|
失われた人魚姫
どんなに恋焦がれても、側に行けないのなら。
どうしてこんなに人を好きになるのだろう。
好きになっても駄目なんだ。
見つめる事しか出来ない。
男同士なんて、結ばれる事はないのに。
「シンジは?」
豊の声に、信史は我に返った。
「ん?何だって?」
「もう、聞いてなかったのかよ!」
ちょっと拗ねた顔をして、豊がそっぽを向く。
「酷いよね、ノブさん」
「ホントホント。酷いよな」
慶時がそれに合わせて頷き。
秋也や弘樹までもが、三村は酷いと言い出す始末。
ずっと言わせておいたら、ろくなことにならない。
「……オーケイ、俺の負けだ」
両手を上げて、降参。
まぁ、聞いていなかった自分が悪いのだから、ここは大人しく負けを認めておく。
「で、何を訊いたんだ?豊」
「シンジの好きな人は?って訊いたんだよ」
信史は少しだけ、眉を上げた。
「好きな人、ねぇ……」
恐らく話題を出したのは豊で、一人盛り上がっているのも豊なのだろう。
キラキラした目をして信史を見つめる慶時と秋也は好奇心の塊で、弘樹は傍観者といった所か。
さしずめ信史は、酒の肴。
「お前等は言ったわけ?」
「もちろんだよ!だからシンジの番!」
言い切る豊を、信史は目を細めて見つめ返す。
「ふぅん」
ゆっくりと、一人一人の目を見て。
「七原、目を逸らしたな」
「べっ、別に逸らしてなんか……」
秋也は慌てたように弁解するが、その態度のせいで更に怪しくなっている。
嘘を見破るには、秋也か慶時の目を見つめる事が一番だと、信史は知っていた。
「で、誰?」
身を乗り出す豊に、信史は苦笑する。
「そうだな……」
そう言って教室を見渡すが、適当な女子は目に付かなかった。
「俺は、俺の事を好きな女の子達が全員好きかな」
当り障りなく。
ザ・サード・マンらしく。
そんな事を言っておく。
「シンジ、いつか刺されるよ」
少し拗ねた顔で、豊がそう言うと、信史は笑った。
「そこに愛があればいくらでも」
たった一人の君に「好き」と言う事が出来ないのなら。
「好き」なんて言葉に、何の意味があるというのだろう。
言葉以外の何かで、君に示せる何かがあるとすれば。
「それで、三村はホントに好きな人とかいないんだ?」
帰り道、偶然一緒になった秋也と歩きながら。
そんな話を持ち出されて、一体何の事かと信史は思った。
「だから、いるって」
言っただろ?と言う信史に、秋也は苦笑する。
「瀬戸、拗ねてたな」
「そういう七原は?」
「好きな人?いるよ」
誰か、なんて。
尋ねる事に意味はない。
「へぇ……」
そりゃ残念だね、うちのクラスの女子は。
まぁ、誰か一人は報われるのかもしれないけど?
そんな事を思いながら、「七原秋也争奪戦」を思い浮かべてしまって、信史は一人で笑った。
「なんだよ。笑う事ないだろ」
「ああ、違う違う。それで笑ったわけじゃねぇよ」
誰かを好きになるという、真剣な気持ちを。
笑ったりするほど落ちちゃいない。
「俺もいるよ、好きな人」
そう言ったら、どうなるだろうかと考えた。
「七原」
真剣な顔をしてそう言って、驚く秋也の目を見た後、冗談だと笑って。
それでいつも通りの生活に戻る。
そんな事を瞬時に考えて、信史は口に出そうとしたけれど。
声が、出なかった。
伝える事なんて出来やしない。
だって決して結ばれる事のないものだから。
「そういえば、さっきさぁ……愛があれば刺されても構わないって、三村言っただろ?」
「……あぁ、言った、かな」
ひりつく喉を抑えながら、信史は答える。
言いたかった言葉は、出てこなかったくせに。
「俺も、そうかなって思った」
少し照れくさそうに、秋也が言う。
それが、とても彼らしいと思った。
だから信史は。
「俺は刺さないぜ」
「あははっ、三村になんか刺されないって」
返り討ちにしてやる、と秋也は笑った。
「お前じゃなくてさ」
信史は溜息をつくように、言葉を吐く。
「好きな人を刺すくらいなら、泡になって消えてやる」
「お前はいつから人魚姫になったんだよ」
三村の人魚なんて気持ち悪い、と、秋也は笑って走って行く。
声の代わりに足を手に入れた人魚姫ね……
それなら俺は何を犠牲にして何を手に入れる?
答えの出ない、自問。
「七原!」
かけられた声に、秋也は足を止めて振り返る。
「犠牲を払って人間の足を手に入れた人魚姫って、それでも人魚って言えると思うか」
愛する人の為に、人魚である事を捨てた人魚姫。
人魚ではないのに、人魚姫……
「言えるだろ。当たり前だって。そんなの」
そう言って、笑い飛ばす秋也が眩しくて。
信史は笑った。
それなら俺が俺でなくなっても。
七原は俺だと思ってくれるよな?
例え、何も言えなくなっても。
例え、君が誰かと幸せになるのを見ている事しか出来なくても。
それでも、側にいる事が出来るなら。
どうかこの想いだけを、君にこめて……
音を立てて、落ちる。
信史の手から。
彼の想いをこめた。
――ベレッタM92Fが。
END.
|