2002年



02年12月22日     2002年という年                                    
今年も残すところあと1週間あまりとなりました。
この1年はどんな年だったかと思い起こすと本当にいろいろなことがあったなぁ。
しかもあまりいいことは思い出せない・・・
新年早々にはチェルシーが神経系の病気になり3週間の看病と通院生活。ポッキーを病院へ連れて行くタイミングを間違え死なせてしまったという思いがあるから絶対助けたかった・・・おかげさまで斜頸や後遺症が残ることなく完治し今はとても元気です。(^-^)
春にはあまりにもひどい肩こりと左手のしびれが・・・検査の結果聞いたこともない脊髄空洞症という病気と診断された。(>_<)これはショックというか自分の置かれた状態が良く理解出来なかった・・・でも本来楽天的な性格のわたしはそれほど落ち込まなかった。「しょうがない。」って受け止めることにしました。ネットのおかげで同じ病気の人たちに出合えたし、思いっきり弱気になった自分をぶつけられる掲示板にいつも助けられている。
8月のポッキーの一周忌にポポロンと出合った(*^_^*)いい思い出といえばこのくらいかなぁ。
9月にはかーるパパの原付が盗まれて再起不能の状態で発見された。今、パパはわたしのピンクの自転車で通ってます。毎日足がパンパンにはって慢性筋肉痛になってるみたい・・・
同じ9月、なんといっても母が亡くなった。あまりにも突然すぎる訃報でした。
そして最後に病気の症状がひどくなってきている。今日も左肩は動かせない。動かすと激痛が走る。病気が進行しているのかどうかは定かじゃないけど取りあえず、再度MRIを撮ることになりました。 
こんなにいろいろな事が起きた年は今まで生きて来て他には思い出せません。
みなさんはにとって2002年という年はどんな年でしたか?

02年12月2日      脊髄空洞症その後の症状                              
わたしが脊髄空洞症と診断されてから半年が経とうとしている。
この病気の第一人者の慈恵医大阿部先生に診ていただいて「手術の必要は今のところない。」ってことだったけど
肩と腕の痛みがひどくなってきている。

<痛くて出来ないこと、つらいこと>
・左肩と腕の付け根が痛くて左腕(上腕)は肩より上に上げられない。
・リュックやショルダーバックを持つとつらい。(わたしはずっとリュック派だったのに。)
・服の脱ぎ着がしづらい。特にぴったりした被り物、肩幅が狭いものがつらい。
・シャンプー、そのあとのブロー。
・背中を掻く。(100円ショップでまごの手を買った^^;)
・物干し竿を拭く。右手のみで拭くのでとっても拭きにくい。洗濯物を干すのも取り込むのも右手のみ。

何もしていなくても左手はいつもしびれています。ふだんは右手で左手の平を押さえるとジーンとするくらい。
このふだんのしびれにはもう慣れた。最初はよくものを落としたけどそれは無くなった。
でもしびれもひどくなることがある。正座をしてて足がしびれてきてくずしたくなるくらいのしびれ。
こうなると中指が痙攣したりする。中指の痙攣は普段のしびれでも時々あるけど。
月曜日〜金曜日まで会社に出勤しているけど疲れがでるのか土曜日に痛みが襲ってくることが多い。
金曜日の夜寝るときから痛くて眠れなかったり、痛みで目が覚めたりすることがある。
阿部先生は「1年に1度MRIを撮って様子をみましょう。」って言われたけどなるべく早くもう1度撮ってもらおうと思っている。来年度から健康保険の負担額が増えるしね。

02年11月11日     ポポロンの保険証券                                  
anicomという動物(ペット)の共済保険があります。
カールとチェルシーはすでに加入済み。生後4ヶ月から加入可なのでポポロンも11月から加入させていただいた。
そしてりっぱな保険証券が届いた。これで病気やけがで動物病院へ行ったとき半額を負担してもらえる。
証券は見開きでA4サイズ←の面には契約者(わたし)の住所、氏名と被共済動物(ポポロン)の名前、性別、去勢(避妊)の有無、生年月日(推定)、種別(兎)、品種(ネザーランドドワーフ)、そして契約内容が書かれている。
うちは3匹が加入なので多頭割引されて全員分で毎月保険料は4000弱。
半額になると思うと何か気になることがあったらすぐに病院へ連れていける。
加入する前は「もう少し様子を見てみよう、良くなるかもしれないし・・・」ってのがあって結局何回も通院することになったりして。動物はしゃべれないし、ましてうさぎは声を出さないから犬や猫よりも調子が悪いのがわかりにくい。
幸い、ポポロンはとっても元気です。たぶん病気には縁がないんじゃないかと思っています。
でも元気が良すぎてケガでお世話になったりして(;^_^A

