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「じゃあ、これは次の授業までの宿題にするから」
「先生」
「なぁに?」
「次の授業って、明日の1時間目なんですけど」
「そう。じゃあ、今日頑張ってね。そんなに時間がかかる事じゃないでしょう?ああ、そうそう。沼井くん、笹川くん、黒長くん、月岡くん。このくらいの事はちゃんとやってね」
宿題。
あなたの目の前で、大切な人が2人、深い湖で溺れています。
あなたはどうしますか。
字数制限はありません。
一言でも良いので書いてきましょう。
どうしてそんな宿題が出たのかとか、そういう事はよく覚えてないし、そんな事を考えるだけ無駄ってやつなので。
「まぁ、そういうわけだから、さっさと終わらせて帰ろうぜ」
秋也はそう言って、教室の机を並び替えた。
どうせなら皆で一気に終わらせてしまおうという事になって。
それなら机を向かい合わせにしようか、という事になって。
多分、一番早く終わらせられるであろう秋也が、その場を仕切っていく。
教室内に残った、いつもと同じメンバーと、普段は一緒にいないような奴等。
「じゃあ、まず瀬戸な。瀬戸ならどうする?」
文章を書くのが苦手だという彼等達の頼みによって、秋也は一人、書記を務める事になった。
一人一人順番に聞いていって、それをまとめるだけなのだから、まぁ簡単と言えば簡単な仕事だ。少なくとも、秋也にとっては。
秋也はシャーペンの芯をカチカチと出して、一枚目の紙に名前を書いた。
――瀬戸豊――
豊は、少しだけ考えてから、頭の中に2人の大切な人物を思い描いた。
一人は、金井泉。もう一人は、三村信史。
「俺……動けないかもしれないよ。泳ぎ、得意じゃないし……」
豊はそう言って、頭を掻く。
「どうして良いか分からなくて、多分、何も出来なくて。それで、後悔するんじゃないかと思う。肝心な所で、いつも役に立たないし」
「豊は、出来るだろ。大丈夫だ」
豊の隣に座っている信史は、そう言って軽く肩を叩いた。
「瀬戸、気にすんなよ。例え話なんだから」
秋也はそう言って、笑ってみせる。
これを書き留めるのは少し心が痛い気がしたが、仕方がないのでそのまま書いた。
「えっと、じゃあ、慶時は?」
――国信慶時――
慶時の思い描く人物は決まっている。
一人は中川典子。もう一人は、七原秋也。
「とりあえず飛び込む、かな。実際にそんな事になったら、多分頭真っ白になると思うし」
助けられるかどうかは、その際問題にはならない。
「慶時らしいけどな」
秋也は微笑んだ。
きっと慶時なら、後先考えずに飛び込んでいくのだろう。
「飛び込む前に少しは考えろよ」
「そういう新井田は、どうなんだよ?」
――新井田和志――
和志が思い浮かべる人物は、特定の誰かというわけではなかった。
「とりあえず、美人の方。当たり前だろ」
そうして、恩を売る。助けた代償に何を望むかは、和志の自由だ。
「聞いた俺が馬鹿だった」
秋也はそう言いながら、和志の分を書き留める。
シャーペンの芯が無駄のような気がした。
「ほら、月岡達もやらなきゃいけないんだろ?」
――月岡彰――
「あら、誰も助けないわよ、アタシ。飛び込んだら、お肌が濡れちゃうじゃない」
彰は、磨いていた爪から視線を上げ、言った。
第一、“大切な人”なんて思い浮かばない。
自分が助けようと思うほど、大切な人なんて。
「三村クンだったら、助けてあげても良いケド」
そう言ってウインクすると、信史は露骨に顔を逸らした。
――冗談じゃない。
そのやり取りを笑いながら見ていた秋也は、窓際で外を見ている充達に話し掛けた。
「沼井達は?」
――沼井充・笹川竜平・黒川博――
『一人しかいねーから』
充と竜平、それから博の声が綺麗にハモって、思わず秋也は笑った。
さすがに、いつも一緒にいるだけあって、気が合っているというやつだろうか。
「笑ってんじゃねぇよ」
ムッとしたような表情で、充が立ち上がる。
「ごめん、ごめん。一人しかいないって?」
秋也は謝ってから、首を傾げた。
「大切な人なんて、一人しかいね−から。その人が溺れてたら、何が何でも助ける。そういう事」
充はそう言って、自分の席で読書をしている桐山に目をやる。
そう。彼は、自分の助けなんて必要ないかもしれないけれど。
