2005年


2005年11月21日       少し早かったけど・・・                          

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パパとお休みが重なった久々の平日なので紅葉の名所【香嵐渓】へ出掛けました。
【平成の大合併】でこの山間の町も世界に名の通る”豊田市”になったんだって!(そんなことはどうでもいい・・・)
紅葉はというと少し早くて日の当たるところは真っ赤だけど、全く色づいていないモミジもたくさんありました。
平日とはいえすごい人、人、人。
夕方からライトアップされるため午後からどんどん人が増えてきます。
何か食べるにも並ばなくてはいけないので一通り散策して2時間ほどして帰路につきました。


2005年11月6日        さようなら、ミス・サイゴン                        
10年以上も前、どうしても見たいミュージカルがありました。
それは今後も帝国劇場でしか上演しないというふれこみでした。
「名古屋へは来ない」そう言われたらますます見たくなり、電話で予約をしたったひとりで東京まで見に行きました。そのミュージカルは「ミス・サイゴン」
そのミュージカルでわたしの印象をガラッと変えた女優が「本田美奈子」さんです。
その彼女の訃報を今日聞きました。
ミス・サイゴンを実際見るまでは正直「本田美奈子〜?アイドルがやんの?」って印象でした。
ところが、彼女の歌は私の全身鳥肌立ちっぱなしにさせました。本当に本当に感動してずーっと拍手をして手が暑くなるほどでした。
それから「レ・ミゼラブル」でも彼女の「エポニーヌ」を見てやっぱり感動!
大好きなミュージカル女優のひとりに加わりました。
その彼女が急性骨髄性白血病と聞いたのはまだ今年が始まったばかりでした。
夏にはテレビで「臍帯血の移植を受け、快方に向かっている」という本人の電話出演を見ました。
つい先日はクラッシックを歌ったCDが発売され、完全復活を予感させていました。
とってもショックです。これからどんどん名作と成りうるミュージカルに欠かせない女優になっていたでしょう。
ご冥福をお祈りします。


2005年9月25日       「もりのこえ聞こえた?」 愛・地球博閉幕               
185日の日程を全て終えて「愛・地球博」が閉幕しました。
開幕の頃は雪が降るほどの寒い日が続き、入場者数も新空港セントレアに訪れる人の方が多いなんてこともあったほど低調・・・
ところが終わってみれば予想を大きく上回る結果でした。
私はというとメイン会場の長久手会場2回、瀬戸会場1回、ささしまサテライト会場に1回出掛けました。
本当はもっと行きたかったです。それほど愛・地球博は私にとって魅力的なイベントでした。
実は今日も行っちゃおうかとも思ったんですが、チケットもないしきっとすごい人だろうからやめました。
とにかく閉幕に近づくにつれ、毎日「会場前から○万人並んだ」とか「徹夜組が○百人」とかってニュースで流れます。
だからこの万博のために開局した「FMlovers」を聞きながら閉幕の様子を想像してました。
夕方からは愛地球広場でキャラクターのモリゾー・キッコロのイベントがあり、終了と共に2人は森に帰って行きました。
大きな事故は問題もなく、「自然の叡智(えいち)」のメインテーマに沿ったエコロジーとロボットなど最先端技術が織りなす愛知万博は大成功だったと思います。


2005年9月14日       温泉旅行                                   

展望台でもなんでもない旅行客はまず来ないであろう崖からの絶景!最高の由布岳を望む。(写真をクリックすると拡大されます。)
先週8日〜10日友人達と5人で大分県の湯布院へ出掛けました。
旅行なんて何年ぶりでしょう。しかも企画はすべて友人任せです。(とってもらくちん(^_^)v)
一日目は観光タクシーで別府の地獄巡りをして湯布院へ。
ペンションのようなプチホテルの部屋には露天風呂!
大浴場と部屋風呂と満喫しました。
二日目も観光タクシーで湯布院周辺をまわってもらい、とってもおいしくてお手頃な大分名物トリ天(鶏肉の天ぷら)を食べさせてくれるお店まで教えてもらいました。
そして午後からは湯布院を散策。一般に想像する温泉街とは違いまるで軽井沢や清里みたい。とってもかわいいお店がいっぱいです。良い天気が続いたのに三日目は雨予報。
途中から大雨が・・・なんとか駅まで歩き最後に楽しみにしていたJRの【ゆふいんの森号】に乗ろうと駅で待っていたらなんと大雨のため前の駅で止まってしまいいつ運転再開されるか不明とのこと。このままじゃ帰れない!
急いで高速バス乗り場へ行きなんとか福岡へ
空港で博多ラーメンを食べ、最終便に変更してもらった飛行機に乗るために搭乗口へ向かったら、なんと今度はその飛行機の整備不良が見つかり20分遅れて福岡を飛び立ちました。
最後は波乱に満ちた旅行でしたが、とっても楽しかったです。


