2月14日はバレンタインデー、そして3月14日はホワイトデー…。
それは必然的にやってくる、似ているようで違う日。
バレンタインデーが好きな人にチョコを贈り告白する日だとするなら、ホワイトデーはチョコを贈られた者が返事を返す日である。贈られるチョコには義理と本命…、または感謝や友まで存在するが、基本的にはカップルが誕生するかどうかの分かれ目の日。
しかし、チョコレートの山が築かれていたにも関わらず執行部には、あまり関係のない話だった。
一番貰っていた松原は誰とも付き合う気がないし、二番目の室田も同じく。
そして、獲得数がゼロ個だった時任と久保田については言うに及ばず…のはずだったが、またしても二人は二年四組の下駄箱の前で漫研部部長と遭遇していた。
「も、も、ももも…っ、萌えチョコにお返しなんか無いからな!! つーかっ、萌えってなんだよっ!!萌えってっっ!!」
漫研部部長から醸し出される何だか良くわからない空気に、時任はらしくなく怯え動揺している。そのせいで人差し指を前に突き出しカッコ良くビシィィッと言ってやったつもりが、どもった上に指先がプルプルと震えてしまっていた。
もしも時任の頭に耳、尻に尻尾でも付いていたら、指先と同じようにプルプルと震え、久保田が良く例えるように猫だったら、シャーッと鳴きつつ毛を逆立てて威嚇しているに違いない。しかし、そんな時任を見た漫研部部長は、なぜか瞳をキラキラさせていたっ。
じーっと、穴が開くほど時任をじじーっと見つめながら、とてもキラキラさせていたっっ。
こ、コイツっ、なんかわかんねぇけど、こえぇぇぇっ!!!!
時任は見えない耳や尻尾をプルプルさせながら、心の中でそう絶叫したが、別の言葉を心の中で絶叫していた部長には届かない。そんな二人をぼんやりと眺めている久保田は、二人の心の中の絶叫を知ってか知らずか、ふぁあ〜…っと大きな欠伸をした。
「く、久保ちゃんも何とか言えよっ!」
「…と言われても、一体何を?」
「何をって、例えば悪霊退散とかっ、エロイムエッサイムとかっ!」
「えー…、けど、今はお札持ってないし」
「…って、さりげなく聞き逃しかけたけど、今はってなんだっ、今はってっ!!ま、まさか学校に…、霊が居たりとか…っ!!」
「あ…、今、そこにうらめしそうな顔をした男子高生が…」
「ぎゃあぁぁ…!!!って、化けて出たんじゃなくて失恋した野郎が、うらめしそうな顔してるだろっっ!!」
うらめしそうな顔をした男子高生に驚いた時任は、叫びつつ反射的に久保田に抱きつくっ。
すると、久保田も反射的に時任の腰に右手を回して軽く抱きしめるっ。
そんな二人の姿は、まるでラブラブバカップルそのものだったっ!
「・・・・・・・・・・やっぱ萌えだわ」
そんな部長の呟きと共に玄関に響き渡る、女子の黄色い悲鳴。
しかしっ、あくまで二人は同居人で相方。どんなにぎゅーっと抱きしめ合っていても、どんなにチューっと今ににもキスしそうな状況でも二人の関係は清らかである。年中イチャイチャしていて誰も信じてくれなくても、事実なのだから仕方が無い。
イチャイチャでラブラブな二人の様子を運悪く通りかかり見ていた相浦は、生ぬるい笑みを浮かべながら、うらめしそうな顔をした男子高生の肩をポンと叩いた。
「あの二人はあくまで相方だけどさ。まぁ、ああいうワケだから…」
「く…っ、くそっ、一人きりになるのをバレンタインから、ずーっと狙ってたのに…っ! 一体、アイツらはいつになったら離れるんだあぁぁっ!!!」
「さぁな、たぶんトイレの個室とか?」
「それって、どうやって入るんだよ!!!」
「…っていうより、入ったらヘンタイだよな」
「うがぁぁぁっ、俺はっ、俺はどうすれば告白できるんだあぁぁっ!!」
・・・・・・・・って、そんなの俺が知るかっ!!!!!
運悪く通りかかり、なおかつ、気まぐれでうらめしい男子高生の肩を叩いてしまった相浦は、なぜか肩を掴まれ泣きながら激しく揺さぶられている。なぜかはわからないが、今日もバカップルの被害者は相浦らしかった。
執行部で唯一、ホワイトデーにお返しをする…という彼のカバンの中には可愛い包装に包まれたクッキーが入っているが、あまり幸せそうには見えない。肩を揺さぶられながら、遠い目をした相浦はクッキーを渡そうとした時の状況を頭の中に思い浮かべていた。
『あ、あの…、コレさ。バレンタインのお返しに…』
学校の裏庭に女の子を呼び出して、相浦はクッキーを入った箱を差し出す。
その相手は、バレンタインデーに本命チョコをくれた女の子だった。
チョコを貰うまで特に意識はしていなかったが、可愛いし、付き合ってもいいかなぁなんて思っている。だから、渡すクッキーも本命という事で奮発したっ。
だがっ、しかしっ!
女の子は申し訳なさそうな顔をしながら、クッキーの受け取りを拒否した。
『チョコを渡した時は相浦君が好きだったの…っ、それは本当なんだけど、今は違う人がっ、松原君が好きで…っ、だからゴメンなさいっ!!!!』
・・・ってっ、心変わり早っっ!!!!!
さすがクラッシャー松原っ、できてもいないカップルまで壊し切るっ!!!
