エリザベスは孤児だった。
物心が付いた頃には孤児院にいて、同じ境遇の子供達とともに育ってきた。
しかし、自分が孤児であることを意識したことはなかった。
もちろん、寂しくもなかったし悲しくもなかった。
なぜなら、普通の家庭がどのようなものであるのか知らなかったし、
“両親”という言葉の持つイメージも彼女にとってはただ漠然としたものでしかなかったからである。
エリザベスにとっては孤児院が家であったし、シスターが両親だった。
彼女にとってはそれで充分だったし、一緒に生活する多くの子供たちとの生活はそれなりに楽しく、幸せだった。
院長のシスター・クーベリッジから、この孤児院には18才までしか居れないことや、
彼女がどのような経緯でここに送られてきたのかを聞かされたのだ。
そのとき、エリザベスは哀しみと喜びを同時に味わった。
哀しい方は、母親の名前を聞かされたことだった。自分にも母親がいる。
そう思うと今まで別世界の事のようにしか思っていなかった事が、激しい感情を伴って胸をしめつけたのだった。
泣いてはいなかった。ただ、なぜか涙が止まらなかった。
シスターは彼女の涙が止まるのを待ってから、もう一つの嬉しい報告をした。
エリザベスがここに引き取られてから16年の間、彼女の養育費として毎月、
施設に寄付を続けている後見人がいる事だった。
彼女は自分の足ながおじさんがいることを知り、喜んだ。ここを出ても一人ぼっちではないのだ。
後見人のいる孤児たちはすべて、16才になった日から彼らに対して自分で接し、
卒院までの2年間に各々の後見人と相談して自分の将来をきめなくてはならないという決まりがあった。
シスターは、後見人への最初の手紙は、16年間のお礼の気持ちを込めて書かなくてはいけません。
と優しく言いながら、彼女に後見人の住所と名前の書かれた紙を手渡した。
足ながおじさんの名前は、パトリック・ローズウォール。金持ちの篤志家であった。
エリザベスは彼への手紙の中で自分は役者の道を歩みたいことや、
以前見た映画に出演していたジュディー・ガーランドに憧れていることなどを書き綴った。
そんな彼女の熱い思いが足ながおじさんに通じ、
まもなくローズウォールの紹介で演劇の学校に通うことになったエリザベスは、
舞台に立つ自分を夢見て毎日の厳しいレッスンに励んだ。
もともと素質があったのであろう、彼女の学校での成績は常にトップで、
いつか先生からも将来を嘱望されるほどの生徒になった。
そして孤児院を卒院する三ヵ月前、
エリザベスはローズウォールの勧めで映画のオーディションを受けてみることにした。
映画のタイトルは「映画狂殺人事件」。
彼女はハリウッドまでの長旅の疲れをものともせず、オーディションを受けにでかけ、そして、___
主役に抜擢された。
(映画狂殺人事件 広告掲載時のプロローグより)