日常−夏−

 

 

 蝉の声ってやつは、どうしてこんなにもうるさく聞こえるのかと、思わず考える。

 これがもし冬に鳴いていたら、蝉の声は寒さの象徴になるんだろうか。

 閉め切った部屋の中、信史はそんな事を思いながら、ベッドに寝転んでいた。

 もちろん、部屋は冷房でガンガンに冷やしている。

 窓の外に視線を送ると、子供が走って行ったり、日傘を差した女性が歩いていたりと、信史にとっては信じられない行動を取る人々が見えた。

 

 ――このクソ暑い中ご苦労なこった。

 

 もちろん、信史だって一日中家にいるわけじゃない。

 これでも、午前中はわざわざこの暑い中外に出て、暑苦しい事をして来たのだ。

 室内――体育館で。

 夏場の体育館がいかに暑いか、ご存知だろうか?

 窓を開ければ少しは涼しいはずなのだが、練習中は閉め切っている。

 ボールが風で流れないようにだとかいう監督の言葉は、ただの言い訳に過ぎず。

 恐らくはしごきのようなもの、なんだろう。

 確かに、無駄に体力はつくかもしれないが、倒れる奴もいるっていうのに。

 そんな中での、練習。

 もう外に出る気はない。

 

 

 

 信史の部屋の扉が、ノックされる。

 どうぞと返事をする暇もなく、それは開けられた。

 部屋の空気が、外に流れる。

「おにいちゃん」

 妹の郁美が、隙間から顔を覗かせた。

 信史は体を起こして、小さく溜息。

 

 ――郁美、にいちゃん、悪い事してる最中だったらどうする気だったんだ?

 

 当然、そんな時は鍵をかけているけれど。

「どした?」

「電話だよ。シューヤくん」

 そう言って、郁美は子機を差し出した。

「七原?」

 数日前まで、何度も耳にした名前が、やけに懐かしく感じられる。

 夏休みっていうのはこういうものだろう。

「早く」

 郁美は押し付けるように信史へ子機を渡した。

 そしてそのまま、部屋を出て行く。

 顔が赤い気がしたのは、暑さのせいだろうか?

「もしもし?」

 保留を解除して、子機を耳に当てると、騒がしい声が聞こえた。

「――あっ、三村!?」

「当たり前だ。俺にかけたんだろーが」 

 背後で聞こえるのは多分、国信慶時の声。

 

 ――慈恵館か?

 

「――そうそう。三村、今日暇だろ?」

「決め付けるなよ。俺には俺の用事が」

「――ないから平気だよな。ていうわけで、花火しよー!」

 またもや背後で「しようー」と、声が……

「……豊?」

「――うん。瀬戸も慶時も杉村も一緒!ていうか、杉村んちからかけてる!」

 信史は頭を抱えた。

 この流れはヤバい。

「――じゃ、これから杉村んち来いよ」

「ちょっと待て七原、勝手に決め」

「――後でな〜」

 がちゃん。

 一方的に電話を切られ、信史はしばし呆然とする。

 が、すぐに我に返ったように子機をベッドの上に放り投げた。

 行かなければ良い。

 この暑い中、再び外に出るなんて冗談じゃない。

 せっかく帰って来てシャワーを浴びたのに……

 そう思っていると、電話が鳴った。

 反射的に、取ってしまう。

「もしも……」

「――シンジ、来ない気でしょ?」

 名乗りもせずにいきなりそう言ってきたその声は、秋也のものではなかった。

「――そういうわけだから、これから迎えに行くね!」

 自分の行動を知り尽くした親友からは逃げられない。

 信史はがっくりとうなだれて、絞るように声を出した。

「……行くから、30分くらい待て……」

 

 

 

 とりあえず、ジーンズとティーシャツに着替えて、目に付いたリストバンドをはめる。

 引出しの中からライターを取り出して、オイルの残量を確認。

 念のため、と、タバコの箱も中を確認して、ポケットに押し込んだ。

 それから外を見て。

 照りつける太陽の下、どうやって杉村家まで行こうか考えていた。

 

 

 

「三村遅いっ!」

 辿り付いた信史へ向けられた秋也の声に、答える気力は残っていない。

「あちぃ……」

「夏だからな」

 弘樹はそう言って、信史にタオルを放り投げた。

「おぉ、さんきゅ」

 額から流れる汗を拭い、このままティーシャツも脱いでしまいたい気持ちに駆られる。

「悪い、杉村。なんか水分ねぇ?」

「麦茶で良ければ」

「上等」

 信史はそのままどかっとその場に座り、扇風機を独占する。

 杉村家には冷房器具がこれしかない。

 他にあるとすれば、この風鈴の音色くらいか。

「三村ーっ!扇風機回せよ、暑いーっ」

「却下」

 秋也の抗議を即座に却下して、強風を顔に当てる。

「三村、これから花火買いに行くけど、すぐ行ける?」

「水分補給したら」

 慶時に返事をすると、弘樹が麦茶を片手に戻って来た。

 とりあえずはそれを一気飲み。

 外はまだまだ暑そうだった。

 

