| 「…とう、時任」 名前を呼ばれて目を開けると、ベッドで眠ってた俺の顔を久保ちゃんがのぞき込んでた。時計を見ると時間はまだ午前5時だったから…、それを見た瞬間に俺はぐったりとベッドの中に沈みこんだ。 うううっ…、マジですっげぇ眠い…。 このまま眠っちまいたかったけど、なんか久保ちゃんの様子がちょっとだけいつもと違うカンジがしたから…、なに？って自分の眠気と戦いながらそう言う。 そしたら久保ちゃんは、すごく真剣な目で俺を見た。 なんとなく、そうしながら俺の中にある何かを探ろうとしてるみたいなカンジだったけど…、 なにをさぐろうとしてるのかは、ぜんぜんわからない。 でも、なにもわからなくても…、 視線をそらせたら、たぶん俺と久保ちゃんの間にあるなにかが…、ブツリと派手に音を立てて切れてしまうことだけは知ってたから…、 じっと真剣に見つめてくる瞳からは、絶対に目をそらせなかった。 「まだ…、起きるにはぜんっぜんっ早ぇじゃんか…」 「・・・・・知ってるよ」 「もしかして、目が冴えた？」 「ちょっと…」 「なら、起きんの？」 「やっぱり…、もっかい寝よっかなぁ？」 「・・・・俺はマジで今からまた寝るっ」 「うん」 「おやすみ…、久保ちゃん」 眠ったのは午前三時で、それから二時間しかたってないのに起きるつもりはなかった。 ホントは時任とあったかいベッドで眠ってるのが気持ち良かったから、ずっと自然に目が覚めるまでこのままでいたかったけど…、 なんとなく声が聞こえた気がして目を開けたら…、 俺じゃない誰かの名前を時任が夢の中で呼んでたから眠れなくなった。 なんて名前だったのかそこまではわからなかったけど…、自分の名前じゃないことだけはハッキリわかる。 だから俺じゃない誰かを夢の中で呼んだ時任を、思わず朝の五時なのにゆすって起こした。 名前を何度も呼んで…、起きてって言いながら…。 そうした時にはなにも考えてなかった気がしたけど、もしかしたら他の誰かと一緒にいる夢を…、名前を呼んでムリヤリ起こして、ぶち壊してやりたかったのかもしれない。 俺がいないかもしれない…、時任の世界を…。 そんな世界は、夢でもいらないから…。 再び目を閉じて毛布に包まった時任を、腕を伸ばして後ろから毛布ごと引き寄せると…、 ゆっくりと前に手を回して逃がさないように、胸の中に抱き込む。 すると時任は少しうなって身じろぎしてたけど、腕の中から逃げようとはしなかった。 「おやすみ…、時任…」 「・・・・・・すぅ」 ホントはまだ寝てなかったけど…、寝たフリして久保ちゃんの腕に右手を伸ばして軽く触れる。そしたら久保ちゃんは、さっきよりももっとぎゅっと抱きしめてきた。 あんま抱きしめると苦しいし寝苦しいから、どうしようかって思ったけど…、 さっきの久保ちゃんの様子を思い出して、腕から逃げるのはやめにする。 なにがあったのかは、抱きしめられてる今もわからない。 でも、こうして抱きしめあってれば…、たぶんそれでいいんだって気がした。 どうしたのかって聞くよりも…、いつもみたいにおやすみって言って一緒に眠ってたら…、 きっと…、それで大丈夫なんだって…。 べつに確信とかそんなのはなんにもねぇけど…、そんな気がした。 抱きしめてくる腕があったかいから、ちょっとだけの不安もそれに解けてなくなって…、 もしかしたら太陽がまた沈んでも、二人でこうしてるのかもしれない…。 眠ってなくて夢なんて見てなくても、俺がいて久保ちゃんがいて…、 そんな夢みたいな現実の中で…。 だからたぶんこうしていれば、こうやって手をつないでれば…、夢から覚めないですむのかもしれなかった。 けど、こうして久保ちゃんと一緒にいるのは現実で…、夢なんかじゃない。 一緒にいることを夢じゃなくて現実にしてるのは、奇跡でも運命でもなくて俺と久保ちゃんだから…、 久保ちゃんが起きなかったら俺が起こすし、俺が起きなかったら久保ちゃんが起こして…、ぜったいに夢になんかさせない。たとえ目をそむけたくなるような現実しか、目の前になかったとしても、抱きしめあったあたたかさは現実にしかなかった。 だから優しいだけの夢を見るよりも…、現実の痛みの中で久保ちゃんと手をつないでたい。 それがたぶん…、一緒に生きるってコトだってそんな気がするから…。 「・・・・・・・久保ちゃん」 「ん？」 「なーんて、呼んでみただけ」 「・・・・・」 「ふぁ…、マジでねよ…」 「・・・・・・時任」 「なんだよ？」 「呼んでみただけ…」 「…って、マネすんなっ」 「じゃあさ…、ちゃんと返事するから夢でも呼んでくれる？」 「そんなの呼べるわけ…」 「なーんて、ジョウダン」 「・・・・・」 「怒った？」 「…ったく、しょーがねぇから呼んでやるよ。けど、いくら聞いても耳じゃ聞こえねぇから…」 「聞こえないから？」 「だから、耳じゃなくてココロで聞け…。ココロで呼んでやるから…」 あたたかいベッドの中で見る夢が、ずっとずっと見てたいくらい優しい夢でも…、 夢ばかりを見ては生きていられない…。 たとえ夢の中の君が穏やかに微笑んでくれたとしても…、本当の君を抱きしめることができないから…、 だから朝日の昇る明日が見えてこなくても、目を見開いて今をこの瞬間を見つめよう。 そうすればきっと…、まぶしすぎる君の笑顔も見るコトができるはずだから…。 |