三村郁美編



「おにいちゃんなんて大っ嫌い!!」
郁美はそう叫んで家を飛び出した。
自分を引き止める声が後ろの方で聞こえたけれど、無視をして走り出す。
手にしっかりと握ったプレゼント仕様の箱は、バレンタインチョコレートだった。


信史は郁美に叩かれた頬を抑えながら、何が起こったのか分からずに呆然としている。
学校から帰ってきてすぐの事。
兄妹の軽い会話をしていて、いきなり。
自分を叩いて出て行った郁美に、とにかく引き止める声をあげたは良いものの、何がなんだか分からない。
かなり思いっきり叩かれた頬は、真っ赤な手形が残っていた。


今日はバレンタインデー。
女の子が想いを込めて好きな人にチョコレートを渡す日。
今は義理チョコだとか、カモフラージュチョコだとかが散乱していて、何が本命チョコだか分からなくなっているのが現状だが、しかし。
それでも特別な日に変わりはない。
もちろん、郁美にとっても。
大好きなおにいちゃんへ向けて、初めて手作りしたチョコレート。
こんなの渡したら笑うかな、なんて思いながら、それでも渡したかったチョコレート。
それなのに。
「お兄ちゃんの、バカ……!」
郁美はそう言って、空を見上げた。
青い空は眩しくて、涙が溢れてきそうだった。


「郁美ちゃん?」
かけられた声にはっとして、郁美は目を拭った。
さりげなく拭いたつもりでも、きっと彼にはばれている。
「どうしたの?こんな所で」
「……シューヤくんこそ、こんな所で何してるの?」
「いや、俺は三村んとこに用があって……」
秋也は気まずそうに郁美を見た。
泣いていたのが分かっても、なんと声をかけて良いのか分からない。
「おにいちゃんなんか、放っておけば」
秋也から目を逸らして、郁美はつぶやいた。
我ながらなんてガキ臭いんだろうと思ったけれど。
子供なんだから仕方が無い。
「三村と、何かあった?」
「シューヤくん!」
「え?」
郁美にじっと目を見つめられて、秋也は戸惑う。
何かまずい事を言ってしまったのだろうか。
「私も“三村”なんだけどっ」
八つ当たりに近いものだと分かっていたけれど、郁美は思わず声を荒げていた。
秋也の口が「三村」という言葉を発するたびに、何故か締め付けられるように痛んだ胸。
「あ、あぁ……ごめん」
秋也は素直に謝って、頭を掻いた。
どうしようか迷っているようだった。
「えーと……じゃあ、し、信史と、何かあった……?」
信史の名前を呼ぶのなんて、めったに無い事で。
秋也は思わず、顔を赤らめてしまった。
もちろん、郁美はそれも気に入らない。
「別にっ」
プイッと顔を逸らすと、秋也が困ったような顔をしたのが分かった。


こんなつもりじゃない。
彼を困らせるつもりなんて全然ないのに。
八つ当たって、嫌な思いをさせている。
郁美は悲しくなってきて、秋也と目を合わせないまま、つぶやいた。


「だっておにいちゃんが……」
「みむ……信史が、どうかした?」
優しい声で尋ねられて、また泣きそうになる。
冷たい態度をとったのに、何も気にしていないように声をかけてくれる秋也。
自分は子供なのだと、思い知らされる。
「帰ってきて、私にチョコレートをくれたの……」
「え?」
「おにいちゃんが、学校で貰って来たチョコレート」
「あぁ……」
あいつはもてるからな、と秋也は言って、苦笑した。
「おにいちゃんは、分かってないのよ」
郁美はぎりっと唇を噛みしめる。
「女の子が、どんな気持ちでチョコレートを渡すのか。それが、どんなに勇気がいることなのか」
届かない気持ちでも、精一杯の気持ちを込めて、ドキドキしながらその日を迎えて。
渡す事を最後までためらって、それでも勇気を出して、渡そうと思う女の子の気持ち。
愛しい思いをただただ込めて、大好きな人に渡す、大切なチョコレート。
それを平気で人に譲る……
「おにいちゃんは、彼女達がどんな想いなのかなんて――」


「考えようともしないんだわ」


郁美は手に持った箱を握りしめた。
特別な想いを込めたわけじゃない。
それでも、好きという気持ちに変わりはなくて。
なのに。
「シューヤくん、これ、あげる」
郁美は手に持った箱を秋也に差し出した。
「でも、これ信史にじゃないの?」
「うん、そうだったけど、でも、いいの」
「……うん、分かった」
秋也はそれを受け取って、にっこりと笑った。
「これから信史に会うから、ちゃんと渡しておくね」
「シューヤくん……!」
あぁ、どうしてこの人はこんなに――


「来年はシューヤくんのためにチョコ作るから!!」
郁美の言った言葉に、秋也は嬉しそうに微笑んだ。
「楽しみにしてるよ」




END.


えーと。
郁美ちゃん編って、相手七原…?(笑)
私の書く郁美ちゃんは、思いっきり勝手に作った性格なんですが。
七原とのカップリングが、結構好きだったりします。37ベースで。
郁美ちゃんも、切ない想いをしていると言うか、なんというか…
郁美ちゃん、お疲れ様でしたv



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