彼はよく、遠くを見ていた。

 どこかへ消えてしまいそうな、儚い雰囲気を漂わせながら。

 声をかけると、優しく微笑んだ。

 作ったように綺麗な笑みをする男だった。

 けれど、どこかいつも悲しそうで。

 そして、彼は消えた。

 何の言葉も残さずに。

 

 信史の前から、秋也は消えた。

 

 

Doll

 

 

 犯罪組織、慈恵館の調査を信史が任されたのは、1年ほど前の事だった。

 それはもともと叔父の仕事だったのだが、信史がどうしても手伝いたいと言って、やっと手伝わせてもらった仕事だった。叔父が何をしていたのかはよく知らない。けれど、これでやっと叔父の力になれると思うと、嬉しくて仕方がなかったのを覚えている。

 慈恵館――表向きは、孤児院。しかし、その裏では孤児に対し人体実験を行っているとさえ言う。

 調べても調べても、何も分からなかったが、手がかりと呼べる人物とは知り合う事が出来た。

 それが、七原秋也。慈恵館で育ったという、信史と同い年の男だった。

 秋也は信史とは違い、優しくて、儚げで。けれど力強く、綺麗だった。

 信史の調査の対象から、興味の対象、そして、好意の対象になるまであっという間だった。

 信史は自分に任された仕事も忘れ、秋也に告白をし、そして2人は幸せになった――はずだった。

 秋也が信史の目の前から消えるまでは。

 

 

 

 秋也は慈恵館から逃げて来たんだと言った。

 逃げるような何かがあったのかと信史が訊くと、秋也はいつも笑って誤魔化していたけれど。

 慈恵館について何も聞かない事。

 それが、秋也が信史と一緒にいる条件として出した事だった。

 そうして信史と秋也は、小さな部屋を借り、2人で住んでいた。

 けれど、その部屋にはもう信史しかいない。

「七原……」

 名前を呼んでも、返ってくる言葉はない。

 調べれば良かったのかもしれない。慈恵館について。

 秋也が逃げて来たという、あの孤児院について。

 思った瞬間には、行動していた。

 信史はパソコンを立ち上げる。すると、何かどこかでスイッチが入ったような音が――

 

 ドォンッ

 

