もしも、俺がキライだって言ったらなんて…。 好きだって大好きだって簡単に言えたら…、ずっとそう想ってるからって伝えられたら…、こんな風に思ったり考えたりすることなんかなかったのかもしれない。 テレくさいとか、そんなの言わなくったってとか…、 好きだって言えない自分に言いワケなんかしないで、あの唇とキスできたら…。 けど、それがわかってても言えなくてできないのは、もしかしたらスゴク好きだからなのかもしれなかった。 チョコが好き、風呂に入るのが好き…、眠るのが好き…。 ちょっとくらいの好きなら…、たぶん簡単に言えたかもって気がする。 おんなじ言葉なのにちょっととたくさんがあるなんて、なんかヘンだけど…、 目の前で新聞読んでる久保ちゃんの好きは…、チョコより洗い立てのシーツを引いたベッドで眠る時よりも…、何よりもそして誰よりも好きがたくさんだった。 だから、たくさんすぎると胸の中で好きがつまりすぎてて…、声にならなくて…、 いつも『好きだよ…』って、俺が言えない言葉をたくさん言ってくれてるのを聞きながら…、抱きしめてくれる腕にしがみついて背中に手を回すだけで…、 キスしてくる唇に答えるだけで、せいいっぱいだった…。 けど、だから…。 たくさん好きだって言ってくれてるのに、なにも言えないから…、時々、苦しい気持ちが胸の中に溜まっていくカンジがしてたまらなくなる。 でも、それはぜんぶ自分のせいで…、それがわかってんのに…、 俺は久保ちゃんに向かってキライだって言うかわりに…、べつのことを言った。 「なぁ、久保ちゃん」 「ん〜?」 「もし…、俺がココから出て行きたいって言ったらどうする?」 「・・・・・・・」 ・・・・・・ココから出て行きたいなんてウソだった。 けど、そんな風に言ってしまった俺のカオを、久保ちゃんは読んでた新聞から少しだけ視線を上げて見る。 じーっといつもと変わらないカオで・・・・・。 だからすごくドキドキして、自分の手のひらの中に汗がにじんでくるのがわかった。 自分で言ったことなのに…、どうするかなんて聞いたクセに…、 なにを言われても出てきたくない…。 キライって言われても…、キライになんかなれるはずなかったから…。 それくらいすごくすごく好きだったから…、まるで自分の腕を爪で強く引っ掻いたみたいに…、 自分の言葉が…、ズキズキと胸に痛かった。 「・・・時任がココにいたくないって言うなら、しょうがないやね」 やっぱイヤな予感とかそういうのほど…、良く当たるのかもしれなくて…。 久保ちゃんは俺の言葉にそう答えただけで、また新聞を読み始めた。 俺が出てってもしょうがないって…、それだけ言って…。 だからたぶん…、キライだって言ってもそんな風に言われてたのかなぁって気がして…、ズキズキしてる胸がもっと痛くなった。 けど、久保ちゃんがなんでもないことみたいにそう言ったから、 「ふーん…、そっか…」 …って、俺もなんでもないみたいにそれだけ言って、キッチンに行って冷蔵庫をあけて中に入ってたポカリを飲んだ。 でも、ホントは久保ちゃんならそう言うかもって気はしてたから、しょうがないって言葉はべつに意外じゃない…。それは一緒に暮らし始める前に久保ちゃんが、俺がココにいたいなら好きなだけいてもいいからって…、そう言ったからかもしれなかった。 好きなだけってことはイヤになったら出てってもいいってそういうことだって…、ちゃんとわかってたから…。 けど…、わかっててもそんな風に言われたくて言ったんじゃない。 好きだって言われてもなにも言えないで…、それなのにそんな風に思うのはワガママだってちゃんとわかってても…。 ホントはすぐに出てくワケねぇだろって言おうと思ってたけど、ポカリを飲みながらどうしようかって迷ってた。 今、口を開いたら…、今度はキライだって言ったらどうするかって、自分でバカだってわかってて…、久保ちゃんに言いそうだったから。 けど、俺がコップに入れたポカリを飲み終わって、それを流し台の中に置くと…、 じっと水道から出した水を見つめてた俺の耳に、久保ちゃんの声が聞こえてきた。 「横浜の次はどこがいい?」 「はぁ?」 「ココがイヤになったんなら、引越ししなきゃでしょ?」 「引越しって…、それって…」 「うーん…。けど、ココよりいい条件の場所は難しいかもねぇ。ちょっと部屋がせまくなるかも…。コンビニも近くにないかもしれないし…」 「・・・・・・・」 「せまくて不便でも平気?」 「バーカ…。ココよりいい条件の場所ないのに…、引っ越すワケねぇだろっ」 俺がそれだけ言ってコップを洗ってると、久保ちゃんがこっちまで移動してきて…、背中から腕をまわして抱きしめてきた。 だから俺は…、いつもみたいに好きだって言えなかったけど…。 少しだけ後ろを振り返って…、自分から久保ちゃんにキスした。 イヤなら引越ししようって一緒に行こうって…、そう言ってくれた久保ちゃんに…。 「いつもしてくれたら、うれしいんだけど」 「だ、誰がするかっつーのっ」 「時任クンのケチ」 「うっせぇっ」 「・・・・・好きだよ」 そう言われて抱きしめられてると、ドキドキ鳴ってる鼓動が早くなってカラダが熱くなっていくのをカンジる。今もいつもみたいに好きだって言い返せなかったけど…、ココロも身体が好きだってそう言ってるみたいに…。 だからたぶん言えたとしても、きっとまたキライだって言いたくなるのかもしれない。 何回も何十回も、もっともっとたくさん好きだって言ったとしても…、胸にいっぱいつまってる好きには、きっとぜんぜん足りないから…。 好き…、大好き…。 いくら抱きしめあってもキスしても…、ココロでカラダで伝わることなんて、もしかしたらほんのわずかなのかもしれないけど…、 千分の一しか何万分の一しか伝わらないかもしれない…、言葉にならない想いを伝えるために…、 俺はコップを洗うのをやめて…、久保ちゃんの方に向かって思いっきり腕を伸ばした。 |