妙な所で関心した相浦は、呆然と立ち去っていく女の子に手を振った。
あぁ…、俺って荒磯に居る限り彼女できねぇかも…。
そんな出来事の後に見たバカップルの姿は、とてつもなく目に毒だった。
しかも、ガクガクと揺さぶられる相浦の存在に気づいた時任が、嬉々とした顔で近づいてくる。すると、一緒に近づいてきた久保田の眼鏡がキラーンと冷たく光った。
うわあぁぁっ、来るなあぁぁ〜っ! 俺まで呪われるっっ!!!!
とっさに久保田から視線をそらし、ぎゅっと目を閉じる。
すると、いきなり重かった肩が軽くなり、揺れが止まった。
何か不気味なパシィィという妙な音まで聞こえた気がした。
げ…っと心の中で叫びながら、ゆっくりと相浦が目を開けるとうらめしい男子高生がいない。まるで、最初から何もなかったのように、忽然と姿を消していたっ。
周囲を見回しても、どこにも居なかったっ!
「相浦っ、あの例の彼女とはどうなったんだよ? 天才で美少年の俺を差し置いて、今日、お返し渡したんだろっ、この色男!」
「…て、その前に、ちょっち聞いて見るんだけどさ」
「うん?」
「俺の横に居たヤツ…、どこに行ったか知らないか?」
「お前の横に居たヤツ?」
「そう、俺の横に居たヤツ」
不思議に思った相浦が恐る恐る尋ねると、時任はキョトンとした顔で可愛く小首をかしげる。
そして、大きな目をパチパチとしばたくと、隣に居る久保田の方を見た。
「なぁ、相浦の横って誰か居たか?」
「うんにゃ、居ないけど?」
「だよなぁ?」
キョトンと首をかしげる時任を真似るかのように、久保田もキョトンと首をかしげる。
そして、二人同時にキョトンとした顔で相浦の方を見た。
それから、キョトンとした顔で二人が同時に、おーいと相浦の前で右手を振る。
だが、相浦の目には二人の右手は見えていなかった。
ぎゃあぁああっ、すでに呪われてたよっ、俺ーーーっっ!!!!!
なぜか呪われたらしい相浦は、ビシッと固まり石化している。しかし、そんな相浦を見ても、のほほんと首をかしげるバカップルは、相変わらずイチャイチャ、イチャイチャしていた。
「おーい、生きてるかぁ?」
「うーん、コレって、どう見ても死んでんじゃない?」
「なんで?」
「バレンタインにチョコもらってたし、幸せすぎて…とか?」
「ちぇっ、なぁんだっ。くそぉっ、この幸せ者めっ!!!」
死んだ相浦を前にそんな会話をしながら、時任は久保田の肩に顎を乗せ懐き、久保田はそんな時任の頭をよしよしと撫でている。
だがっ! あくまで二人は相方で同居人っっ!
見た目はバカップルでもキスもした事がない、とても清い仲だったっ!
そんなバカップルもどきで幸せそうな二人をうつろな目で眺めた相浦は、揺さぶられてもいないのにブルブルと肩と拳を震わせながら、だーっと口から砂を吐いた。
お前らが死にやがれっっ!!!このバカップルがあぁぁっ!!!!!
チョコをもらえたからといって、幸せが来るとは限らない。
そして、見た目がバカップルだったとしても、本当にカップルとは限らないっ。別に荒磯の七不思議という訳ではないが、久保田と時任の関係は荒磯最大のミステリーだったっ。
「・・・・・お前ら、相方だろうとなんだろうと、もうどうでもいいからさ。周囲の平和のためにも、今日はホワイトデーだし勢いで付き合っちゃえよ」
やっと砂が止まり正気を取り戻した相浦は、二人と共に生徒会室に向かいながら、ため息混じりにそう提案してみる。すると、時任はキョトンとした顔で、また首をかしげた。
「はぁ? なんで?」
「だって、お前ら毎日、付き合ってもいなくてもイチャイチャしてんじゃんっ」
「だーかーらっ、それは相方だからで、そういうヘンな意味じゃねぇって何度も言ってんだろっ」
「けどなぁ…」
「誰が何と言おうとも、俺らはそういうんじゃなくて相方なんだよっ。なぁ、久保ちゃん?」
いつの間にか時任の横ではなく、少し後ろを歩いていた久保田をそう言いながら時任が振り返る。すると、久保田はのほほんとした顔で、だぁねといつもの調子で返事をした。
いつもの問いかけといつもの返事。
それを聞いた相浦はやってらんねぇと、今度は砂の代わりにはーっと大きく息を吐いた。
そうして、また前に向き直った時任と相浦が並んで歩き、その少し後ろを久保田が歩く。
だが、生徒会室に着く直前、久保田だけがピタリと足を止めて窓を見た。
「いいコトを教えてあげよっか? 時任が一人になるのはいつか…」
そう話しかけたが、窓にも久保田の周囲にも人影は無い。
近くに居るのは前を歩く、時任と相浦の一人だけだ。
だが、まるで独り言のような言葉は、そこで途切れずに続いた。
「時任は一人にはならないよ…、俺が居ても居なくても一人にはならない。だから、いつかなんて存在しないから・・・・・、適当なトコロで成仏しなね?」
久保田がそう言った瞬間、パシィィというラップ音のような音が廊下に響く。すると、その音を聞いた久保田は口元に寂しげな笑みを浮かべて、バレンタインの日のように遠くまで続く空を眺めた。
どこまでもどこまでも続く空と、どこまでも続いていない日々…、
青い空から目を逸らした久保田の視線の先には、窓からの光で出来た…、
一人ぼっちの黒い影が、廊下に長く長く伸びていた。
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