|
ハッピーEND
たとえ世界中の人間がそれを批難したとしても。
幸せを掴むのは、それを掴もうと努力した者だけだ。
幼い頃に母が病気で死に、父は新しい母を迎えた。
新しい母と、新しい兄達。
その中で俺だけが、異質なモノだった。
「豊!いつまでもそんな事やってるんじゃないわよ!」
義母の声が飛び、豊は慌てて拭き途中の皿を置いた。
声のする方へ小走りで向かい、一生懸命頭を下げる。
「ごめんなさい、お義母さま……」
「お・か・あ・さ・ま・?」
義母の目が、鋭く豊を睨んでいる。
豊ははっとして口を抑えた。
「あ、あの……ご、ごめんなさい、典子さん……」
「それで良いのよ。私がアンタみたいなでかい子供のいる歳に見える?見えないでしょ?」
そんな事を言われても実際に義母なのだから仕方ないと思いつつ、豊は何も言い返す事が出来ない。
「ほら、今日は舞踏会へ行くんだから、さっさと準備しなさい!」
「えっ?俺も行って良いの?」
「誰がアンタを連れて行くって言ったのよ?私の準備に決まってるでしょう!?早くドレスを持って来なさい!汚したらただじゃおかないから!」
その迫力に、豊は怯えながら典子のドレスを取りに行った。
「おい豊!何してんだよ!!」
「こっちの準備も手伝え!」
その途中で、2人の兄達に声をかけられる。
典子の連れ子なのだが、豊は2人が典子の事を「お母様」などと呼んでいるところを見た事がなかった。
恐らくは実の子供にすら母と呼ばせないようにしているのだろう。
「兄さん達も舞踏会へ行くの?」
不思議そうな豊に、和志はニィッと嫌な笑みを浮かべた。
「知らねぇんだろ、お前」
「何を?」
「教えてやれよ、敬太」
和志に言われて、敬太は舞踏会の招待状を引っ張り出す。
「ホラ、これが王子様だ」
そこに描かれた王子の似顔絵は、豊の目から見ても美男子だった。
その王子が、この舞踏会で花嫁を探している事。
たくさんの花嫁候補を待っているという事が、簡単に書かれている。
「花嫁を探しているって、書いてあるよ?」
「男だろうが女だろうが関係ねぇ。ようは王子をモノにすれば、全部が思いのままだ」
敬太はそう言って、下品に笑った。
「無理矢理犯して弱みを握るってのもアリだしな」
同じように、和志が笑う。
この舞踏会の準備に一生懸命な兄達を、少しだけ冷ややかな目で見ながら、豊はもう一度招待状に目を落とした。
王子の似顔絵の下には、"七原秋也"と書かれていた。
「王子!これは一体どういう事ですか!」
バンッと、大きな音を立てて扉が開けられる。
その音に驚いて、秋也が扉の方に目を向けると、そこには血相を変えた従者、三村信史が立っていた。
「三村……どういう事って……見たまんま、舞踏会の招待状だよ……」
暗い表情の秋也を見て、信史はギリッと唇を噛みしめる。
そのまま後ろ手に扉の鍵を閉め、ずかずかと秋也に近付いて行く。
「王子の、花嫁を選ぶと書いてあるように見えますが、気のせいですか?」
怒りに燃えた信史の目が、すぐ近くにある。
秋也はその目から視線を外して、窓の外を見た。
「仕方……ないだろ。お父様が、そろそろ嫁をって言うんだから……」
「……何故?王子には私がいるでしょう……」
「俺だって、出来ればそうしたいよ。だけど――」
仕方ない、と言おうとした秋也の口をキスで塞いで。
信史は耳元で囁く。
「貴方が誰も選ばなければ、ずっとこのままでいられますよ。王子様」
それはとても、甘い誘惑だった。
秋也には、逆らう事が出来ないほどの。
もしかしたら、王は気付いているのかもしれない。
年頃の王子が、どんなに美しい女性にも興味を示さない理由を。
きらびやかな王子としての生活の裏で、甘美で淫らな行為に溺れている事を。