 突然の爆発音。

 あっと言う間に信史の部屋が炎に包まれる。

「俺の天才的な運動神経に乾杯だな……」

 それを間近で見ながら、信史はつぶやいた。

 とっさに部屋から出るなんて、よく出来た事だ。

 けれど、すぐにここにも火が回る。早く逃げ出さなければならなかった。

「さすが、三村信史、だな」

 ――逃げ出さなければ、いけなかったのに。

 その声を聞いて、動けなくなってしまったから。

「ななは……」

 声に反応して振り向いた瞬間、頭に激痛が走った。

 殴られたと思ったのはその後。

「ぐっ……」

 歪む視界を、無理矢理元に戻して。

 倒れそうになる体を、必死で押し留めて。

 確かめなければならない事があったから、信史は視線を上に向ける。

「でも、終わりだよ。三村信史」

 そこにいたのは、ずっと会いたかった人。

「七原っ!」

 信史の声に、秋也は口元を歪めて笑った。

 炎を背に、涼しい顔をしたままで、信史に近付く。

「……七原?」

 何か、違和感。

 信史の中に響く警告音。

 “これ”は危険だ。近付いてはならない――

 そう感じて、後ろに下がった瞬間、目の前を秋也の蹴りが通り過ぎた。

 空振りしたそれは、風を起こし、炎を揺らめかせる。

 早く逃げなければいけないのに。

 なのに足が、動かない。

「七原じゃない!?お前――」

 顔も声も、何もかもが秋也なのに。

 信史は思った。これは七原秋也ではない、と。

「誰だ!?」

 秋也は笑う。声を立てずに。

「俺は俺だよ、三村。――七原秋也だ」

「違う、お前は七原じゃない!」

 信史の言葉に、秋也はおかしそうに笑う。

 けれど、その笑みも、信史の好きだった秋也の笑みではなくて。

 顔を歪める信史に向かって、秋也は言った。

「何か、勘違いをしてるんじゃないか?」

「何をだ」

 揺らめく炎の影が、秋也の顔に映る。

「“七原秋也”について」

 目の前にいるこの男が、何も知らない事を知って。

 秋也は、溢れてくる笑い声を抑えきれずにいた。

「まさか知らないなんて思わなかったな。あいつ、何も言わなかったのか」

 秋也が発した『あいつ』という言葉に、信史は反応した。

「七原を一体どうしたんだ!」

 何も分かっていない信史に向かって、秋也は冷たい目で答える。

「――“七原秋也”は、固体の名称じゃない」

 秋也の言葉の意味が分からなくて、信史は何も言えなかった。

(固体?名称?それじゃあまるで――)

「俺達“七原秋也”は、人によって作られた存在――アンドロイドなんだよ」

 信史の想像を肯定する言葉を吐いて、秋也は嘲るように信史を見た。

「側にいて、気付かなかったのか。“七原秋也”が、人間ではない事を」

 それなのに、愛しているなんて言っていたのか。

 秋也の目はそう語っていた。

「人間と何も変わらなかったのに……?」

 少なくとも、そう見えたのに――

 違うと言って欲しくて。

 嘘だと言って欲しくて。

 信史は震える声で尋ねた。

「当たり前だろ。そういう風に作られているんだから」

 けれど秋也の声はあくまで冷たくて。

「三村、お前が愛した“七原秋也”は、俺じゃない。

 それでも同じ記憶を持っている。

 マザーコンピュータが管理している記憶。

 俺達“七原秋也”が、同じ記憶を共有し、同じ能力を有し、同じ行動パターンをインプットされた、違う入れ物の、同じ物だから」

「七原、は……?」

 本当は尋ねたくなかった事かもしれない。

「あいつは、失敗作だったから、始末されたよ」

 きっと、そう答えられる事を、予想していたから――

 信史の視界が歪む。

 炎の揺らめきと、溢れる涙のせいで。

 泣いている場合ではないと知っていながら、それでも、涙が。

 秋也はそんな信史に近付き、耳元でそっと囁いた。

「本当は抱きたかったんだろう?

 “七原”に触れて、自分の欲望のままに貫きたかったんだろう?

 そんな事、出来るわけもないのに――」

 信史の両肩に手を置く。そしてそのまま。

 恐らくは抵抗出来ない信史に向かって、秋也は膝蹴りを入れた。

 

 ドッ

 

「な、なはら……」

 信史の意識が遠ざかる。

 動けなかったのは、自分のミス。

 目の前の七原秋也が、こんな顔さえしなければ。

 きっと抵抗出来たはずなのに……

「あんなに優しくしては、いけなかったのに――」

 秋也の目から、涙が零れた。

 少なくとも、信史にはそう見えた。

 アンドロイドの彼に、泣くという機能があるのなら。

 多分彼は、泣いていたんだと思う。

 

 

 

 

 

「こちら“七原秋也”タイプ2。任務完了しましたので、これより証拠隠滅のために自爆します――」

 

 

 

 

 

END.



14000HITのkiyuriさまのリク。
『三村と七原が敵同士なパラレルエロリズム』だったんですけど…
えーと。なんか、リクを満たしてないような気がしてならない…
思えば、37で初めてパラレルを書いたような気がするんですが、どうにも上手く行かなくって…
自分の文才の無さに涙ちょちょぎれそうです。
せっかくリクしてくれたのに、ごめんねっ!!(汗)
もっと精進するからっ…!
結局慈恵館は一体何の組織だったんだか…深い設定はツッコまないという事で…

そういうわけで、これはキユに捧げます〜。
ありがとうございましたーv