02年11月2日     秋の行楽♪                                        
 
     千手滝

 
     布曳滝
3連休の初日。かーるパパとドライブへ行くことにした。
最近、めっきり寒くなり紅葉が進んでいるというニュースを見たので「そうだ、紅葉を見に行こうよ!」
行き先はどこにしよう。紅葉の名所といわれる所のうち行ったことのないところをいろいろ探す。東海地方で「山といえば岐阜」と単純に考えてしまう。一昨年行った白川郷とセットで観光地になっている「白山スーパー林道」はすでに雪のため通行止めらしい。
よくバスツアーで必ず行き先として載っている「赤目四十八滝」って遠いのかなぁ。
三重県の名張市方面。車で2時間くらいで行けるらしい。でも山を登って行かなきゃいけないから大丈夫かなぁ。左肩が痛くて上がらないからちょっと不安。
有料道路を使わずに2時間少しで現地着。寒い。長袖Tシャツ+コール天のシャツ+薄い中綿入りのナイロンジャンバーでも寒い。でもその心配は10分も歩けば吹っ飛んだ。細い渓谷の道を歩いているとすぐにうっすらと汗が・・・
四十八滝といっても滝らしい滝は5つほど。あとは言われなければ気づかずに通りすぎてしまいそう・・・
紅葉はといえばまだ少し早かったみたい。3分くらいの色づきというところだろうか。
来週ぐらいが見頃かも。1周して帰ってくるまで2時間くらい歩いた。
心配した肩の調子はというと急な坂に細い手すりが付いているが、右側に付いているときは右腕に力がいれられるがいいのだが、左側にあるときはつらい。腕に力が入れられないから手すりを持たずに上がる。川に沿って渓谷に遊歩道が作ってあるから川が右手側にあったり左手側にあったりする。
とにかく疲れた〜〜明日はきっと足が筋肉痛だろう。えっ?だあれ?「明日じゃなくって2〜3日後なんじゃないの?」なんて思ってるのは。

02年10月30日     換毛期                                             


今日の収穫 ̄(=∵=) ̄
最近、カールの毛が面白いように抜ける(◎_◎)
チェルシーとポポロンはそれほどでもないんだけど・・・
特におしりのあたりがすっごい!!ちょっとつまめばごそっと抜けてくる。
←は、ほんの2〜3分のグルーミングで抜けた毛。本当はもっとやりたいんだけど本人は「もうやめてくれ〜」と逃げられる・・・
ケージの中ももの凄いことになっている。毎日カールが部屋で遊んでる時に掃除機(電池式の小型のやつ)で吸い取るとみるみる掃除機がいっぱいになっちゃう。
そして周りにはふわふわと毛の固まりが飛んでいる。
最近、やたらくしゃみが出るのはこのせいかな?かぜかな?どっちだろう・・・
カールのおしりの毛はふだん濃い茶色なんだけどリング状で根本が薄いグレー、中間が薄い茶色、先が濃い茶色。その色つきの毛がごっそり抜けるもんだから、おしりは今グレーのところが所々に・・・なんだかみすぼらしい(;^_^A
この換毛期はいったいいつまで続くんだろうか。

02年10月26日     企業の中の研究者
先日、島津製作所の社員である田中さんって人がノーベル賞を受賞しましたよね。これってすごくないですか?
普通、企業の中で研究開発されたものってその会社のものになっちゃうでしょ。ちゃんと見てる人は見てくれてるんだなって全く関係ないけど嬉しくなっちゃいました。
わたしの父はやはり企業の中の研究者でした。
ノーベル賞には全く縁遠いでしょうけど^^;
世の中にまだ「セラッミック」って名前が浸透してない時代からニューセラッミック開発一筋の工学エンジニアだったんです。
父の研究開発で2つだけ特許をとったものがあるそうです。
そのうちのひとつは改良されて電気ストーブなどに使われています。
名前は載ってるらしいけど、特許権をもってるのは会社だから父は毎月特許料として1つ500円×2で1000円が支給されていたそうです。
会社は何千万もうかったかもしれないけど本人は1000円/月です。
でも島津の田中さんはノーベル賞をとった研究の特許料を2万円しかもらってなかったらしいからそれに比べたら毎月1000円のほうが割はいいのかな。(もち退職と同時に支給も終わりです。)
どちらにしてもがんばって研究開発してもノーベル賞でも取らない限り会社はたいして誉めてくれないんだなって、田中さんのニュースを見て思った次第です。
理数系の父を持つわたしがなんで数字をみるとじんましんが出るのかしらん。不思議だ〜!