「あぁっ、三村……」
豊に支度をさせた義母達は、我こそはという勢いで家を出て行った。
既に結婚している典子も、自分達が男だという事を全く気にしていない兄達も。
あまりに愚かで、豊はこっそりと笑う。
だけど。
「……俺も、行きたいな……」
あの王子を手に入れる事が出来たなら、どれだけ幸せになれる事だろう。
憧れていた城での生活。
皿洗いなんてしなくてもいい生活。
そして、悔しがる典子や兄達の目が。
「手に、入れたいな……」
そう、例えどんな手を使ってでも。
「協力して差し上げましょうか」
豊の呟きに答える者は、この家にはもういないはずなのに。
その声は、戸口の方から響いてきた。
「貴方の望みを叶える手伝いをさせて下さい」
「……誰?」
優しそうな声をして、黒いマントに身を包んだその人は、豊に対して深く深く頭を下げた。
「私は、貴方の為に現れた魔法使い」
魔法使いは、豊にぴったりの白いドレスを取り出す。
馬車も従者も、そこには用意されていて。
驚く暇もなく、豊の足元にはガラスの靴が置かれた。
「ただし、魔法は12時には解けてしまいます。それまでに必ず帰って来て下さいね」
それまでに必ず、王子の心を掴んで。
城に現れた豊は、注目の的だった。
あれは男ではないか、という好奇の目。
しかし、豊の纏う完璧な装いに、人々はその考えを振り払った。
本当は男なのにも関わらず、女性と錯覚させるほどに。
他のどのドレスよりも、豊のドレスは輝いていた。
その真っ白なドレスは、王子秋也の視線をも釘付けにする。
「……三村」
小さく従者の名を呼ぶと、信史はにっこりと笑った。
怖いくらい、綺麗に。
「どうぞ、王子。貴方のお望みのままに」
秋也はごくりと唾を飲んだ。
引き返せない所まで来てしまっている。もう。
ゆっくり足を踏み出して、まっすぐ歩く。
豪奢な、白いドレスに向かって。
「お嬢さん、踊って頂けませんか」
王子からかけられた声に、豊は戸惑ったふりをしながら笑った。
「私で良ければ、喜んで」
もう灰被りだなんて呼ばせない。
全てが手に入るかもしれない予感に、豊は身を震わせた。
羨望の眼差しが、自分に向けられている。
「あなたのお名前は?」
王子に尋ねられて、豊は一瞬戸惑った。
本名を名乗ってもいい。
けれど、それ以上に印象付ける名前がいい。
「……シンデレラ」
「灰被り?」
不思議そうな顔をする王子に向かって、豊は寂しげに微笑んだ。
彼に、自分を気にしてもらうために。
多くの人が手に入れたいと思っている人と、自分が踊っている。
このチャンスをモノにするために、最後の仕上げをしなければならない。
――12時の鐘が鳴る。
魔法が解ける、鐘の音が。
「いけない。もう帰らないと……」
王子の心に、自分を刻むために。
ガラスの靴の片方を、わざと落とす――
王子が、ガラスの靴の持ち主を探しているという話は、あっという間に広まった。
その持ち主と、結婚するという事も。
「このガラスの靴を、舞踏会にいらした方々に履いて頂きたい」
そう言って城の従者が来た時は、思わず笑みがこぼれた。
けれど豊は呼ばれなかったから、こっそりとドアの隙間から、様子を伺う。
あの靴が、自分の足にしか合わない事を、知っていたから。
これは余裕というやつだ。
「向こうで履いて来ます」
和志がそう言って、豊の方へやって来る。
「ちっ、こんな小さい靴に足が入るわけねーだろ……」
ぶつぶつ言いながら、必死で足を押し込もうとしている。
その姿があまりに滑稽で、豊は笑いを堪えるのに必死だった。
どうしたって入らない上に、似合っていないその靴を、どうやって履くのか。
悔しそうに諦めるのを、そのまま見ていても良かったけれど。
