その日、俺らはただぼんやりと見ていた。 暗い部屋の中、明かり替わりなのかどうなのか、テレビだけを付けて…、 リビングのカーペットの上、ソファーに座らず背にして寄りかかり、一つの毛布に二人でくるまって膝を抱えて見ていた。 映る画像によってチラチラと色の変わる人工の光に二人して照らされながら、夜空を見上げるコトなく星空を、テレビの中の星々を黙ったまま。目の前のテーブルの上には、夕方、コンビニに行って買ってきたポテチとか色々、お菓子が置いてあるけど手つかずで…、 珍しく午前零時前に時任が寝るって言ってベッドに行ったんだけど、それから二時間後に戻ってきてから、この状態。 元々、電気付けずにテレビを見てた俺は、戻ってきた時任に「入る?」と自分がくるまってた毛布を少し開いてみせる。すると、時任は少し寝ぼけたようなぼんやりしたカオで、素直に「…入る」と言って隣に座って毛布にくるまって…、それから大きなあくびを一つした。 明らかに眠そうだけど、それでも眠れなかったのかもしれない。 ・・・・・眠いのに眠れない。 それは、不眠症な俺にも覚えのあるコト。 だから、どんなに眠そうでも、ベッドに戻れとは言わなかった。 「・・・・・・あ」 そうして、二人でテレビを見てると、時任が小さな声を上げる。 それはテレビに映るモノが、キレイな星空ばかりではなかったせい。見ていたのは宇宙の成り立ちとか星の誕生とか、そういった類の特集だった。 時任が小さな声をあげた瞬間、時任と俺のカオをさっきよりも明るく照らしていたのは、超新星爆発。壮絶な恒星の…、星の最期。 それを見た後、ずっと黙っていた時任がテレビに視線を向けたまま、「久保ちゃん…」と俺を呼んだ。 「さっきのってさ、同じ?」 「うん?」 「燃えてるし熱いし太陽も、同じ恒星ってヤツだよな?」 「そう…って、今、テレビでも言ってる」 「あ、ホントだ。けどさ…、なら、太陽もさっきのみたいに爆発すんの?」 「このまま見てれば、そういうのもやるだろうけど、質量的に考えると爆発しないらしいよ」 「ふーん…。だったら、太陽はどうなんの? ずっと、今のまんま?」 「いんや、温度が上がった後、今度は冷えて小さくなるらしい。あくまで予測たけど、あと約五十億年くらいで」 「ごっ、五十億年っ」 「たぶんそうなるだろうって言っても、気の遠くなる話だけどね」 ニンゲンは長生きしても、百年と少し…。 そうでもそうじゃなくても、五十億年なんて想像つかないし、気の遠くなる数字。たぶん、今のニンゲンにとってソレは、永遠に近い数字なんだろう。 だから、いずれ太陽が地球を照らさなくなると聞いても、誰もパニックを起こしたりしない。横で相変わらず眠そうなカオした時任も、気の遠くなる数字に驚いただけ。 そして、それは俺も似たようなモノで、いずれ最期を迎えるテレビの中の太陽を前にアクビを一つしただけだった。 「・・・五十億年」 ポツリとそう呟いたのは、時任。 その呟きを聞いて、時々肩に触れるぬくもりを意識したのは俺。 五十億年先のハナシなんて、興味ない。 明日、太陽が無くなるワケでもないのに、どうしてだろう? わからない…、そんなコト。 眠れないのに、眠くて思考が回らない。 でも、ゆるゆると何かが回って…、俺の口からもポツリ呟きが漏れた。 「その頃には、俺らもココも跡形も無いだろうけど…」 それは時任の呟きの続きのようで、そうでは無いようで。 だけど、何かを探すように、ポツリと漏れた呟きと一緒に抱えた膝から落ちた手が、毛布の中で肩に触れたのと同じあたたかなモノを探して…、 探して…、探し当てて触れた。 そして、ゆっくりゆっくりと何かを探るように、何かを確かめるように指に指をからめて…、ゆるりと握りしめて…。でも、俺が握りしめた手は、少し驚いたように震えた後、固まったように動かなくなった。 けれど、それは動かないんじゃなくて、動けないんだって知ってる。