「笹川と黒川も、そういう事?」
三人ともボスである桐山を、そんなに大切にしているのだろうか。そう思いながら秋也は尋ねた。
竜平は少しだけ肩を竦めて、さぁな、と答える。
博も、複雑そうな顔で笑っていた。
――杉村弘樹――
「杉村は?どうする?自分でやる?」
他のメンバーとは違い、こういう事が苦手ではないだろう弘樹に秋也が声をかけると、返事は違うところから返って来た。
「俺達、皆言ったんだから、杉村だけ黙ってるのは無しだろ?」
慶時の言葉に、弘樹は苦笑する。
弘樹が思い描いたのは、二人の女生徒だった。
一人は幼なじみ。そして、もう一人は――
「両方、助けたいな。俺は」
その為に、強くなる。
「例え俺が溺れ死んだとしても、二人は助けたい」
「そういうの、すげー杉村らしいと思うよ」
秋也はそう言って、微笑んだ。
「そういう奴に限って、二人とも助けられなかった上に、自分も死んじまうんだよ」
「三村!」
――三村信史――
「だってそうだろ。物理的に不可能なんだ。二人とも助けるなんて事は。いくら杉村が超人的だとしたって、な」
信史はそう言って、怒る秋也を眺めた。
「まぁ、そう怒るなよ」
「……三村はどうなんだよ。お前だったらどうするんだ」
例え話だから、と、自分を落ち着かせて、秋也は紙に信史の名前を書き殴る。
「その前に、シンジの大切な人って誰?」
豊の言葉に、秋也はギクっと体を震わせた。
何もそんな事聞かなくたって。
信史は秋也の反応を見て、面白そうに笑い、平然と答える。
「豊と七原」
「へぇ、以外。三村の大切な人が二人とも友達だなんて」
慶時がそう言うと、信史は口の端を歪めて、笑った。
一人は友達。小学校時代からの親友。
もう一人は友達?
信史の笑みを見て、秋也は彼から目を逸らす。
「良いから、さっさと答えろよ。どうするんだ」
ぶっきらぼうな口調でそう言って、必死に紙を見つめる。
「豊を助けるに決まってるだろ」
その瞬間、豊がパァっと顔を明るくしたのが、秋也にも分かった。
「さっきも言ったように、二人を助けるなんて事はどう考えたって不可能。それなら、俺は豊を助ける。豊は小学校時代からの親友だしな」
信史の言葉を書き留めながら、秋也は唇を噛んだ。
下を向いているから、きっと他の連中には分からない。
けれどきっと、信史は気付いている。気付いた上で、こんな事を言っている。
「七原なら、溺れたって自力で何とかするって、信じてるし?」
「そういうお前の場合は、きっと七原だけが助かるんだろうな」
さっきの仕返しとばかりに、弘樹は言った。
信史は苦笑して、そうかもな、と答える。それから、視線を目の前に座る人物に移した。
「七原は?」
――七原秋也――
「俺は、二人とも助けるし、俺も助かる」
弘樹のように、自分が犠牲になる事も、信史のように、どちらかを助ける事も望まない。
全員が助かる道を探す。なんとしてでも。
「そりゃ、それが一番だろうけどさ」
慶時は秋也らしいな、と笑っている。
その答えは卑怯なんじゃないか?と、和志は言った。
信史は冷静に、言葉を投げた。
「そういう事言ってる奴に限って、自分だけ助かっちまうんだよ」
「何怒ってんだよ」
帰り道、話があるから二人で帰ろうと、信史を誘ったのは秋也だった。
「別に怒ってない」
「俺、間違った事言ったつもりないぜ」
さっきの事なら、と信史は言い、秋也は違う、と首を振った。
「だから、怒ってないってば」
「じゃあ、何?話って」
皆の前で、二人の関係がばれるような発言をした事?
「さっき、色々話してて、思ったんだ。助ける側じゃなくて、助けられる側だったら?って」
「ああ……で?」
「俺、多分ずっと三村の事想ってる。三村に会いたいって、きっと、ずっと思ってる」
秋也の言葉に、信史は驚いたように横を見た。
隣を歩く秋也の目は、真剣そのもので。
「……七原……」
「何?」
「多分俺は、自分の事しか考えないと思うぜ?どうやったら助かるか。どうやってそこから抜け出すか。きっと、それしか考えない」
「あー、うん。三村なら、多分そうだと思う」
だけど、と、秋也は続けた。
「それでも俺、ずっと三村の事考えてるよ。もしそんな事になったとしたら、ずっと」
嘘じゃない――
END.
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