3倍返し

 

 

 ホワイトデーが間近に迫り、三村信史は頭を悩ませている事があった。

 それは、バレンタインのお返しをどうしようかという、単純なもの。

 ただし、相手は女の子達ではない。

 キスを貰った――奪い取ったとも言うが――七原秋也に対しての、お返し。

 彼は言ったのだ。

 ホワイトデーには3倍返しだと。

 世間一般では、ホワイトデーの3倍返しは基本らしい。

 ラジオでもそんな事を言っていた。

 ――キスの3倍返しって、何だ。

 

 

 

「単純に考えて、キス3回とか」

「バカか。それはお前が得するだけだろ」

 信史のナイス(死語)な提案を、秋也は問答無用で一刀両断した。

 昼休みのグラウンド。

 体育の授業を終えて、教室に戻る途中だった。

 俺とキス出来るんだから、お前だって得なんじゃないか?と、信史は思ったが口にしない。

 それこそ3倍返しで悪口雑言が飛んでくる。

「難しいんですけど。3倍返し」

 そう思ったからこうして本人に訊いているのに。

 秋也は答える気がないらしい。

 信史の提案に、反対はするけれど。

「それを考えるのもお返しのうちだろ」

 至極まともな意見を言って、秋也はグラウンドに転がっていた野球ボールを手にする。

 グラウンドの向こうに思いっきり投げたい気持ちに駆られたが、そんな事をするとこのボールを拾いに行かなければならない。

 仕方がないので、グラウンドと校舎の間にある石段にぶつけた。

 とりあえずまともに返ってくる辺り、自分のコントロールは悪くなっていない、と、一人満足する。

「充分考えたんですけどね」

 秋也がボールをぶつけている石段の近くに腰掛けて、信史はふぅっと溜息をついた。

 跳ね返ったボールが、何度も秋也の手の中に吸い込まれていく。

 それをただ見ているだけでは、何のアイデアも浮かばない。

「そうだな……」

 ボールを投げながら、思いついたように言う秋也に、信史は顔を上げた。

「俺にヤらせてくれるとか」

 一瞬、ボールを自分に向かって投げられたのかと思った。

 そのくらいの衝撃だったが、とりあえずは平静を装う。

 たっぷり間を置いてから、一言。

「……何を?」

「ナニを」

「っ……ちょっと、待て」

「何」

 ――最近七原は、結構無茶な事を、言う。

 しかも、平然とした顔で。

「俺の事、好きじゃないわけ?」

 例えば上目遣いで、ちょっと恥らいながら、瞳を潤ませつつそんな事を聞かれれば。

 そりゃあぐっとくるようなセリフだったけれど。

 秋也のそれは、脅迫に似ていた。

「いや!好きだよ!好きです!好きだってば!」

 信史は慌てて繰り返す。

 石段に投げられているボールが、心なしか自分に近付いている気がした。

「好きだけど……逆にしねぇ?」

 秋也の投げたボールが、信史のすぐ横を通り過ぎた。

 派手な音を立てて、跳ね返る。

 それをキャッチしてから、秋也は低い声で言った。

「ふざけるな」

 ――ちっともふざけてません。

 好きだから抱きたいと思うのは男の本能だ。

 間違っても……そう、間違っても抱かれたいとは思わない。

 残念な事に、その意見は秋也と一致していた。

「初めてだけど、優しくするから」

 言って欲しい言葉とは微妙に違うそれを聞いて、信史は自分の血の気が引くのを感じていた。

 ――冗談じゃ、ない。初心者なんかに任せられるか。怖すぎる。

 

 

 

 数日前の事だ。

 そろそろキスだけじゃ物足りなくなってきて、信史は秋也に迫った。

「俺、七原としたいんだけど」

 結構勇気のいる発言だった。

 そう簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかった。

「あー……うん」

 思っていたより、あっけない返事。

 じゃあ、と、秋也は信史の上にのしかかって……

「って、この体制はなんか違う」

 信史は思わず抗議の声を上げた。

「俺が上だろ?」

 そう、秋也が言う。

「……何で?」

「何でって……男だから?」

「俺も男なんですけど」

 不覚。

 こんな事でモメるとは思わなかった。

 結局どちらもヤられるのは嫌だという事になり、甘いムードは流れた。

 もっとも、そんなものは最初からなかったかもしれないけれど。

 

 

 

 秋也は、信史を好きだとは言わなかった。

 一度も。

 ――なんつぅか、女王様?