俺の手を壊さないようにって…、握りしめた黒い皮手袋越しの右手は指一本動動かせない、動けない。 そんな右手は俺よりもずっと強い力を持ってて怖がりで…、優しい。 優しくて怖がりだけど、この手が掴むモノはいつも昨日じゃなくて明日なんだろうって、そう思えるくらいまた映し出された星の最期を見つめる瞳は、真っ直ぐで澄んでいて…、とても綺麗だった。 星の瞬く夜空よりも…、何よりも…、 ・・・だけど、それでもきっと何も残らない。 動けない手を指を絡め取って、ソレを握りしめた時の動作を逆にするように、ゆっくりゆっくりと放しながら、ふいに聞こえた声は自分の声なのか、幻聴なのか。怖がりだけど臆病じゃない手を握りしめた、怖がりじゃないけど臆病な手は、ぬくもりを手放して、まるでソレが戯れだったかのように誤魔化して…、また自分の膝を抱える。 すると、テレビに戻した俺の視界に、白い月が浮かんだ。 「結局、ドコも砂と岩があるばかり…、なんてね」 そうなるには、永遠に近い時が必要なのかもしれない。 たぶん、気の遠くなるくらい先のデキゴト。 なのに、そんなコトを考えながら、俺の手は腕は膝を抱えてるはずなのに、真っ直ぐな瞳とぬくもりを意識する。だから、俺はカオを膝に押し付け、ぐちゃぐちゃと紙切れを丸めるように抱えた腕に力を込めて丸くなった。 すると、あぁ…、コレじゃ俺のがネコみたいだって…、 いつもネコみたいだって言うと、ムスッとふくれる頬を思い出し、口元に笑みが浮かぶ。けど、ソレはどこか歪んでいて、少し頬骨の辺りが痛かった。 そして、きっと俺に気づかれないように、こっそり毛布の中で右手を動かした時任も…、俺とは違う痛みを抱えていた。 イタクテ…、イタクテ、ネムレナイ。 同じ一枚の毛布の中に…、隠しごと。 そんな俺らの前で、青い地球はまわってる。 まわってまわって、あと、何回まわったらと、今まで何回、思考をめぐらせかけて…、何回、首を横に振ったんだろう。 それさえもわからず気づかずに、俺はいつも膝を抱えていた。 地球の横で、丸く膝を抱える月のように…。 すると、何かが抱える腕に落ちてきて、ソレに気づいた俺が顔を上げるとそこには小さなアポロが着陸していた。 「・・・・・コレって、コンビニで買った?」 「そ、アポロチョコっ。ウマいんだよなぁ、コレ」 先が尖ったロケットみたいな、ピンクと茶色のアポロチョコ。 コンビニに行った時に買い物かごに放り込んでたのを、時任はそう言いながら俺の腕の上に次々と着陸させていく。そのせいで、俺は腕を動かして良いのかどうか迷うハメになった。 アポロが落ちるかどうかじゃなくて、目の前の笑顔に迷って…、 毛布の中に隠しごとしてるはずなのに、その笑顔にはそんなモノは少しもなくて、それを見つめてると微笑み返すつもりがほんの少し失敗した。 すると、アポロの宇宙飛行士時任は、膝を抱えた砂と岩だらけの月に向かって一機のアポロを差し出す。そして、手を出せ、他のを落とすなよとかムチャクチャなコト言って、腕だけでは飽き足らず、俺の手のひらにまでソレを着陸させた。 「跡形も無くてもさ。もしかしたら、なんか残ってるかもしんねぇじゃん」 「・・・・って、たとえば?」 「たとえば…、うー…、落書きとか?」 「トイレの?」 「なっ、なんで落書きっつったら、トイレになんだよっ」 「うーん、なんとなく?」 「つか、トイレでも何でも良いけど、残るモンは必ずあるし…、ソレを見つけるヤツだって居る」 「ドコに?」 「宇宙は広いんだろ?」 「・・・・確かにそうだけどね」 壁に残ったトイレの落書き、どこかに残ってる傷…、跡…。 そう思いながら見つめた床に、時任がマグカップを落とした時に出来た傷がある。だけど、残されたソレを見つけても、意味は無い。 どんなに宇宙が広大でも、そこにどんな落書きを文字を見つけても…、 傷を…、跡を見つけても意味がない…。 そう思いながら、改めて見た着陸したアポロに同情したい気分になって…。