「ねぇ、足、切っちゃえば?」
「は?」
これは、そう。
ささやかな復讐……
「だって、お城で暮らせたら、もう歩かなくても良いんだよ。そんな足、要らないでしょ?」
あくまで親切そうに、豊は言う。
「……それもそうか」
あっさりと、簡単に。
自分の踵を削り落とす和志を。
豊は冷ややかな目で見ていた。
苦痛に顔を歪め、それでも必死に。
血まみれの足を、靴に押し込む。
なんて、愚かなのだろう。
当然の事ながら、従者はそれを認めなかった。
痛みに泣き叫ぶ和志の次は、敬太の番。
「爪先の方を切りなよ。靴に入っちゃえば、分からないよ」
いとも簡単に、豊の言葉を信じて。
足の指を切り落とす敬太に、嘲笑を浮かべた。
靴からそんなに血が溢れていたら、分かるに決まっているのに。
そして怒り出す従者に向かって、豊は一歩を踏み出すのだ。
栄光の道への一歩を。
「俺にも、履かせて下さい」
お前なんかに、という、兄達の目の前で。
彼等の血にまみれたガラスの靴を。
あっさりと、履いてみせる。
彼等の表情が、面白いように変わるのを目にして。
豊は従者に連れられて、馬車に乗り込んだ。
これで、物語はハッピーエンドだ。
全てを手に入れた、お姫様の。
「良かったですね。最後に復讐が出来て」
微笑む従者に、豊は戸惑いの表情を浮かべる。
「……何の……事ですか」
従者はクスッと笑った。
「覚えていらっしゃいませんか。私を」
言われて、豊は従者をじっと見つめる。
どこかで見たような気がしない事もない。
舞踏会の時、お城で?
いや違う。
「あの時の、魔法使い!?」
豊にドレスを差し出し、ハッピーエンドへの手伝いをした、あの。
「そう。本当は三村信史という名ですが」
「城の人だったんですか……どうして俺にあんな事を?」
「簡単な、事です」
信史はそう言って、傍らに置いてあった物に手を伸ばす。
「王子が、誰かに心を奪われる」
鋼で出来た剣の。
「その人でなければ結婚しないと言い出す」
柄を、握る。
「王は仕方なくそれを認める」
ゆっくりと、引き抜く。
「けれどその人は見つからない」
刀身が、鈍く輝く。
「永遠に」
ぴたりと。
「王子は一生、二度と会えない人を想い続け、他の女性と結婚する事はない」
豊の首筋に、刃が当てられる。
「私のシナリオです。王子はそれに納得しました」
「そ、そんな……こんな事っ……」
「大丈夫。貴方がいなくなったところで、誰も心配なんかしませんよ。灰被り姫」
剣を一度、豊から離し。
「ど、どうして俺が……」
勢いをつけて。
「だって貴方は、王子なら誰でも良かったのでしょう?」
深く、突き刺す。
「でも私は駄目です。秋也でなければ、何も満たされない」
どくどくと、血が流れる。
「あいつじゃなければ、何も感じない」
信史は豊の死体からガラスの靴を脱がし、馬車から蹴落とした。
「三村っ!」
帰って来た自分を見るなり、血相を変えて走って来る秋也に、信史は微笑む。
王に報告を済ませて、まっすぐ秋也の部屋にやって来た。
そのままの勢いで、抱きついて来る秋也をしっかりと受け止めて。
「シンデレラは、見つかりませんでしたよ」
耳元でそう囁くと、安心したように秋也の体から力が抜ける。
しかし、すぐにまたきつく抱きしめられた。
「三村……三村っ」
よっぽど心配していたのだろう。
それとも、我慢が出来なかったのか。
秋也は信史の名を呼びながら、何度も何度も彼に口付けを求める。
幼い頃から王子に仕え、彼を罠に引きずり込んだ。
今更、誰にも渡さない。
一生このまま、甘い快楽を共に味わう。
信史の落とした、血まみれのガラスの靴は、いつまでも輝いていた。
――怖いほど、綺麗に。
END.
|