて辛い顔をしているんだろう、と、弘樹は思った。

 信史のこんな顔を一体何人の人間が知っているのか。

「困らせたく、ないんだ」

 秋也は泣きそうな自分に気付いていた。

 何故信史は、こんなにも自分を好きでいてくれるのか。

 ずっと、避けていた自分を、何故こんなにも好きでいてくれるのか。

 ――困らせたくないだなんて。

「……そんなの、三村らしくない」

(そう、こんなのは俺らしくない)

 信史は秋也の言葉に頷きながら、それでもこれは自分の本心なのだ、と、思っていた。

「困らせたって良いだろ?俺、そんな事で壊れないから!もっとちゃんと向き合えよ!」

 秋也自身、自分にも言える事なのだと分かっていた。

 本当に向き合っていないのは、多分、自分の方。

「嫌だ、三村がいなくなるなんて、俺は嫌だ!」

 それは。

 頭が真っ白になるほどの。

 ――最高の、殺し文句。

(ずるいな、七原。そんな事言われたら、何も言えなくなるだろ?「お前のためだ」とか、「こうするしかないんだ」とか、色々考えてたんだぜ?)

 信史は苦笑しながら、きちんと秋也と向き合った。

「――俺、七原の事、こういう風にしか見れないけど?」

「それでも良い!」

「悪戯したくなるかもしれないぜ?」

「それが三村だろ!?

 きっぱり言う秋也に、弘樹は少し苦笑した。そして、信史も。

(あー、そう、それが俺だったの。七原クンはそういう風に見てたのね)

「七原が好きだって、言ってもいいのか?」

「言えよ!」

 信史はすぅっと息を吸ってから、言った。

「――好き。好きだよ、お前が好きだ。大好きで大好きで、言葉なんかじゃ表しきれない」

 ぽろぽろと、秋也の目から涙が流れていた。

 興奮したためだろうか。

 その雫を見ながら、信史は続ける。

「誰よりも七原が好きだ。七原なしじゃ生きていけない。七原の全部を、俺のものにしたい。――俺だけの七原にしたい」

「すればいいだろ!」

 それは、勢いだったのかもしれない。

 そんな事は、信史にも分かっていた。

 なのに――

 目の前が、曇ったのが分かって。

(知らなかったよ、叔父さん。人間って、嬉しくても涙が出るんだなぁ……)

 弘樹はやれやれと溜息をついた。

 どうやらこの二人には自分が見えていないらしい。

 だが、ここでそんな事を言うのも野暮というもの。

 弘樹は静かに屋上を後にした。

 

 

 

「七原、俺の事、少しは好きだって思ってくれてる、のか?」

 信史は一応、という感じで聞いてみる。

「分かんねぇよ、こんなの。でも、三村がいなくなるかもって考えたら、死ぬほど胸が痛かった。すげぇ、嫌だと思った。だから、傍に……傍にいろよ!」

(――最高……!)

 顔がにやけるかと思った。

 いや、実際にやけていたのかも。

「いる。一生傍にいる。だから、抱きしめても良いですか?」

 秋也は何も言わなかった。

 信史はあぁそうかと思い、黙って抱きしめる。

「俺、良いって言ってない」

「だって、これが『三村らしい』んだろ?」

 抵抗は、されなかった。

 秋也の温もりが伝わってきて、幸せだった。

「勝手にいなくなったら、死んでも探し出して、殺してやる」

 秋也が腕の中でつぶやくと、信史は幸せそうに笑う。

「大丈夫、俺はいなくなったりしないから。でも、七原に殺されるんだったら幸せかもー」

「ばっかじゃねーのっ」

「だけど七原。俺を探すために死んだりしたら――」

 唇が触れ合って、二人はぎゅっと抱き締め合った。

 これが恋なのか、秋也にはまだよく分からないけれど、これから始めればいいか、なんて思いながら。

 そう、もうすぐ修学旅行だし――

 

 

 

 

 

 こんな時に、何で思い出すんだ。

 馬鹿野郎。

 良いよ、別に。

 お前の言った事を守る義理なんてないんだ。

 先に約束を破ったのはお前の方。

 ――分かってる、分かってるよ、三村。

 もし、俺がお前を探すために死んだりなんかしたら……

 

 

「絶対に、許さないぜ?」

 

 

 俺達の時間は、一瞬だった。

 それは、瞬間の想い。

 

 

SECOND

 

 

END.



と、いうわけで、『SECOND』シリーズ全4話、やっと終了致しました。
『FIRST』の次には『SECOND』シリーズにするとか言ってたし、これを『2nd』シリーズだと思っていて、「あー!そっちの意味だったのかっ!」とか思って下さった方…いらっしゃったらとても嬉しいです(笑)←ヤな性格。
やっぱり、物書きは読者の期待を裏切る事が仕事ですからっ!(ハイ?)

最終話だけ異様に長いですが、どこで切れば良いのか分からなかったんですよ…(とほほ)
今回のシリーズは、三村の葛藤を書きたかったはずなのですが…
彼の切なさとか、決心とか、七原を想う気持ちとか。
そういうものが、ちゃんと表現出来たのかなぁ…と、ちょっと心配なのですが。
自分なりに頑張ったと思いますので…
なんだかやたらと時間がかかってしまった『SECOND』シリーズですが、お付き合い下さってありがとうございました!
次のシリーズ名は『THIRD』…にはしません(笑)
それって、めちゃくちゃ三村の話ですよね…