でも、ソレに乗ってるのが宇宙人なら大発見でうれしいコトなんだろう。 トイレの落書きが大発見で、文字が解読できたら大ニュース。 だったら、俺に着陸したアポロ達は、ソレを着陸させた時任は俺から何を見つけるのか…、落書きか…、もっと他の何かなのか…。 ふと、そんな想像をしてみたら、何かが胸をついて、口をついて出そうになって、でも両腕はアポロで時任で塞がってて…。身動き取れなくてほんの少しだけ、らしくなく気づかれない程度に焦ってみたり、唇に誤魔化すように微笑みを浮かべようとして失敗したりながら…、一枚の毛布に想いを馳せる…、 同じ一枚の毛布の中の…、隠しごと。 俺らの前でまわる、青い地球。 『・・・・・・まわってまわって、あと、何回まわったら』 そう声には出さずに微笑みを浮かべ損ねた唇に刻むと、今度は微笑みじゃない何かが唇に浮かびかけ、毛布に隠し切れない痛みが零れ落ちそうになる。 でも、それを押し留めようとしたら、揺れた肩に反応した腕がアポロ達を振り落としそうになったけど、俺はこんな時ばかり無駄な器用さを発揮して…、 転がり落ちるアポロ達を腕の傾きで誘導して、手のひらに集めて…、 そうしたら、今まで宇宙船だったアポロが星屑みたいになった。 手のひらの中の…、チョコレートの星…。 それをまるで救い上げるように包み込むように持った俺は、転がるアポロをキョトンとしたような少し驚いたような顔をして見てた時任の前に差し出した。 きっと、何もかも跡形もなく…、残らない…。 消えてしまう…、俺らもこの部屋も街も星も何もかも…、 いずれは消えてしまうモノばかりで、世界は埋め尽くされてる…。 だからなのか、毛布の中には隠しごと、目蓋を閉じても眠れなくて…、 けれど、ソレでも俺は毛布の中の右手に触れた手で世界中の…、宇宙中の希望を集めるように星を集めて…、唇に刻まずにはいられなかった。 「・・・・・好きだよ」 たった一言…、それだけを刻んだ。 そうしたら、時任の唇も同じ言葉を刻んだ。 「俺も好きだ…って、そんなの今更で当たり前じゃん」 でも、それでも・・・、同じ言葉は唇と同じように重ならない。 目の前の笑顔が、それを教えてくれる。 それがわかってるから…、刻んだ言葉。 笑顔になる前に見せた、一瞬だけ泣きそうに揺れた瞳が、俺の脳裏に胸に焼きついて…。けれど、俺はいつもみたいに、だぁねって軽い調子で返事返した。 好きだ、大好きだよ…。 隠しごとは毛布の中に…、想いは胸の中に沈め続けて…、 無いはずの永遠に焦がれて、二人で星空を見つめる。 けれど、長く続いていた番組もエンディングが流れ始めて、それを見た時任は俺の手の中から星を一つ掴み上げて、ちょんと可愛い仕草でキスするみたいに俺の唇に押し付けた。 「・・・・もう日付変わったし、今日はバレンタインだろ? だからさ、ソレは久保ちゃんにやるよ、ぜんぶ」 一応、いつも世話になってるし、そういうのでもいいんだろって、そうブツブツ言いながら毛布から一人抜け出した時任は、二度目のお休みを言ってリビングを出て行った。俺の唇に押し付けた、アポロだけを手に持って…。それをぼんやりと見送った俺は、両手のアポロを見つめながら…、笑った。 残された星々を、掻き集めた希望を手に一人で…。 きっと、唇が重なることは、これからもないんだろう。 だけど、それでもキスしたアポロに願いをかける。 らしくなく、願いごとなんかして…、祈る…。 俺の隣の青く美しい星に、大切な大好きな星に…、 五十億年なんて言わないから…、もう少し先まで…、 そのもう少し先まで…、もっと先まで止まらないでまわっていて…、 月が迷子にならないように…。 両手のアポロを一つだけ、口に含むと甘くて…、 隣にわずかに残るぬくもりが、抱きしめたいほど恋しくなった。 その想いはきっと、砂になっても塵になっても抱きしめていたい…、 そんな想いだった…。 |