02年10月19日    チェルシー病院へ行く。
18日の夜。またまたチェルシーの様子がおかしい。
全くなにも食べない。朝入れたごはんはきれいに食べていた。
でも夜は全く・・・
20:00前帰宅後、いつものようにチェルシーをケージから出す。
いつものように彼女は外のトイレへ。
おしっことゆるゆるのうんち。「?チェルちゃんまたお腹の調子が悪いの?」おなかの調子を整える薬をあげてみる。いつもは自分でぺろぺろなめて飲むのに全く飲まない。まだその時はあまり気にしてなかった。ところが、1時間半後ケージに戻してもいつもすぐごはんを食べるのに全く食べない。大好きなおやつ(ドライフルーツ)も食べない。それどころか目に元気がない。ただ座ってジーっとしている。
「やだ、チェルちゃん大丈夫?お腹痛いの?」ブロッコリーをあげてみた。いつもはわたしの手を押しのけるほどよろこんで食べるのに臭いを嗅ぐだけ。お腹をマッサージしてみた。少しずつ2〜3度繰り返した。
そしたら少ししてブロッコリーを食べた。牧草も少しだけど。
そして今朝、目が元気を取り戻しているけど、念のため病院へ。
いつもの担当の先生はお休みでだったので初めての先生。ちょっと不安・・・
いろいろ診ていただいて特に異常は見あたらないとのこと。
たぶん急に冷え込んだからそれがストレスになったんじゃないかって。
飼いうさぎは環境の変化についていくのがむづかしいんですって。
一安心。念のため食欲を出す薬をもらいました。
幼少時代を野良で過ごしたチェルシーがなんで一番弱いのかしら・・

02年10月16日   MOGA
突然の訃報から今日で4週間。時間ってあっという間に過ぎてゆきます。
私が、ファッションの仕事をしたいと思ったのは間違えなく母の影響です。
母は昭和3年生まれ。今で言えば高校生の時に終戦を向かえた人です。その時代のしかも知多半島の漁師村に育った母ですが祖母は母に洋裁を習わせました。母の生家は戦前はとても裕福な使用人が何人もいるような家だったそうです。女学校(今の高校)に進学したのは同級生でも2〜3人だったそうです。洋裁を身につけた母は戦後、時代が変わるとき田舎では相当な”モダンガール”だったようです。
私が子供の時着ていた洋服は、ほとんどが母の手作りでした。
今みたいに服を選ぶ選択肢があまりなかった頃、学校に行くと同じ服や色違いの服を着ている同級生が何人かいる中、わたしと同じ服を着ている子は誰もいないのがわたしの自慢でもありました。
わたしは自然に高校は家政科を選び、ファッションを学びたいと思うようになりました。
「東京の文化(服装学院)へ行けば?」わたしに文化行きを勧めたのは母でした。文化へ通うのは本当は母の夢だったんです。戦後すぐの時代に母のその夢はあきらめざるおえない夢だったんでしょう。
母に勧められて、はじめて文化へ通うのが私の夢になりました。
MOGAだった母は、年老いても出かける時は、たとえ行き先が近所の八百屋さんでも、きちんと化粧をし、着替えて出かける人でした。
家の中では、下着だけでいるようなおばちゃんだったけどね。

