梅雨

 

 

 空に向けて、祈る。

 祈るしかない。

 自分ではどうしようもない事も、世の中にはある。

 何か出来るとすれば、それは。

 小さな小さな、気休め。

 

 

 

「秋也、何やってるんだ?」

 同室の国信慶時に言われて、秋也ははっと顔を上げた。

 よっぽど夢中になっていたらしく、声をかけられるまで彼が部屋に入ってきた事に気付かなかった。

 慌てて散らばったティッシュを引き寄せるが、もう遅い。

 何もこんな時に話し掛けなくたって。

 そう思いながら、秋也は顔を赤らめて、誤魔化そうとする。

「な、なんでもっ……!」

「それ……」

 慶時は、秋也の手で隠し切れなかったティッシュを見ながら、呟いた。

 

「てるてる坊主?」

 

 かぁっと、秋也の顔が更に赤く染まっていく。

 中学生にもなっててるてる坊主を作っていた事がバレたのを恥じたのではない。

 そこまでして明日が晴れになる事を祈っている。そう思われる事が恥ずかしかった。

 

 

 

 雨が降ったらやめようと、言ったのは秋也ではない。

 信史もそうは言わなかった。

 ただ、晴れたら迎えに行くから、と。

 そう言われただけ。

 一方的に。

 こちらの事情もお構いなしに。

 どこへ行くかとも言わないで。

 ただ、迎えに行くと言われた。

 

 ――晴れたら。

 

 それは、雨が降ったら迎えには来ないという事なんだろう。

 秋也はそう解釈した。

 そして、天気予報では明日が雨だと告げていた。

 だからこうして、部屋に誰もいないうちにと、てるてる坊主を作っていたのだ。

 

 

 

 慶時は真っ赤な顔をした秋也と、その手に隠されたてるてる坊主を見比べる。

 秋也らしいというかなんというか。

 自分の顔が苦笑を浮かべているという事に気付いたのは、慶時を睨む秋也の目を見たからだった。

「なんだよ。馬鹿にする事ないだろ」

「そういうわけじゃ」

ない、と言い切る前に、秋也は叫んだ。

「だって三村がっ!」

 うん。三村が?

 慶時が続きを促すように黙っていると、秋也はまた顔を赤らめて、手元に目を落とした。

 自分が何を言おうとしたかに気付いて、恥ずかしくなったのだろう。

 今更なのに。

 秋也が信史に誘われている現場を、慶時もその場で見ていた。

 いつものように一方的に、強引に、ただ用件だけを伝えるような言い方に、秋也が激昂していたのを思い出す。

 

 何勝手な事言ってんだよ。

 誰がお前と出かけるなんて約束した?

 来たって絶対行かないからな。

 

 そんな事を叫んでいたのに、と。

 慶時はまた、苦笑する。

 今度は秋也に睨まれなかった。気付いていないのだから。

 秋也は深々と溜息をついて、作りかけのてるてる坊主をもてあそぶ。

 隠したところで、もうバレているのだから意味がない事に気付いたのだろう。

「明日、雨だって言ってたよなぁ」

「うん。降水確率90%」

 部屋に戻る前に見た、テレビの内容を思い出す。

 これじゃあ明日は外で遊べないね、と、年下の子達と話してきたばかりだった。

 せっかくのお休みなのに、布団も干せないわね、と、良子先生も嘆いていたっけ。

 それでも、目の前の秋也よりは落ち込みが軽かったように思える。

「梅雨だし、仕方ないって」

 慰めにならない慰めの言葉を口にすると、秋也はまた、大げさに溜息をついた。

「梅雨のない所ってないのかなぁ」

「あると思うけど」

 でも、そこに三村はいないんじゃ?

 そう言おうとして、やめる。

 真っ赤な顔をして怒ってくるだろうという事が分かったから。

「慶時ぃ」

「うん」

「明日さぁ」

「うん」

 秋也にしては歯切れの悪いしゃべり方だな、と思いつつも、信史が関わる事だから仕方ないかな、とも思っていた。

 周りから見ていても、危うい関係だと思う。

 多分、当人達はもっと感じている事だろう。

 お互いにきっと、好意は持っている。

 それが、友情とは少し違うものであろう事にも、気付いている。

 でも、だからと言ってどうするつもりもないらしく、中途半端な友達関係を続けている、2人。

 ちょっとした事で、全てが壊れてしまうかもしれない事を、知っているからだろう。

 その割に信史はやたらと秋也にちょっかいをかけてくるし、秋也は不自然なほどにそれを拒んでいる。

 変わる事を望んでいないみたいに。

 それでもこうして気にしてしまっているんだから、厄介な話だ。

「明日……雨でも来るかな?」

 何が、とは訊かない。

 訊くまでもなく、答えは当然――

「三村なら、多分」

 自分が答える事でもないかと思いつつ、慶時が口にすると。

「だっ、誰も三村が、なんて、言ってないだろっ!?」

 秋也はムキになって怒鳴った。

 失言だったと、思っているのかもしれない。

 気になって、つい口から出てしまったのだろうけれど。

「はいはい」

 呆れたように、信史は溜息をつく。

 三村も意地悪な事をするなぁと思いつつ。

 