 

 

「しっかしお前らもよくやるよなぁ……」

 花火の袋を開けている豊達を見ながら、信史は疲れたように呟いた。

 何でこいつらはこんなに元気なんだ、と思いながら。

「三村がだれすぎなんだろ」

 言いながら袋をこじ開けた秋也は、花火をその場にぶちまけてしまう。

「ああ、秋也ってば……」

 慶時が笑いながらそれを拾い、秋也はバツが悪そうに笑った。

「七原クン?俺は今日、朝から部活でフル活動してるのをご存知かなぁ?」

 笑いながらも、うちわを持つ手に思わず力が入る。

「そのくらいでなんだよ。情けないぞ、三村」

「はっはっは。俺のチャリに立ち乗りしてただけの奴に言われたくねぇなぁ。フレーム曲がったら弁償しやがれ」

「あ、あはははは」

「ほらシューヤ、シンジっ、始めるよー」

 豊の声に救われて、秋也は信史から離れて行く。

 信史は溜息をつきながら、ポケットからライターを取り出した。

「さっすがシンジ。用意周到〜」

「つぅか、何でライターなんか持ってるんだよ」

 秋也の声は当然無視。

 ライターで火をつけようとするが、上手く行かない。

「風が強いな」

 信史はそう言って、舌打ちした。

 またうるさく言われるだろうけど、仕方ない。

 持って来たタバコを取り出して、くわえる。

「あっ!?三村!何してっ……」

「うーるさい。吸うわけじゃねっつの」

 慣れた調子でそれに火をつけ、タバコの火で花火に点火する。

「ご満足ですか?七原姫?」

 ニヤリと笑ってやると、秋也はうめいて黙り込んだ。

「お礼はー?」

「うるさい未成年っ!」

 

 

 

 とりあえずはしゃいでいる3人をよそに、縁側でタバコをくわえる信史。

 弘樹が、灰皿代わりにジュースの空き缶を持って来た。

「お。ワリ」

 灰を落とした信史の手から、弘樹はタバコを奪い取る。

「あ、オイ……」

 そのまま弘樹はそれを自分の口へ持って行った。

「あ」

「っ!?」

 ゴホゴホとむせる弘樹の手から、タバコを取り上げて、信史は苦笑した。

「だいじょぶかー」

「よ、よくそんなもの吸えるな……」

「慣れ?」

「七原達には吸わせるなよ」

「そんなヘマはしねぇよ」

 笑って、信史は煙を吸い込む。

「あ」

「どうした」

「間接キスだな、杉村」

 弘樹は迷わず信史の後頭部を殴りつけた。

「ってぇ!」

「バカな事言ってんじゃない」

 はいはい、と、信史はタバコの火を消した。

「さて、俺も火遊びに混ざって来ますかね」

「お前が言うとなんか卑猥だ」

「偏見だぞ、杉村」

 

 

 

 線香花火が、小さな音を立てる。

 締め括りの花火。

 思わず見つめてしまう花火。

 終わる瞬間、輝きを増すのは、人の生き様に似ているかもしれない。

 

 

 

 あっけなく終わってしまう、その瞬間も。

 

 

 

END.



ずっと昔に書き始めたまま、書き終わっていない『日常−冬−』のために書き始めた、日常季節シリーズ(笑)
今回は夏です。夏休みです。世間様ではまだ夏休みではないけれど。季節先取り。(え)

えーと、春がそこはかとなく37っぽかったんで、ノーマルとは言え、やっぱり37風味に仕上げようかと思っていたにも関わらず、何故か三杉?(苦笑)
何だ。三村総攻めシリーズか、おい。(シャレになんねぇ)(あとの2人は無理だって)
とにかく、三村大好きっていう気持ちがこもっているので、三村の出番のみ異様に多いこと多いこと。暑いの嫌いだろうなぁ。でも、汗は似合うよなぁ。などと思いながら書いてました。
例によって例の如く、仕事中に。(ホント駄目人間だな、おい)

ちなみに、煙草の火で花火に火をつけるというやつは、実話だったり。
高校時代に部活のメンバーで花火をしたんです。海で。
海って風が強くて、ホントに火がつかないんですよね。
その時に先輩が。ええ。未成年ですね。そんな先輩ばかりでしたよ。弓道部のくせにー!

いい夏になると良いですねー。