02年9月20日     訃報
突然の電話でした。
18日の午後6:00少し前、「お母さんが亡くなったって留守電に入ってる。」ってかーるパパからの電話。「えっ?」他の人の間違いじゃないの?(95歳になる父の叔母が健在だし。)
すぐに実家に電話した。義姉が出た。
わたし「どういうこと?」
義姉 「保育園からお向かえに来ないって電話が入ってあわてて来てみたらもう亡くなってた。伊藤先生(主治医)に来てもらったけどたぶん今朝5:00くらいだろうって。脳出血らしい。」とのこと。
母は保育園に通う上の兄の子をお向かえに行き、兄夫婦が仕事を終えるまで面倒をみている。その他の時間はひとり暮らし。
血圧は高かった。血糖値も高くインシュリンを打っていた。でもとても元気で「今度のお彼岸におばあちゃんちのお墓参りに連れてって」と数日前に電話をかけてきたばかり。
お向かいのお宅のおばさんは母とは幼なじみ(偶然お互い今の家に引っ越してきた。)で「きのうの夜、漬け物を漬けたって言ってもってきてくれたばっかりなんだよ。」斜め前のおばさん「朝、わたしが仕事に行く時に雨戸が閉まったままだったでおかしいとおもったんだわぁ。そん時にたかくん(兄)に連絡すればよかったねぇ」娘が言うのもなんだけど母は本当にいい人だったからこうして夜遅くても近所の方々が続々と来てくださる。わたしの知らない人もいる。
母自体もまさか自分が死ぬとは思ってないから、家の中はいつものまま。洗濯機には洗濯物、冷蔵庫もいっぱい。炊飯器にはたくさんのごはん。お彼岸用に用意したんであろうお花がバケツに入れてある。
どこになにがあるかわからない。お客様用の湯飲みも探しまくり。
その晩母が眠る横には下の兄がいつの間にか眠ってしまっている。わたしは元自分の部屋のベットで寝ることにした。掛け布団が見あたらず「おかあさ〜ん、布団どこ?」って声をかけそうに なる。あまりの突然の出来事のため、何度も「おかあさん」って呼びそうになる。自分の部屋にいるとなんの為に帰ってきたのか錯覚してしまう。
きのうは友引だったため葬儀は明日になった。そのため先にきのう荼毘に伏した。(実家のほうではお骨で通夜、葬儀をするのはめずらしくない)出棺のときも多くの方々が目を潤ませて見送ってくださった。母の人柄が良くわかる。
たったひとりで突然逝ってしまった母の手には電話が握りしめられていたらしい。しかしダイヤル出来なかった・・・
母のお棺のなかには孫たちからの手紙と母自身が縫った大好きな総レースのワンピースのアンサンブルが入れられた。
母にはただただ、感謝の一言です。

02年9月16日     祝!1周年
早いもので今日でHP公開から1年が経ちました。
これも温かく見守っていただいた方々、ご訪問いただいた方々のおかげです。
そして、わたしたちを癒してくれているうさぎたちのおかげです。
ネットって不思議です。たぶんPCがなければ、ネットをしなければ知り合えなかったであろうたくさんのお友達が出来ました。
病気の事だってネットがなければなにも情報がないまま医者の言うがままに治療していたでしょう。同じ病気のお友達も出来なかったでしょう。
それに自分でHPを持たなければこんなに積極的にほかのサイトへ行って書き込みしたりもしなかったと思います。
本当はもっといろいろ更新や新規コンテンツなどやりたいことは山ほどあるんだけど、なかなか出来ないです。
更新は遅いけど、BBSのレスはすぐ書くように心がけてます。
これからもよろしくおねがいしますね。(^_-)-☆

02年9月14日     バイク盗難!
今朝、一度家を出たパパが5分後に帰ってきました。
「バイクやられた!」まだ寝ぼけまなこのわたしは「?なにやられたの?」(-_\)(/_-)
「バイク盗まれた!」な・なんですって!!!
ちゃんとハンドルロック&チェーンロックまでしてて、おまけにマンションの駐輪場は屋内だっていうのに\(◎o◎)/!
わたしのボロ自転車は駅でカギ付けっぱなしでもだれも持ってかないのに・・・(新しいのがほしいからもってってもいいんだよ〜)
この間、何かの部品を取り替えたばっかりじゃん!
来週は夜勤だから車で行くとして再来週からどうやって通勤するの?
さっそく、近くの交番へ。
ナンバーは税金の領収書があるからわかったけど、自賠責なんかの書類はシートの中だからわからない。届け出の情報はナンバー以外はメーカーと車種のみ。こりゃ、出てこないだろうな〜(ToT)