 

 

 やっと完成したてるてる坊主を、窓辺にぶら下げる。

 こんな事で雨が去ってくれるとは思わないけれど。

 何もしないよりはマシだろうと。

 空を見て、溜息。

 どんよりと曇っているその空からは、今にも雨が降り出しそうだ。

「あ」

 言ってる傍から、雨。

 ぽつぽつと降り出した雨が、秋也の頬に当たって。

 秋也は慌てて窓を閉めた。

 この分だと、夜には本降りになるかもしれない。

 明日は、もっと?

 それとも、夜のうちにたくさん降って、明日はやんでくれるだろうか。

 さすがに晴れる事はないだろうが、それでも雨さえ降っていなければ。

 来る……かもしれない。

 胸にあるのは期待だ。分かってる。否定出来ない。したいけど。

 素直になっても良い。たまには。

 だからどうか。

 どうか。

 やんで、下さい。

 

 

 

 彼に、会うために。

 

 

 

 秋也の祈りも空しく、朝から雨の音で起こされた。

 文字通り、バケツをひっくり返したような雨。

 なのに、気温はそれなりに高いので、むわっと気持ちの悪い空気が漂っている。

「はぁ……」

 溜息を、つくしかない。

 こんなにも晴れを望んだのは、小学校の遠足以来かもしれないのに。

 真面目にてるてる坊主を作ったのなんて、本当に久しぶりだったのに。

「どうにもならない、か」

 秋也はつん、と、てるてる坊主の頭を突付いた。

「お前のせいじゃないよ」

 そう言って、窓から空を見上げてみる。

 容赦なくガラスに叩きつけられる、雨。

「せめて電話のひとつくらい、寄越したって良いのにな?」

 今日は無理だ、とか。

 やっぱり行けない、とか。

 何してる?でも良いから。

「秋也」

 部屋の入り口の方からかけられた声に、秋也はけだるそうに顔を向けた。

 その顔を見て、慶時は思わず苦笑する。

 ああ本当に、可哀想だ。

「お客さん、来てるけど」

「え?」

「すっごいずぶ濡れなんだけど、上げて良い?」

「だれ……?」

 訊かなくても分かっているくせに。と、慶時は言いそうになって。

 その顔が笑顔に変わるのを見たかったから、あえて黙っていた。

 何も言わなくても、もうすぐ、彼が。

「七原ぁー!タオル持って来てー!」

 玄関の方から、そんな声が届いたから。

 秋也は慌てて部屋にあったタオルを抱えて、飛び出した。

「こんな雨の中を歩いたりするからだろっ!」

 そう言いながらも、嬉しそうだった事を慶時は見逃さない。

 

 

 

 玄関に辿り着くと、まるで傘も差さずに来たみたいにずぶ濡れになった信史が立っていた。

 どうやら途中で壊れたらしい。

 折れた傘が所在無さげに立てかけてある。

「晴れたら、って、言ったじゃんか」

 持って来たタオルを素直に渡す事が出来ずに、つい憎まれ口を叩いてしまう。

 秋也がぎゅっと握りしめたタオルに、一瞬視線を送って。

 信史は顎を伝う雫を拭った。

「言った。晴れたら迎えに行くって」

「晴れてないんですけど!?」

「雨だったから遊びに来た」

 思わず、唖然としてしまう。

「何かご不満?」

 そう言って意地悪そうに笑う信史にタオルを投げつけて、そのままがしがしと頭を拭いてやった。

 

 

 

「晴れたら良いのにって、思っただろ?」

 

 

 

END.



37なんだけど珍しく慶時が出張ってます。
七原っててるてる坊主とか作りそうだなーと思って。
最初のシーンは、ちょっとイケナイコトをしている風にも取れるように書いたつもり(笑)
やっぱり三村はちょっと意地悪で、何もかも見透かしつつ動く…策士のような感じが一番しっくりきますねぇ。単に私の好みかもしれないですが。

で、この後彼等は七原のお部屋に行って、窓辺に吊るされたてるてる坊主を発見する、と。
真っ赤な顔して隠そうとする七原に、笑いながらちゅーでもしようとする三村さんが素敵です。
でもって、帰りは傘が折れていますので、当然七原に相合傘で家まで送るように強制する、と。更には途中で雨が上がり、良い感じに虹とか見えると37っぽいですね。
ここまで話を考えているのに書かないのは…何故でしょう?
気が向いたら続きも書くかもです。