ザァー、ザァー…。

 遠くで雨の降る音がさっきからしてて…、その音が気になり始めたら、さっきまでスゴク眠かったはずなのに眠れなくなった…。
 部屋の中にいたら、雨が降っててもいなくても関係ないカンジするけど…、
 雨が降ると音だけじゃなくてジメジメしてきて…、だからなんとなくわかる。

 今、雨が降ってんだって…。

 だから少ししめったカンジが気持ち悪くて、寝苦しくて寝返りを打つ。
 ザァーザァー降ってる雨の音を聞いて、なんで昼間だとそんな気になんねぇのに、夜だとこんなに雨の音が聞こえんのかって…、
 そんなどうでもいいコトとか、色々考えながら…。
 そしたら、俺の頭をあったかい手が髪を撫でてきた。

 「久保ちゃん…?」

 ベッドに寝た姿勢のまま、呼びなれた名前を呼ぶ。
 けど、いつもならすぐに返事が返ってくんのに、今は呼んでも返事がなかった。
 だからちょっとだけ目を開けて見たら…、久保ちゃんのカオじゃなくて赤い小さな光る点が見える。
 その光は時々ぽおっと強くなって、また小さくなってそれを繰り返すカンジで…、それをじっと見てるとなんかキレイで…、
 でも、それがなにかってのは考えなくてもすぐにわかる。
 てっきり寝てるって思ってたけど、久保ちゃんはセッタ吸いながら起きてたみたいで…、赤い点はタバコの火だった。
 
 「雨…、降ってんな…」
 「・・・・だぁね」
 「なんか、ジメジメして気持ち悪い…」
 「梅雨だから、しょうがないっしょ?」
 「・・・久保ちゃんは気持ち悪くねぇの?」
 「ベタベタするなぁとは思ってるけど?」
 「だったら、俺と同じじゃんか…」
 「でも、寝てないのはそのせいじゃないしね…」
 「じゃあ…、なんでだよ?」
 「眠ろうとすると、おぼれそうになるから…」
 「おぼれるって…、何に?」

 「雨音に…」

 そう言った久保ちゃんのカオは…、暗くて良く見えなくて…、
 ただセッタの赤い小さな火だけが、ぽおっと少し強くなる。
 その赤い火だけを見つめてると、目がそれになれるから…、ますます他のモノがなにも見えなくなった。

 雨音と…、セッタと…、久保ちゃんの声と…。

 それしか見えないし…、それだけしか聞こえない。
 ザァーザァー…って、あんまり雨が降るから…、だからその雨に雨音に閉じ込められて…、
 こうやってベッドに寝転がってると、流れていく時間がなぜか止まっていくような気がした。
 
 「雨の音聞いてるとさ…」
 「うん」
 「なんでかわかんねぇけど身体が重くなる…」
 「だから、シャワー行かないでベトベトしたままで寝てんの?」
 「・・・・たぶん」
 「なら、止まない雨が降るといいのにねぇ」
 「バーカ…、なに言ってんだよ。止まなかったら洪水になるじゃんか…」
 「だからさ…、止まない雨が降ったら一緒に溺れてくんない?」
 「…って、俺様が溺れるワケねぇだろ…、カナヅチじゃねぇんだから泳ぐってのっ」
 「ふーん…」
 「そういう久保ちゃんは泳げんのか?」
 「さぁねぇ、泳いだコトないからわからないけど…、もしかしたらカナヅチかも?」
 「・・・・・・・・マジで?」
 「うん」

 「だったら、根性で泳げっ」

 マジでカナヅチだったらどうしようかって、ホンキで考えてそう答えたら…、久保ちゃんは珍しく声を立てて笑ってた。
 その笑う気配が伝わってきて、俺もその声を聞きながら笑う。
 ザァーザァー…と降る雨は止んでなかったけど、その時だけ雨の音が聞こえなくなった気がした。
 降り続く雨に止められた時間が…、少しずつ動き出して…、
 動き出した分だけ、ちょっとずつ身体が軽くなる…。
 髪を撫でてる手に手を伸ばして…、握りしめながら…、
 暗闇の中でゆっくりと、手のカタチを確かめるように指をからめた。
 ベタベタして暑苦しくて…、寝苦しくて…、

 けど…、たぶんこれで溺れないだろうって…、そんな気がした。

 「気持ち悪いなら、シャワー浴びに行く?」
 「メンドイからいい…」
 「連れてってあげよっか?」
 「久保ちゃんのエロ親父」
 「まだ、なにもしてないんですけど?」
 「…って、まだってつくトコがあやしいっ」
 「そう?」
 「シャワーは起きてから行くから…、久保ちゃんも寝ろよ…」
 「このままで?」
 「こうしてれば降り止まない雨が降っても…、溺れる時も助かる時も一緒だろ?」
 「・・・・・・うん」

 「だから…、このまま…」

 遠く近く聞こえる雨音は今も降り続いていて…、その音とベッドの軋む音に溺れそうになる。けど繋いだ手が、からみあった指先が…、その先にある存在を伝えてくれてるから…、
 こんな風に溺れるのも、たまには悪くないかもしれない。

 ザァーザァー…と降り続く雨音と…、止まったような時の中で…。

                            『梅雨』 2003.6.10更新

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