02年8月12日     命名!
新入りのおちびちゃんの名前が決まりました。
「ポポロン」です。やっぱりお菓子の名前です。
候補は、コロン、プリッツ、小梅、ビスコ、チロル、セシル、メロディ、リッツ、エリーゼ、マリー・・・きりがない。
最終的にコロン、プリッツ、ビスコそしてポポロンの4つが残りどうしても決まりません。そして最終的に4つの名前を紙に書き、本人に選ばせることに。
2222のカウプレでカールが抽選したときと同じ方法です。
だけど、本人は全く興味なし(^^;)見向きもせずに走り回っている。
そしてやっとくわえないながらも1つの紙をつんつんと鼻で押す。
「これがいいの?」くわえないけどまあいいか。
そこに書いてあった名前が「ポポロン」でした。
そして病院へ健康チェックへ。「ポポロンちゃん、どうぞ。」と呼ばれたとき「う〜んなかなかかわいいぞ。」
カール、チェルシー、ポポロン、気が付けばみんな明治のお菓子になっちゃったね。

02年8月10日     あれから1年
今日はポッキーの一周忌です。
きのう、お花と新しいお線香を用意。そして遺影の前の線香立てや周りをきれいにしました。今日は新しいお線香を上げ、ポッキーが眠っている八事霊園へ。早めのお盆参りの人で結構たくさんの人。この広大な墓園の中に「動物慰霊碑」がありポッキーも多くの仲間たちと一緒にいます。
「猫がほしい」最初はそう思っていた。たけどマンションだし犬猫は無理。「うさぎにすれば?」うさぎを飼ったことがある会社の先輩が言いました。「うさぎかぁ。かわいいよね。」うさぎのことを良く知らないまま「うさぎに決めた!」そしてペットショップに電話をした。岐阜に小動物専門のペットショップがあると聞き、わざわざ連れて行ってもらった。
「耳のぴんと立った、薄い茶色のうさぎがいい。」でもそこには高価なロップと黒いネザーしかいなかった。喫茶店で電話帳をみてほかのお店にも電話してみた。「うさぎいますよ。」長良川の近くの商店街のちいさなお店。店は小さいけどあらいぐまととてもおしゃべりな九官鳥が出迎えてくれた。よく見えるところに\35000の値札の付いたロップたち。
「ここもロップかぁ。んっ?あの鳥かごに入っておしりしか見えないのはうさぎ?」その子はロップたちとはあきらかに悪い待遇で後ろ向きでごはんを食べていた。「この子はいくら?」「ああ、この子そーだねー\3500」ちょっとおばさん今決めたでしょう^^; 「ちょっと大きくなっちゃたけどまだ子供だから、この子の親もこのひとまわりくらいしかないからたぶんそんなに大きくならないよ。」 そしてちいさなダンボールに入れられわたしの家族になりました。おばさんの予想は大きくはずれ、1年で倍の大きさになりました。それからは「ポッキーとカールの日記」に書いてあるとおり。ポッキーはたくさんの幸せをわたしにくれました。

02年8月10日     新しい出逢い
ポッキーのお墓参りの帰り、「どっか行こうか。」って豊田方面へ。
着いたのは三好町の大型ショッピングセンター。しばしウインドゥショッピング、そしてペットショップへ。ここにうさぎがいることは知っている。
今日は3匹のうさぎがいた。そのうちの1匹は最初ほしいと思っていた薄い茶色の子。わたしが近寄ったらその子が跳ねてこちらに来た、自分から。指を入れてみた。くんくん臭いを嗅ぐ、噛まない。頭をちょんちょんしてみた。逃げない、おとなしくなでさせてくれた。そのあとはケージの中を走りまわり「わたしは元気!」をアピールする。「あなたうちに来る?」 でも値札がない。すぐ上にいる子のケージには”ピーターラビット \12800”と”ハムスター、ウサギ半額!”の札。だけどこの子のケージどこに置くの?この子が男の子だったらやめよう。店員さんに聞いてみた「女の子ですよ。\12800の半額で\6400です。」でもケージとかそろえなきゃいけないね。「このケージでよければお付けしますよ。」この子をあきらめる為に考える理由が勝手に解決されていく。 「この子はわたしと出合う運命だったんだ、ポッキーが引き合わせてくれたんだ。」そう思わずにいられなくなりました。代金を支払いほかの買い物をする間預かってもらっている間にケージの中のトイレは新品のものになり、給水ボトルの水は替えられ、えさはいっぱいになっていた。感謝!
2匹でも大変だと思っていたのにまた家族が増えちゃいました^^;
名前はこれから・・・


これより以前のひとりごと