誕生日

 

 

「なんか、変だったんだよな。今日の七原……」

 帰るなり冷蔵庫を開け、ジュースのペットボトルを取り出しながら、独り言を言っている兄、信史。

 郁美は、読んでいた本から少しだけ視線を上げ、

「私、分かる気がする」

と言った。

「は?」

 まさか、妹からそんな答えが返ってくるとは思っていなかった信史は、間抜けな声を上げる。

 今日一日、秋也は何故か機嫌が悪く。

 信史と口をきこうとしなかった、その理由を、何で妹の郁美が分かるのか。

「忘れてたんでしょ、おにいちゃん」

「何を?」

「シューヤくんの誕生日」

 三村家のリビングに、ペットボトルの落ちる音が響いた。

 しばらくの放心状態の後、信史は慌てて携帯を取り出す。

『10月13日』

 画面には、はっきりとその数字が示されていた。

「あぁぁぁぁぁぁーーーっっ!!!!!!」

 信史は思わず声を上げ、頭を抱える。

 はっきり言って、忘れていた。

 いや、確かに、先週までは覚えていたのだ。

 それどころか、3日くらい前まで、ちゃんと覚えていたはずで。

 プレゼントは何にしようかとか、どうやって祝おうかとか、ずっと考えていたはずなのに。

 

『なんか、言う事ないの?』

 

 秋也が今日、学校で言っていた言葉の意味を、やっと理解した。

(最悪だ……)

 ここ2,3日は、やたらと忙しかったとか。

 そんな事は言い訳にならない。

 忘れていたのだ。

 決して忘れてはいけない、この世で一番愛しい人の誕生日を。

 信史は何も考えず、ただ家を飛び出した。

 とにかく会いに行かなければ。

 

 

 慈恵館の扉を勢いよく開けると、ちょうどそこに通りかかった国信と目が合う。

「あれ?みむ……」

「七原はっ!?

 国信の声を無視して、辺りに目をめぐらす信史。

「まだ、帰ってないけど……」

「帰ってないっ!?

「帰り、寄りたいトコあるとか言って。まだ。三村、見つけたら早く帰るように言ってくれないか?みんな、秋也の事祝おうと、待ってるからって」

 そんな言葉も、耳から耳へとすり抜けていった。

 なんとしてでも、今日中に会いたい。

 その想いだけが、信史を突き動かした。

 

 

 学校。

 公園。

 繁華街。

 川原。

 海。

 とにかく走り回ったけれど、秋也はどこにもいなくて。

 最後に、慈恵館に寄って様子を覗いた。

 それでも、秋也はいなかった。

(七原……)

 汗だくになって、駆けずり回って。

 早くしなければ、日付が変わってしまう。

(こんな時間まで、一体どこにいるんだよ……!)

 その時。

 携帯が鳴った。

 慌てて画面を見ると、登録してある、自分の家からだという事が分かる。

「……もしもし?」

 こんな事をしている時間はないのに。

「――おにいちゃん?」

 電話の声は、妹のものだった。

「何?俺、今忙しいんだけど……」

「――そういう事言って良いわけ?」

 郁美の、意地悪そうな声が聞こえる。

 

 信史は、すぐに走り出していた。

 

『――シューヤくん、さっきからずっと待ってるんだけど』

 

 

「七原っ!」

 靴を脱ぐのももどかしく、信史は自分の家に上がる。

 すぐに郁美が現れて、上を指差した。

「おにいちゃんの部屋。勝手に上がってもらったから」

 そう言うと、すごい速さで階段を駆け上がっていく兄。

 郁美は、小さく溜息をついた。

 後ろ手に、小さいけれど、可愛くラッピングされた包みを持ちながら。

 

 バンッ!

 扉が壊れるんじゃないかというくらい、思いっきり開いた。

 部屋の中には、今一番会いたかった人がいて。

 不機嫌そうに、ベッドに腰掛けていた。

「七原……ごめんっ!」

 とにかくまず、ひと言。

 深く深く頭を下げて、謝る。

 こんな事で許されるとか、そういう事は全然思っていなくて。

 ただ、謝りたかった。

「……今日、俺の誕生日なんだけど」

 ムスッとした声のまま、秋也が言う。

「三村、忘れてたらしいじゃん」

「ほんっとにごめんっ!」

 ただひたすらに、平謝り。

「もぉ、俺、マジ最悪で!プレゼントすら用意してないんだ……ホントに、ごめんな……」

 泣き出しそうだった。

 一番祝いたかった人の誕生日なのに。

 ずっと、ずっとこの日を待っていたはずなのに。

「プレゼントなんか、いらない」

 秋也は、信史から視線を外して、つぶやいた。

「俺、三村に一番に『おめでとう』って、言ってもらいたかったのに」

 信史は、何も言えなくなった。

 どんな謝罪の言葉すらも、浮かんでこない。

 自分は、最低な事をしたのだ――

「……俺のこと、探し回ったんだって?」

 ポツリ、と秋也が言った。

「……あぁ……」

 探し回ったくせに見つけられなくて。

 秋也がどこにいるかすら、分からなかった自分に腹が立った。

「こんなに、汗かいて。風邪ひくぞ……」

 秋也は、三村の身体に手を伸ばし、しっとり汗ばんだ髪に触れる。

 朝はしっかりセットしてあったその髪も、今はボサボサで。

 それだけ、必死になって探してくれたのだろう。

 そう思ったら、どうしようもなく愛しくなって。

 秋也は信史の首に抱きついた。

「プレゼント、欲しいものがあるんだけど」

 耳元で、そっとささやく。

「何?何であろうと、必ず手に入れてやる」

 それだけが、信史にできる事。

「――三村」

「ん?」

「三村が、欲しい」

 秋也は、そのまま唇を重ねてきた。

 

 

「っ……あ……!」

 苦しそうな、声。

「……っ、七原……」

 信史は暗闇の中、光る文字盤を頼りに、時計を見る。

 まだ、大丈夫。

「七原……誕生日、おめでとう……」

 それを聞いて、秋也は嬉しそうに笑った。

 その言葉が聞きたかったんだと言って。

「三村……大好き……っ」

 強く、強く抱きしめた。

 

 来年は、忘れない。

 絶対に忘れない。

 七原の誕生日。

 

 

 来年は――

 

 

END.

 


ま、間に合った…!
今回の三村は、そのまんま、あさこです(え?)
あんだけ日記で秋也の誕生日、とか言っておいて、当日、忘れてました(爆)
何も出来そうにないって言ってましたが、やっぱりします。
それが、忘れてた事に対するお詫びなのです。
こんな駄文ですが…
なんか、郁美ちゃんを好きになりそうです(笑)
コレは、えっと、中学2年のお話になるんでしょうかね。
とにかく、おめでとう!