2005年8月7日       宵の明治村                                   
犬山市にある【博物館 明治村】をご存じでしょうか?
明治時代の建物を全国から移築し、公開している野外博物館。
広大な敷地には国の重要文化財を含む60以上の建物があり、まだまだこれからも増えていきそう・・・
その明治村で毎年お盆の前後の10日間ほどの期間【宵の明治村】というイベントが行われます。期間中は夜間営業され、浴衣を着ていくと女性は入場が無料になり、ライトアップや花火なども行われます。
毎年行きたいと思いつつやっと今年出かけました。
ところが現地に早く着きすぎた。暑い!!まだこれからライトアップという時間なのに慣れないげたにまめが出来るし浴衣も着崩れてくるし、夕立は降るし、とにかく疲れた〜
結局、ライトアップも花火も見ずに帰ることにしました。
来年は夕方から出掛けようと思いました。


2005年6月4日       世界のばら                                   
万博が好調の中、岐阜では「フラワーフェスティバル2005」というイベントを開催中!
岐阜は有名な【ばら】の産地です。
実は3月の開幕すぐのころにも行ったんですが、その時は野外のバラ園には全くバラは咲いてません・・・(早すぎ)
屋内の【青いばらブルーヘブン】や紀宮さまにちなんだ【プリンセスサヤコ】などを見て、「5月にもう一度来よう」と胸に帰って来ました。
先週出かけたんですがすごい渋滞で近くまで行けません。
そして今日再度挑戦。
今度はちょっと遅かった・・・終わりかけのバラ園でした。
それでも色とりどりの見たことのない色、形、大きさのばらが咲き誇っていました。
諦めず再度行って良かったです。


2005年5月9日       脊髄空洞症発病から3年・・・                        
脊髄空洞症という病気が発見されてから3年が経とうとしている。
手術の必要なし、年一度のMRIでの経過観察、そして特に治療の必要なし・・・
でも症状はよくなるわけではないし、治るわけじゃない。
最近のわたしと言えば、左手は常時しびれ握力は大体9kgくらい。
そして左足はしびれに加え、だるくて突っ張っていて夜になると毎日虫ずが走り回っている。。。
時々左肩から腕が抜け落ちそうになる。
一日の疲れが左半身にどっとたまり、感覚が薄れていく。
左手も左足も他人の物の様、なのに私の意思で自由に動く。キーボードも打てるし、家事も仕事も出来るし、信号が変わろうとしていれば走れるし・・・でもこれがいらいらして気持ち悪くてたまらない。
足がだるくてだるくて「切り取ってほしい」などと罰当たりなことを口走ろうとして言葉を飲み込む。
こういう時は自分の感情がコントロール出来なくなる。気分を落ち着かせるために安定剤を飲む。
それでも病気を理由に仕事は休まない。出来ないことは出来ないとはっきり言って助けてもらう。でも病気を言い訳にはしないようにしている。(出来ないのと言い訳にするのは違うよ。)
病気を理由にしたら「病気に負けた」ことになるから。
病気には負けない。負けてたまるか!きっと症状は改善しないんだからいちいち負けてられない。
がんばる必要はない。常に前向きにそして「ケ・セラ・セラ」なるようになるさ。


2005年3月26日      なごり雪の中、愛・地球博が始まった。                 
いよいよ愛知万博【愛・地球博】がはじまりました。
35年前の大阪万博の時、わたしは小学校低学年でした。
町内旅行で近所の人たちはみんな行ったのに、我が家だけ参加しなかったのでわたしは万博経験がありません。
誘致をしていたころ、「自然破壊だ!」って市民運動が行われていた頃、私は「どっちだっていいや。」って思ってました。
でも去年ころから地元のニュースでは工事風景が流され、宣伝のためのイベントが開かれたり、会社に近い地下鉄の出口の階段を上がって見えるビルには「愛・地球博開幕まであと○○日」っていうカウントダウンが始まるとやっぱり行きたくなるものです。
そして昨日の開幕、なんと朝雪が降りました。
私の記憶の中には名古屋で3月の下旬に雪が降った覚えがありません。
きっと桜が咲き始め、ぽかぽか陽気の中始める予定だったんでしょうね。
こんなに寒い開幕のため、入場者数は予想を大きく下回っているそうです。
それにしても「どっかから入場券が手に入る。」って勝手に思ってたのに未だに手に入らず・・・やっぱり正規に購入しないとだめなんだろうか・・・


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