 信史が秋也を好きなのは当然の事で。

 秋也も信史を好きなんだろうけれど、甘えてくれるわけでもなければ、可愛らしく振舞ってくれるなんて事もない。

 普通の事かもしれないが、七原秋也は完全に……男、だった。

 これはマズい。

 信史の悲願――秋也と致すコト――が、達成されないかもしれない。

「七は」

「三村はさ」

 秋也の声に、言いたかった事を途中でやめる。

 彼はまだ、一人キャッチボールを続けていた。

「何で俺に抱かれるのが嫌なワケ?」

 聞こうと思っていた事を先に聞かれて、信史は戸惑う。

 全く同じ質問を、同じタイミングでしようとしていた矢先だったのに。

「いや……だって、怖いし。痛そうだし。なんかヤだし」

「ふぅん」

 秋也は興味がなさそうに鼻を鳴らす。

 分かってくれたんだろうか。

「お前はそのイヤな事を、俺にさせようとしてるワケだ」

 ――痛。

「な、七原は何で嫌なんだよ?」

 誤魔化しになっていない誤魔化し方をする。

「あぁ?」

 軽く睨まれて、信史はびくっとした。

「そんなの、気持ち悪いからに決まってんだろ。男に押し倒されるなんて、恐怖通り越して吐き気がする」

「あの……そんな事を俺にさせようと……」

「文句あんのかよ?」

「……ないです」

 自分は秋也に弱い、と、信史は思う。

 惚れた弱みと言ってしまえばそれまでだけれど。

 ヘタレだなぁと思ったりもする。けど、どうしようもない。好きなんだから。

 それでも――ヤられるのは、嫌だ。

「まぁ……このまま話してても解決しそうにないしなー」

 諦めたように秋也が空を仰ぐ。

「口でするんでも良いぜ?」

 ――卑猥だ。卑猥です、七原さん。

「それって、七原が俺の――」

「何で俺がお前のくわえなきゃいけないんだよ。気持ち悪い事言うな、バカ」

 信史はがっくりとうなだれた。

「あ、それも駄目なんだ……」

 呟きは、秋也の耳には届かない。

 多分、当然の事なんだろう。

 普通の、ノーマルな男性に、他の男のモノを口にくわえたいかと尋ねれば、NOと即答されるはずだ。

 けれど、仮にも両思いの相手に。

 ――それは、酷くないか?

「三村が、俺の。それで3倍返しくらいにはなると思うんだけどな?」

 確かに、信史としては、秋也のを口でするのは嫌じゃない。

 むしろ喜んで。

 それで秋也の喘ぎ声が聞けたり、淫らな姿が見られるなら。

 けれど、それも甘い考えだろうと信史は思う。

 何せこの女王様、心根は完全に男性なのだ。

 多くの男性がそうであるように、きっと声など漏らしはしないし、顔を赤らめたり、嫌がったりする事もないだろう。

 ――むしろ、サドっ気全開になりそうだな……

 

 

 

 信史が期待していた、甘い関係には、当分の間なれそうもない。

 でも、それで良いと思う。

 ――俺達は健全な男子中学生で、男女のカップルとは違うんだから。

 

 

 こんな関係も、アリかもな?

 

 

 

END.



ホワイトデーネタで。
『マーブル』の続編になっています。
なので、2人のキャラがいつもと違っておかしげです。
甘い37、三村に愛されて幸せそうな七原、そういうのも良いけど、七原はやっぱり男の子なわけで。
そんな、男の子な部分を思いっきり出してみたらこんな感じになりましたとさ。
期待されている37とは違うかもしれないけれど、こういうのもアリなんじゃないかなぁと、実験みたいなつもりで書いてみました。
ホントに別人になっちゃったけどね(汗)

ちなみに、実際のその行為の部分は書こうとしたら相当エログロな感じになりそうだったので割愛。
終わった後の七原に襲い掛かり、「触んな!うっとーしい!」と振り払われる三村がいたりいなかったり。
ほら、男の人ってイった後は冷たくなるって言うしね?