普通、休みの日って言えば休日と祝日…。
 けど、やっぱカレンダーの赤い数字を眺めても、久保ちゃんと俺の場合はあんま関係ないって気がする。赤い数字は休みの日なんて誰が決めたのかしんねぇけど…、五月についてる赤い数字の日も、やっぱ久保ちゃんはバイト三昧ってコトが決定してた。
 それは最初からわかってたことだし、バイトすんのは生活費のためってヤツだから…、
 俺は祝日で土曜日の朝も出かけてく久保ちゃんに背中にバイバイって手を振って…、それからいつものようにゲームのコントローラーを手に握る。
 でもなんとなく…、これでまたゴールデンウィークの休みが減るって思うと、ちょっとだけため息をつきたくなった。

 「なーんか…、つまんねぇの…」

 一人でそんなカンジで呟いてても…、べつにどっか行きたいってワケじゃない。
 けど、朝のニュースでやたら家族連れって言ってんの聞いてたら、なぜかその言葉だけが少し耳に残ってて…。
 だからたぶん、家族ってのは一緒に暮らしてるから家族なのか…、それとも血がつながってるから家族なのかなぁって…、そんな風にぼーっと思ったから、休みが減るなんてため息をつきたくなったのかもしれなかった。
 
 ・・・・・・・家族と同居人。

 なにが違うのかはわからねぇけど…、俺と久保ちゃんが家族じゃないってのはハッキリわかる。今までも、これからも家族にならないってことも…。
 でも一緒にいるんだから、一緒に暮らしてんだから…、
 家族になれなくても関係ないし、べつにだからどうってワケじゃない。
 なのに、なにかが胸の中で引っかかって…、それがなぜか取れなかった。







 バイトをすませてケータイで電話すると、いつものように時任がすぐに出る。
 今日は朝からちょっとだけ沈んでた気がしたけど、ケータイから流れてくる声はいつものように元気だった。だから、いつものように短く今から帰るからって伝えると、時任もいつものように短くわかったって言う。
 特に言うこともないのに電話してしまうのは、ホントは帰るからって連絡じゃなくて…、
 もしかしたら時任がウチで待ってくれてるかどうかを、確認するためなのかもしれなかった。
 時任と同居するようになってもう一年以上で、いつの間にか待ってくれてるのが当たり前になったけど…、
 時々、自分に都合のいい夢を見てる気がする時がある。

 自分に都合が良すぎる夢を…。

 たぶんこれが死に際に見た夢なら、たぶんいい夢みたなぁって…、
 きっと、そう言いながら苦笑したりするんだろう…。
 俺のコトをバカだって言って…、楽しそうに笑ってる時任の顔を思い出しながら…。
 
 「さて…、帰るとしますか…」
 
 そう呟いてケータイをポケットにしまうと、前から歩いてきた親子連れとすれ違う。
 母親の横ではしゃいでいる子供の手には赤いふうせんが握られていて、その風船には最近オープンした電気屋の宣伝が入っていた。だからなんとなく道のずっと先を見て見ると…、そのオープンした店の前で店員がふうせんを配ってるのが見える。
 店員が配ってるふうせんは何色もあったけど…、赤はもう一つしか残ってなかった。

 「すいませんけど…、俺にも風船くれません?」
 「はい?」
 「やっぱ、子どもじゃないとダメ?」
 「あ、いや…、別にダメじゃないですけど」

 「じゃあ、赤いヤツ一つください」

 青い風船を渡そうとした店員にわざわざ赤って言ったのは、特に理由があったワケじゃない。
 けど、なんとなく冬に時任が良く来ていた赤いコートを思い出したら、青よりも赤の方がいい気がした。そんな風に思ったのは、時任にその色が良く似合ってたってのもあるけど…、
 俺の記憶の中の赤いコートを着てる時任が鮮やかに、綺麗ずきるくらい綺麗に笑ってたせいかもしれない。

 まるでアルバムの中の写真に封じ込めた…、美しき遠き日ように…。
 
 ふうせんはどうせ明日には縮むし…、もらっても喜んではくれないだろうけど…、
 ゴールデンウィークのことを言ってるテレビのニュースをじっと見てても、なにも言わずに今日も部屋にいる時任に…、
 いつもと少しも変りない、今日の日に…、
 
 なぜなんて理由もなく、ワケもなく…、俺はただ赤いふうせんを渡したかった。







 「な、なんで風船なんか持ってんだよっ!」
 「ん〜、なんとなくね?」
 
 電話で言ってたみたいに、久保ちゃんはいつも通りにバイトから帰ってきた。
 けど、なぜか帰ってきた久保ちゃんの手には赤いふうせんが握られてる。
 なんでそんなもん持ってんのかは知らねぇけど…、部屋に戻ってくるまでにかなり目立ちまくったコトだけは間違いなかった。
 のほほんとふうせん持って街を歩いてる久保ちゃんを想像したら…、マジで一緒にいない時で良かったって気がする。
 でも、店の広告の入った風船とかそういうのは、子どもにしか配ってないだろうし…。
 なんで久保ちゃんが、風船を持ってんのかはわからなかった。
 バイトが風船配りだったならべつだけど、バイト料のやたら高い仕事しかしない久保ちゃんに限ってそれはあり得ない。
 だからなんでだろうって思いながら赤いふうせんを眺めてたら、久保ちゃんはゆっくりと俺の方にふうせんを持った手を差し出した。

 「はい」
 「はぁ?」
 「時任にあげるから…、このふうせん」
 「…って、俺はガキじゃねぇっつーのっ」
 「ガキじゃなくっても、ふうせん持ってもべつにいいっしょ?」
 「そ、それはそうかもしんねぇけどさ…」
 「いらないならいいよ。ベランダから飛ばすから」

 「ちょ、ちょお待てって…」

 ベランダから飛ばすって言われて、俺は慌てて久保ちゃんの手から風船をふんだくる。
 そうしたのは、べつにいるって思ったワケじゃなかったけど…、フワフワ浮かんでるふうせんをもうちょっとだけ見てたい気がしたのは確かだった。
 ちゃんと軽いガスが入ってるから浮かぶんだって知ってても、こうやって見てると浮かんでるのがスゴク不思議で…、
 持ってるとちょっとだけ、ふうせんをつかんでる右手が軽くなったような気がする。
 だからなんとなくじっとふうせんを持ったまま…、俺きさっきまでしてたゲームをしないでソファーに座った。
 なんか、ガキみてぇじゃんって…、ぶつぶつ呟きながら…。
 そしたら、久保ちゃんはソファーのそばまで来て赤いふうせんを手で少しだけさわって…、それから俺の頭を軽く撫でた。
 
 「ま、たまにはいんでない?」
 「いいって、なにがだよ?」
 「コドモするのも」
 「じゃあ、久保ちゃんもコドモしろよ。俺だけすんのは不公平じゃんかっ」
 「ん〜、でも保護者がいないと困るっしょ?」
 「だ、誰が誰の保護者だっ!」
 「俺が時任の保護者で、時任が俺の保護者」
 「なんで俺がっ」
 「イヤ?」
 「べ、べつにイヤじゃねぇけど…。そういうんじゃなくて…、ただ…」
 
 「ただ?」

 久保ちゃんが頭を撫でながらそう言ったけど、その言葉の続きはどうしても言えなかった。
 ホントは久保ちゃんには俺じゃなくて…、他に保護者ってヤツがいるクセにって…、そんな風に言ったりできなかった。
 家族と同居人の違いなんて知らないし…、関係ないって思ってるのに…、

 胸の中に引っかかってる何かが、ちょっとだけ鈍く痛んだから…。

 けど、俺には手に持ってる赤いふうせんみたいに、ココから飛んで行ったとしてもフワフワとしてるだけで行き先なんてない。
 久保ちゃんに保護者ってヤツがいて…、家族とかが他にいたとしても…。
 帰れる場所はココ以外に、あるはずなんかなかった。
 だからたぶん…、ゴールデンウィークのニュースを見ながら、家族とか同居人とかそんなのじゃなくて…、
 こんな風に胸が鈍く痛んで…、頭を撫でてる久保ちゃんの手を握りしめたくなるくらい…、

 ただ、ずっと一緒にいられたらいいなぁって…、そう思ってたのかもしれなかった。
 
 「久保ちゃん」
 「なに?」
 「ふうせん…、ありがとな…」
 「・・・・・・うん」

 「来年は俺がふうせんもらってきてやるから…、ちゃんと飛ばさないように受け取れよ」

 俺がそう言うと久保ちゃんは微笑みながら、もっとぐちゃぐちゃに頭を撫でてくる。
 けど、髪をぐちゃぐちゃにされても…、今日はなんとなくスゴクうれしい気がした。
 だから、ふうせんを持っていない方の手で、久保ちゃんの襟をつかんで自分の方にぐいっと引き寄せる。
 そしたら、微笑んだままの久保ちゃんの顔がすぐ目の前まできて…、
 そこからは長くてゆっくりとしたキスが終わっても…、キスしたのが俺からだったのか、久保ちゃんだったのかは良くわからなかった。

 「今から、散歩にでも行こっか?」
 「散歩って…、どうせコンビニだろ?」
 「せっかくふうせん持ってるから、今日はちょっと遠くまで…」
 「・・・・・・って、まさかっ」
 「もちろん、ふうせんは持ったままでね」

 「ぜってぇっ、イヤだっ!」

 結局、散歩には持ってかなかったけど、ふうせんはしぼんで下に落ちるまでリビングにあった。
 ふわふわとどこへ飛んで行かないで…、ずっとココに…。
 しぼんで下に落ちたのを見た時には、少しさみしいってカンジがしたけど…、
 なんとなく、ふうせんがしぼんでしまっても…、そこになにかが…、

 二人きりのこの部屋に…、残ってる気がした。

                            『ゴールデンウィーク』 2003.5.3更新

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